君の傍に

08


毎度毎度、指定した日に遅れる事なく届いていた積荷が来ない。

いつものようにナイレンと街の巡回中。酒場の主人からそう相談を受けたのは、空が茜色に染まった頃だった。探しに行きたいのも山々だが、今から結界の外に出るのは賢明な判断と言えない。それに明日は新人が到着する予定の日で、隊長であるナイレンはその到着を待たなければならなかった。

『それなら明日、非番だし私が辺りの様子を見に行ってくるよ』

父の掌にそう残す。じっとこちらを見下ろすナイレンの顔には「言うと思った」と書いてあって、アイナは思わずクスリと笑った。わかる人にしかわからない笑みだが、ナイレンにはいつもちゃんと伝わる。

「笑い事じゃない。自分が方向音痴だって自覚、ちゃんとあるか?」

肯定の意味を込めて騎士らしく、ちょっと悪戯っぽく敬礼してみる。すると案の定、ナイレンは大袈裟にため息を漏らした。

「ランバートと一緒に行け」

いいな、と同意を求められて素直に頷くと、ナイレンの手が頭に乗る。そのままくしゃくしゃと頭を撫でられて、アイナは気持ちよさそうに目を閉じた。



ザラリとしたものが頬に何度も触れる。それがランバートの舌だと理解しているアイナは、残る眠気に耐えながら体を起こした。尾を振りながら元気にひとつ鳴いたラピードに促されるまま、ふらふら歩く。

ラピード用の小さな器とランバート用の大きな器に朝ご飯を入れて床に置くと、彼らは揃って器を前に「お座り」をした。少し間を空けてから「よし」の合図を出す。嬉しそうに食べ始めたのを見て、アイナの唇がほんの少しだけ弧を描いた。

その場で寝間着を脱ぎ、昨夜から用意していたナイレン隊の制服に替える。最後にお気に入りの花飾りでポニーテールを作った。きちんと畳んだ寝間着と毛布をまとめて隅に置く。

空になった器を片付けて別の器に水を入れて置くと、自分も朝食のため食堂へ向かった。空いている席へ腰を落ち着けると、普段はのんびり食べる朝食を胃へ押し込める。いつもと様子の違うアイナの姿を、不思議そうに眺める隊員達の目に気付かないふりをした。

食べ終わった食器を手に厨房へ入ると、適当な場所にそれを置いてひとり分のサンドウィッチを作る。どうせ食べるのは自分だからと手を抜いたそれを詰め、そそくさとランバートの所へ戻った。

彼のおやつとサンドウィッチの入った箱を一緒にバンダナで包むと、軍用犬専用の甲冑をランバートに着せていく。準備は整った。

「クーン……」

出かけるのだと察したラピードが寂しそうに鳴く。まだ戦う術を知らない無邪気な子どもを街の外に連れて行くなんて、危険な事は出来ない。留守番していて貰わなければ。

「(ごめんね、ラピード。出来るだけ早く帰ってくるから)」

抱き上げたラピードの額に自分のそれをコツンと合わせ、心の中でそう言葉にした。しゅんとなったラピードを下ろすと、踵を返し部屋の隅で小さな体を丸める。どうやら不貞腐れてしまったらしい。

零れた苦笑いをそのままに機嫌を損ねてしまったラピードの傍に寄り、思いっきり抱き締めた。完全にご機嫌斜めなラピードは、身を捩ってアイナの腕から抜け出そうと懸命に藻掻く。けれどアイナは放さず、ただラピードを抱き締めた。次第に落ち着きを取り戻していく。おとなしくなった所で彼の小さな腹を優しく、一定のリズムで撫でた。

しばらく繰り返し、繰り返し撫でているとラピードの目がとろん、と眠気を帯びていく。やがて目蓋が落ちた。ゆっくり、ゆっくり速度を落として手を離す。すっかり眠ってしまったラピードをアイナがいつも使っている毛布の上に寝かせた。馴れ親しんだアイナの匂いに包まれて、安心しきった愛らしい寝顔に安堵しながら静かに距離を取る。

起こしてしまわないように懸命に音を殺し、アイナは扉を閉めた。

ランバートと寄り添うように並んで歩きながら、街の出入口に向かう。途中すれ違う人に挨拶される度、アイナは言葉の代わり手を振って応えた。



シゾンタニアから伸びる街道に沿って進み、魔物が現れては協力して倒す。

それを繰り返しているとランバートが突然立ち止まった。足元を見てからアイナを見上げ、また下を向く。どうやら彼は足元を見て欲しいらしい。アイナは素直に視線を落とした。

そこに残る、不自然な車輪の跡とそれに群がる複数の足跡が街道を逸れて森の中へ続いている。

「(……これは)」

アイナとランバートは顔を見合わせてから、歩調を合わせ辿り始めた。跡は真っ直ぐシゾンタニアを通る川の方へと向かっている。飛びかかる魔物を切り伏せながら進んでいると、いつの間にか差し込む太陽が真上に来ていた。空腹感もあるし、そろそろお昼にしようと樹の幹に背を預けて座り込んだ。

隣で体を休めたランバートの頭が膝に乗る。準備して来た弁当を開いてランバート用のおやつを差し出すと、彼は体勢を変えずそのまま口を開いた。動く気がないらしい。

「(たぶん、おやつ入れろって言ってるんだよね)」

半信半疑で開いたままの大きな口内におやつを入れてやる。すると満足そうにモゴモゴと口を動かし始めた。きょとんとその様子を眺めていると、おやつを食べ終えたランバートが目を閉じる。なんだか嬉しそうなランバートを見下ろしながら、サンドウィッチをかじった。

のんびり食べる。最後のひと口を運ぼうとした時に「そういえば」と、ある事を思い出した。

「(ランバートが甘えるのは私だけだって、お父さん言ってたし……そっか、いつもラピードも一緒だもんね)」

ランバートはプライドが高いがとても賢く、余程の事がない限り吠えたりしない。その態度や目付きからクールな印象を与えがちだが、根は愛情深くて甘えるのが好きだったりするのだ。けれど彼の息子の前や、ナイレン以外の気配がある所でこんな風に思いっきり甘えてきたりしない。

「(もうちょっとくらい、いいよね)」

ランバートが甘えられる条件がきちんと揃うなんて、とても珍しかった。だから少しだけ、もう少しだけ思いっきり甘えさせてあげよう。そう思って昼食の最後のひと口を飲み込んだ。

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