君の傍に

32


「ったく……何回そこに立たされれば気が済むんだ、お前らは」
「……すみません」

広い隊長室に立たされてナイレンにそう言われれば、フレンが小さく謝罪した。彼の隣にはアイナが居て、彼女の左手側にはユーリが居る。ユーリはアイナの背に腕を添えて慰めるように、ゆっくりと何度も何度も撫でていた。それでも彼女は涙がポロポロ零れてしゃくり上げる。

ユーリの着る制服の裾を左手で控え目に握りながら、右手では絶え間なく流れ落ちる涙を拭い続けていた。

とりあえず、だ。ナイレンはきちんと横並びになっている三人を視界に捕らえて深い、深いため息を漏らした。

「話はいい。三人共もう風呂入って、ちゃんと温かくして寝ろ」
「は……?」

てっきり怒られるものだと思っていたフレンは、合わせる事が出来なかった顔を上げ碧眼を丸めると、そこにナイレンを映した。ナイレンはどうするでもなく、いつものようにくわえていたキセルを一旦離して煙を吹き出す。愛用のキセルでフレンを指すと、彼は少しだけ目を細めて口を開いた。

「説教や拳骨より、よっぽど効いてるだろ。妹に自分の発言で泣かれてるのは」

図星だ、と。フレンは小さく、小さく頷いた。確かにナイレンの言う通り、フレンにはかなり効いている。

彼女を傷付けておきながら何もしてやれないのも、ユーリになんて渡したくないと思っているのにも関わらず涙を流し続ける妹をずっと一任しているのも。知らなかったでは済まされない。かなり軽率だった。そう心底思う。

「……あの、隊長」

鼻を啜って涙を拭うと、相変わらずユーリの服の裾を摘んだままアイナが言った。目を真っ赤に腫らした彼女は真摯に父を見詰めている。隊長と、父親をそう呼んだという事は娘としてではなく、騎士としての発言をしたいのだろう。

「フレンは隊長の代わりに帝都へ赴き、援軍の要請をしたのでしょう?戻ったばかりの彼とケンカしてしまいましたので報告を済ませていないと思うのですが」
「そうだったな。フレン、悪いが頼めるか」

俯いていた顔を上げて真っ直ぐにナイレンを見る。ほんの少し眉を寄せたまま、フレンは報告を始めた。

「式典後じゃないと援軍は出せないそうです。現場を保持せよとの命令です。後程、書類をお持ちします」
「そうか……ご苦労」

アイナの手を握るユーリの手に、力が入った。怒りが込み上げてくる。

街の人が死んだ。軍用犬達が死んだ。家畜も死んだ。魔物達は日を追う毎に凶暴性を増している。危険は目の前まで迫っているのに待っていろなんて、なんて馬鹿げているのだろうか。抑え切れない憤りが喉から今まさに出て来ようとした瞬間、ユーリの隣から凛とした声が落ちた。

「エアルクリーチャーが街のすぐ傍で出現したという事は、エアルの異常は街を襲いつつあるという事。私自身、街の中に居てもエアルの異常を多少ですが感じる程です。援軍は隊を整えてここまで来るのにも数日かかってしまいます。それでは間に合いません。街が壊滅してしまいます」
「わかってる。これ以上、魔物が押し寄せて来たら街を守れん。明日、遺跡の調査に向かう」
「無茶です!強行すれば犠牲者が出ます!本部の命令に背いては……!」

そこまで言って、フレンは我に返る。俯いてますます眉を寄せる彼を、ナイレンが射抜くように見詰めて核心を衝いた。

「親父さんの事か?」
「……父は、あの人は命令を無視しました。本部は攻撃を静止したのに」
「あん時だって下町の人が死んだんだ。お前や町の人を守るためだろ」

ユーリが言う。アイナには知らない話だ。けれど、フレンには彼の父の件が酷くその心に傷を残しているという事は理解出来た。フレンの表情は、見ている方が悲しくなってくるくらい痛々しい。

「父は命令違反をして死にました!後には何も残りませんでした。私は、父と同じ過ちは犯したくないんです」

その懇願するような声に、ナイレンは息をひとつ吐いて、椅子から腰を上げた。そのまま静かに窓の前に立つ。外は、まだ小雨が降り続いていた。ナイレンは外の暗い空を見詰めながら、まるで諭すような口調で言う。

「オレ達は、ここで生活してる人達を守るために居る。それが騎士としてのオレの務めだ。フレン、お前の親父さんの行動が過ちだったのか……答えを出すのは、もう少し騎士をやってみてからでもいいんじゃねぇか?」

フレンは何も答えず、ただナイレンから逃げて俯いている。それを咎めるでもなく、ナイレンはひと間置いて言い切った。

「明日、早朝に出発だ。いいな。ガリスタ、みんなに通達してくれ」

ガリスタが静かに頷く。三人は敬礼してから隊長室を後にした。廊下を並んで歩いていると不意にアイナが足を止めて、ユーリもフレンも同じように歩くのを止める。目蓋を下している彼女は、どうやら詠唱しているらしく淡い光を帯びている。

「万物に宿る生命の息吹を……リザレクション」

足元に大きな魔法陣が浮かび上がり、ユーリとフレンの怪我が治っていく。

リザレクションというのは、その陣の内側に居る者の傷をほぼ完全に癒す治癒術。どんなに治癒術の素質があっても、修得が困難な上級者向けの術だ。詠唱するにもかなりの時間が必要となる。ふたり共この治癒術を見るのは初めてだが、やはりアイナの詠唱は短いと感じる。

陣が消えていき、アイナの目が再び光を取り入れた。その瞳にユーリとフレンを映した彼女は深々と頭を下げる。どうしたのか動揺する彼らに、言葉が落ちた。

「ごめんね、サンダーブレードなんかぶっ放して。痛いなんてもんじゃなかったよね?ほんと、ごめんなさい」
「アイナ、顔を上げてくれないか?」

ゆっくりと、遠慮がちに頭を上げたアイナ。彼女の細い肩に触れたまま、フレンは心底申し訳なさそうに続ける。

「僕も君を傷付けたからね、お相子だよ。だから、そんなに気に病まないで」
「私の魔術はどれも威力あってえげつないって、よく言われるし……」
「あー、確かにすごかったな、あれ。意識すっ飛んだ」
「う……ほんとにごめんなさい」

余計にしゅんとなってしまったアイナの頬に大きな手が触れる。思わず顔を上げると、優しい表情のユーリが居た。撫でるような、プニプニ摘むような、どちらともつかない微妙な仕草で頬に触れながら、彼はアイナの目を見詰めていている。

「ん、冷てぇな。思ったより冷えてる。こりゃ、隊長が言った通り早く風呂入って温まった方がいいみたいだな」
「でも」
「過ぎた事いつまでも気にしたって仕方ねぇだろ?オレもフレンも気にしてねぇから、今日はもう休んだ方がいいって」

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