君の傍に

18


美しい満月の夜。

ユーリは走っていた。月明かりだけの暗く視界の悪い森の中を、左手でしっかり剣を持ったまま走り抜けていく。ふたりの少女がその後を追いかけていた。ふと、右腕を掴まれて足を止めて振り返る。銀色の髪がアイナの荒い息と共に少し揺れ、酷く夜に映えた。もうひとりの緋色の髪を一箇所で高く結い上げた少女がしゃがみ込む。

緋色の髪を持った少女が大きな鞄からトラップ型魔導器(ブラスティア)を取り出してセットするのを見届けると、掴まれていた腕が解放された。ユーリはまた走り出す。

「ちょっと、作戦通りに動いてよ!先行しすぎ!」

緋色の髪をなびかせながら彼の指導係、ヒスカ・アイヒープがその後に続きながら叫ぶように言った。ユーリも声を張って返す。

「チンタラやってられっかっての!」

目の前に崖が現れると、ユーリはなんのためらいもなく強く地を蹴った。数メートル下に易々と着地する。ヒスカとアイナが僅かに遅れて地に足を着けた。アイナはヒスカの背に軽く手を添え、そのまま同時に走り出す。直後に狼のような魔物達が、猪に似た大きな魔物を引き連れて彼らの後を追って降りてきた。

「追い付かれる!」

ヒスカの言葉に視線を背後へ投げたユーリは、アイナと共に立ち止まる。

「行け!」
「任せた!」

剣を構え直して目の前の魔物達を見据えると、ユーリは軽く鼻で笑った。
隣に立っていたアイナが突然、大きく後ろに飛ぶ。その理由がわからないで佇んでいると次の瞬間、ユーリの下の土に幾つもの亀裂が入り崩れ始めた。

「う、わ!」

慌てて飛び退くとアイナの隣に足を落ち着けるユーリ。轟音を伴って地中から突如現れた巨大なカニに、彼はまた襲いかかる魔物の急所を確実に斬った。

「こんなのまで居るとは……聞いてねぇっ」

自分に向かってくるオオカミ達を斬り伏せていく。視界の端で銀色が暗闇に舞うのが見えた。

「ユーリ、コーレア!こっち終わった!」

ヒスカの声に答えるように、ユーリが間合いを退く。しかしアイナは巨大なカニ向かっていき、その足に飛び乗って駆け上がると素早く目と目の間に剣を突き立てた。魔物が悲鳴をあげて暴れ出す。足元を強く蹴って降り立った彼女に向かって、牙をむいた狼をユーリが斬り付けた。

警戒し、徐々に後退しながら相手の様子を伺う。カニのような魔物が森の細い道で暴れ行く先を塞いでおり、その後ろに居る他の魔物達が足止めを食らっている。

アイナは構えを解くとユーリの腕を掴んでヒスカの方に向かって走り出した。背後で爆発音に似た大きな音が響くと、いつの間にか引っぱっているのはユーリの方になる。

月光がよく降り注いで明るい、開けた場所に出た。集合はこの場所になっているが、仲間達の姿はまるでない。どうやら早く到着してしまったらしい。ユーリはふたりを自分よりもだいぶ離れた後方にやり、再び剣を構える。来た道を睨むように見て、いつ魔物達が襲撃してきてもいい様に警戒を続けた。

急激に辺りが明るくなり、トラップ型魔導器を設置した真上に複数の陣が描かれ始める。アイナとヒスカが驚愕して空を見上げた。

「まだ他のチームが戻ってないのに!?」
「うっせーな、予定通り進んでんだろ!」
「な〜んですって〜っ!?」

乱暴な物言いにヒスカが怒り、頬を少し膨らます。魔物が追い付き、唸り声を地に這わせながらユーリ達を取り囲もうと間合いを取りながら広がっていた。

トラップ型魔導器の設置を担当していたヒスカは、今回の作戦で武器を持っていない。先程よりも増している魔物の数は、たったふたりで防ぎきれるとも思えなかった。剣を持たないヒスカは騎士とはいえ、襲われればひと溜まりもないだろう。

「……ちょっと、恐いかも」

僅かに声を漏らしたヒスカが無意識に数歩下がると、アイナが背に庇うように前へ出る。するとユーリが剣を構えたまま顔を彼女達に向けた。

「すっげぇ数〜」

この場に相応しくなく、どこかへらへらした笑顔で放たれた言葉にヒスカは息を零す。

するとそこへ、彼らが来た道とは別の所から集合場所に到着した、ひと組の男女が居た。まるで鏡を見ているかのようにヒスカと似ているシャスティルは、彼女の双子の姉だ。ヒスカ同様、シャスティルもトラップ型魔導器の設置を担当しているため剣を持っていない。予想外の状況に怯んだ彼女に、共に行動していた少年は短く後方へ向かうよう言った。自身は、ひとりで魔物の群れと対峙しているユーリの元へ向かい、その隣に立って剣を構え直すと少年――フレン・シーフォは魔物の群れを睨む。

ユーリは視界の端で見慣れた短い金髪を捕らえると、嫌味ったらしく口角を上げた。

「遅えなぁ」

何を返す訳でもなく、フレンはただ「フン」と鼻を鳴らした。まるで会話になっていない、酷く短いやり取りを終えたのを合図に、ユーリが魔物の群れに飛び込んで行く。フレンが僅かに遅れて彼に続き、共に囮となって魔物達の注意を自分達だけに向けた。

作戦では全員が集合したところで守りの魔術を張り、集めた魔物達を一網打尽にする。しかし、この作戦はタイミングが非常に重要であり、今まさにその重要点がずれてしまい危険な状態だ。

憂いを孕んだ瞳で魔物達を引きつけるユーリとフレンの姿を見ていたアイナだったが、今は外れてしまった作戦の流れを戻さなければいけない。自分まで飛び出してしまったら、作戦が失敗に終わってしまう。そう考えた彼女は、ふたりに加勢したい気持ちを賢明に押さえ込んで剣を腰に佩く鞘に戻した。

代わりに目を閉じて魔術の詠唱を始める。下級魔術を次々に発生させ、遠方から魔物達の牽制を続けた。その状況に、定刻通りに現れた仲間達が目を丸くする。が、一瞬で時間がなくなってしまった事を理解して走るスピードを上げながら、ひとりが叫ぶ。

「シャスティル、全員揃った!」

それを聞いたシャスティルが作戦の要であるふたりの少女を呼んだ。

「ヒスカ、コーレア!」
「ユルギス、ふたりを戻して!」

ヒスカの声に振り向いて確認すると、確かに全員が揃っている。再確認を終えた副隊長のユルギスが声を張り上げた。

「ユーリ、フレン、戻れ!」

呼ばれた当人達が間合いを引き、群れの中心で背中合わせに剣を構えたまま肩で息をする。タイミングを見てふたりは同時に駆け出した。

ヒスカが詠唱を始めると、その隣でアイナが胸の前で自らの指を絡め祈り始める。

「絢爛たる光よ、干戈を和らぐ壁となれ」

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