君の傍に

17


「(……ここで寝てもいいって事か?)」

拒絶らしい反応も特にないところを見ると、そう思っていいのだろう。ユーリは努めて音を殺しながら歩み寄った。彼女の傍で膝を折る。

少しだけ赤い黒髪が月明かりに照らされてキレイだ。彼女が「力」を使って見せるナイレンと同じ銀色の時は、きっともっとキレイなのだろう。そう思いながら、ユーリはアイナの顔にかかる髪を指でそっと退けた。

穏やかな寝顔が目に入る。昨夜見た顔色よりもずっとよくて安堵した。安堵したらつい、別に下心なんて微塵もなく、視線が唇に動いてしまった。彼女の厚い唇は、ぽっちゃりというか、ふっくらというか、とにかく柔らかそうなもので。

「……、うまそー……」

そんな事を、無意識に口に出してしまった。途端に手が噛まれる。大きな声を出しそうになったのを懸命に飲み込むと、ランバートを睨んだ。が、彼はそれ以上に鋭くユーリを睨んでいる。どうやらユーリの呟きが勘に障ったらしく、小さく唸り出した。アイナが少し眉を寄せて寝返りを打つ。ユーリはそれらを見て、思わず距離を取った。

手を伸ばして届くか届かないか微妙な所まで離れると、ランバートが目を閉じる。このくらい離れれば、いいらしい。ユーリはランバートの許可が出た場所に、アイナの方を向いて寝転がった。

月に照らされた彼女の寝顔を見ていると、心の奥からジワジワ熱が込み上げてくる。鼓動も早い気がした。

「(オレは、アイナを――)」

守りたいと思っている。それだけは確かで、ユーリの中ですぐ言葉になった想いだった。

けれど、この胸に広がる熱をどう呼んだらいいか、迷っている。唇を見て「うまそう」なんて思うのも声を漏らすのも、今のが初めてだった。

もしかしたら。もしかしたら、自分は。

「……アイナが好き、なのか?」

それは、もうピタリと。未完成のパズルが完成したかのように、すんなりとユーリの中に入った。半ば冗談のつもりで出た言葉なのに、酷く納得する自分が居た。

出会って間もないとか、アイナの事でまだ知らない事だってたくさんあるとか。そんなの全部が関係なく、ユーリの中で「好き」という言葉に納得した。自覚してしまえば、今この状況に心臓が破裂しそうになる。

もうこれ以上アイナの方を向いていられないと、ユーリは慌てて寝返りを打った……が、気休めにもならなかった。

どうやら、今夜は眠れそうにない。



突然痛みを感じたユーリは飛ぶように起きる。驚く彼と正反対に、胸の上で尾を振るラピードが最初に目に入った。鼻がヒリヒリする。どうやら自分は、目の前で嬉しそうに尾を振る子犬に噛まれて目を覚ましたらしい。

しかしながら、好きだと自覚した人が至近距離で眠っている場所でぐーすか寝るなんて、自分の神経の図太さには本気で脱帽だ。がっかりだ。我ながら呆れて、鼻を噛んだであろうラピードを怒る気すら湧いて来ない。

ユーリはラピードを抱いて上半身を起こすと、深いため息を零した。ラピードは相変わらず尾を揺らしている。不意にポン、と優しく肩を叩かれて顔をあげると、もう制服に着替え終えたアイナが居た。

「……はよ、アイナ」
『おはよう。ユーリも、昨日の夜ここで寝たんだね。どうして?』
「どうして、って………寝る前にフレンとケンカしたから、同じ部屋で寝んの嫌になったんだよ。他に寝る場所、思い付かなかったし」
『またケンカしたの?』
「あいつ、いちいち細けぇんだもん」

そう言って不愉快そうに口を尖らすと、ユーリはある事に気付いて目を丸くする。

本当に僅かだが、アイナの顔が笑う時みたいに目が細くなって口角が上がっていた。それが今の彼女に出来る、精一杯の笑顔だと気付けた事が嬉しくて、つい表情が情けなく緩む。

「そういや、ラピードの朝飯は?」
『今さっき、ランバートと一緒に食べ終わったよ。私達も朝ご飯、食べに行こ。お腹空いた』
「ん、そうだな。オレも腹減ったわ」

アイナに付き合ってもらって顔を洗いに行ったユーリは、一方的に喋りながら食堂へ向かった。けれどユーリが話題に出来る事といえば、生まれ育った下町くらいで。アイナはユーリの口から紡がれる下町の人や暮らしを、彼を見上げ、小さく頷きながら聞いていた。

彼女が今までずっと、ひとりで歩いていた犬舎から食堂へ伸びる道。少し寂しくて少し長く思うそれが、楽しくて短い道のりになった。

これから何事もなく平和に、この小さな街で暮らして、こんな風に楽しい毎日になるのかと思うとアイナの胸が躍る。


日々は穏やかに過ぎていく。

しかしながら、刻一刻と運命の日が訪れようとしている事など……誰も知らないのであった。



to be continued...

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