君の傍に

19


ヒスカの腕が天を仰ぎ、アイナが全身に光をまとい始める。足元に大きな方陣が現れると、ギリギリの所でユーリとフレンがそこに飛び込んだ。

「フォースフィールド!」

術が完成した瞬間、アイナが一層強い光を放つ。それと同時に足元の陣が半円状の光の壁を生んだ。たった一瞬で方陣の上に立つ仲間全員を包む。

タッチの差で空に浮かび上がっている方陣が更に大きな方陣を描き出した。ゆっくりと下降していく。それはユーリ達の居る場所を中心に森を包んだ。魔物達が次々と宙に吸い上げられて分解、蒸発していく。光が薄れていき、大きな方陣が消えるとヒスカの放ったフォースフィールドも効力を失い、アイナの光も消えた。

森に静寂が戻る。

地に伏せたまま頭を抱えて目を瞑っていたユーリとフレンが、同時に頭をふわりと撫でられた。恐る恐る目を開けるとアイナが自分達に目線を合わせて屈んでいる。焦げ茶色の瞳を柔らかく細めて微笑んでいるが、顔色が悪いように見えた。すると彼女の両手がふたりに向かって差し出されて、ユーリとフレンはそれぞれ目の前にある手を取る。余り強くないで引っぱってもらい、ふたりは立ち上がった。

「ユーリ、フレン!」

男の声で名前を呼ばれたふたりは、声を辿って背後の空を見上げる。

「初仕事にしちゃぁ上出来だ!」

軍用犬ランバートを隣に携え、こちらを見下ろせる丘に立つナイレンが笑った。



「ユーリ!」

仲間達が後片付けをする中、声を荒げてユーリを呼ぶとフレンは眉間に皺を作っていた。彼らしくなくどこか乱暴な歩き方で歩み寄っていく。怒っているのは一目瞭然だ。

「なんだよ」
「なんで作戦通り行動しない!?」
「うまくいったんだから、いいじゃねぇか!」
「勝手な行動で失敗したら、みんなが巻き添えを食うんだぞ!」
「いちいちうるせーな!細かいんだよ、お前は!」
「いい加減なんだよ、ユーリは!」

言えば言うほど、ふたりの声が大きくなっていく。アイナが勢いを増していく一方の彼らを止めようとした瞬間、鈍い痛みがユーリとフレンの頭のてっぺんに降り注いだ。ふたりは両腕で頭を抱え込んで痛みに悶絶する。

「えぇ〜いっ、うるせ、うるせい!!いいから、とっとと後片付けに行ってこーい!」

ゲンコツを食らわせたナイレンが怒鳴ると、彼らは未だ殴られた部分を押さえながら不服そうに歩き出す。

「お前のせいで殴られたじゃねぇか!」
「ユーリのせいだろ!」
「うるさ〜い!!」

また言い争いを始めたふたりに、シャスティルとヒスカが声を揃えた。やっと後片付けに向かった少年達を見送りながら、懐からキセルを取り出す。右手首に着けた武醒魔導器(ボーディブラスティア)から火を貰った。

煙を出して一服すると、目の前で娘の体がグラリと揺れる。慌てて左腕を腰に回して抱き留め顔色を窺うと、彼女は力なく笑った。

ナイレンはよく知っていた。この顔の時は相手に「大丈夫だよ」と伝えようとしている時だ。

「無理させちまったな、すまねぇ」

彼女はよく理解している――今回の作戦は、自身の持つ不思議な力なしでは、成功する確率が格段に減ってしまう事、自分が居れば不測の事態に陥ろうと必ず成功する事を。だからこそ、彼女は笑みを浮かべたまま首を小さく左右に動かした。それからナイレンの右腕を引き寄せ、彼の手の平にゆっくりと文字を書き始める。

『ごめんなさい。動けないみたい』

申し訳なさそうに俯く娘の頭を少し乱暴に撫でると、ナイレンは一度彼女から離れてしゃがんだまま背を向けた。首元に細い腕が伸びてきて、背中に自分以外の体温が広がる。ナイレンは両足の膝裏に腕を入れると、そのまま立ち上がってアイナを背負った。

「隊長」

ユルギスの声に視線を移してみると、いつからそうしていたのか知らないが離れた所から何か言いたげな目をしている。

「そのまま眠ってもいいぞ、アイナ」

彼女にしか聞こえない音量で優しく言うと、ナイレンは彼女を背負ったままユルギスの方へ足を向けた。



ひらり、ひらりと不規則な動きで空中を舞う木の葉達。紅葉にしては不自然に木も葉も枯れ果ててしまっている。

ランバートは本能的に異状だと感じていた。枯れた森の奥を睨みながら唸り声を上げ続ける。背後から慣れた気配がすると、ランバートは背中を撫でられた。

「ランバート」

自分の隣にしゃがんだ相棒に名前を呼ばれて、ランバートは口を閉ざす。すると、大好きな温もりが彼の首元に触れた。いつもより弱々しい撫で方に目を細め、労わるように手の甲を舐める。父親の背中でぐったりとしているアイナが僅かに笑みを見せてくれた。

「随分と紅葉が町に近付いていますね」

ユルギスが言う。

「いや……」

呟いたナイレンの背の上で、アイナも父と事を感じていた。
これはただの紅葉ではない、と。



to be continued...

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