「よかった、って」
「若は、倉田若や…」
何を、当たり前なことを。
いや…違う、今、本当≠フ私は、
「違う、梓。倉田じゃない」
感情が、先走った。
気付いたときにはもうその言葉を音にしていて、今さら後悔しても遅い。
「ああ堪忍、折原若≠竄チた」
「………えっ?」
オリハラ、おりはら、折原。
「いま、あず…!」
「結婚してんねんから、折原の姓やね。仕事はまだ倉田やん?せやから違和感あって」
「違う、それじゃない!」
それじゃない。私が言いたいのはそんなことじゃない。
ぐちゃぐちゃで整理のつかない頭を無理矢理働かせて言葉を引っ張り出す。
「なんで、私が折原若だって、知ってるの…!」
勢い余って座っていた椅子が大きく後ろに下がる。がたがたと聞こえる騒音よりも私の声が上回った。
吃驚した梓は半歩後ろに下がって私を凝視している。
「なんで、って…当たり前やん…若はここの保健医でボクが国語科の専門は古典教師。折原くんと若、この前結婚したばっかやし」
「――――ッ!」
涙が、零れた。溢れた。
梓が知っているのは、私が知っているのと、同じなのだ。
「合ってるんやろ…?え、ボクん勘違い!?」
「ちが…違う、」
21.薄暗がりの空気が、暖かくなる。
「ほっと、したら…涙、とまんない」
そうか、そう言うことか。
この状況に放り出されたのは、私だけじゃないのだ。
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