sweet moon::P1/2


持参した鎌を入れるとサクッと小気味いい音で刈り取れた。
なかなかの切れ味だ。研いできて正解だったな。
新調した砥石を使ってみた効果は絶大のようだ。
まっすぐに揃った美しい切り口に惚れ惚れする。
どれ、もう一切り。

季節は秋を迎えた。
山々が紅葉に染まっていくなか、いま私が立つ場所も季節の色を濃くしていた。
この辺りの川べりにだけ生える少々珍しい植物。
ススキというらしい。
一面を黄金色に染め上げ風に揺れている。
とても儚げな風景だ。
美しい花をつけるでもない植物なのに心癒される。
何よりこの辺りだけに生息している不思議が興味深い。
種が風に乗ってきたか、それとも妖精さんの手が加えられたのか。
いまとなっては解き明かすのは難しいだろう。
その謎を秘めた植物をこうして刈りに来ている理由だが、とある計画の準備をしているわけだ。
今夜のお楽しみを胸に秘め、サクサクと続けて刈る。
酒を旨くする彩りってやつだ。
貧相なものよりは穂が豊かに垂れているものを。
見目のいいものを選んで再度刃を入れる。

何度か刃応えを楽しみ、ひとつにまとめる。
親指と人差し指で作った輪ほどの太さになった。
少し刈りすぎたか。
まあ多すぎて困ることはないだろう
一本を軽くほぐし、やわらかくしたものを縄代わりに束ねる。
羽毛のように軽い穂も集まればそこそこの重みとして感じられた。

「ん?」

視線を感じた気がして膝を伸ばす。
誰か、他に人でもいるのか。
ぐるりと辺りを見回す。

やっと涼しくなってきた風が流れてきて、私の脇を抜けていった。
風に煽られて何百、何千本とあるススキが同じ方向へ体をしならせる。
やわらかい穂が膝を撫でる。

黄金色の尾花が揺れる。神聖さすら感じる秋の風景に目を奪われそうになる。
しかし、視線の正体は見あたらない。

私と同じようにススキを刈りに来た酔狂な人間でもいるのかと思ったが……。
誰かいるなら声をかければいいのだ。
こんな爺を黙って眺めていても面白いことはなかろうに。
変なこともあるもんだ。
用も済ませたし家に帰るとしようか。
再び腰を落とし鎌を鞘へと戻す。そこでやっと見つけた。

あたり一面ススキしか生えていない、言ってしまえば地味な風景。
そこに華やかな色彩が紛れ込んでいた。
妖精さんだ。

乱立するススキの茎の陰からこちらを覗き見している。
本人は隠れているつもりなのだろうか。
いくら小さな妖精さんでもススキの細い茎ではほぼ丸見えと変わらん。

目が合うと照れた様子で頭をかきながら出てきた。

「こんにちは。こんなところで何をしてるんだね?」

「おじいは……?」

「うん?私は、ほれ、ススキを刈りに来たのだよ」

束ね終えたススキを軽く振って見せる。
一本一本は頼りないススキだが何十本も重なると力強さが生まれる。
ほうきのようになった穂先が風を起こし、妖精さんの前髪を揺らした。
目を細めておとなしく風を受け止めている。
秋の風を堪能しているのだろうか。

「今夜はこのススキを飾ってお月見する予定なのだよ」

「おつきみ?」

「ああ、月を眺めながらゆっくり過ごそうというイベントだ。孫に団子を作らせてある。君も来ないか?」

客は多い方がいい。
それが妖精さんなら楽しさも増してくれることだろう。

「おつきあいするです?」

「うむ。よろしく頼む」

交渉成立の証として指先で握手を交わす。
おやつがあるところに妖精さんがありってな。
腕を伝って登ってきた妖精さんを肩に乗せ、刈り終えたススキと共に帰ることにした。


☆☆☆

「やまほどあるです」

耳元で妖精さんが歓喜の声を上げた。
その感想の通り、団子が山になっている。

まだお月見には早い時間だが既に用意してくれたようだ。
家に帰りついた私たちを出迎えてくれたのは、木製の台座に積んだ白い団子だった。
月を眺めやすいようにと玄関前に配置したテーブルに乗せてある。
これにススキと酒を出したら完成だ。

あまり馴染みのない、シンプルさを極めたような異国の菓子。
白く丸い形は月に似ているかもしれない。
レシピひとつから再現してみせるとはなかなかのものだ。
菓子作りの腕だけは素直に認めてやらねばな。

堪らない様子で肩から飛び降りた妖精さんが脇に並んで立つ。
自分の体長とほぼ同じ標高のピラミッド団子に興味を抱いたようだ。

「さて、と」

持ち帰ったススキを飾り付けるとしようか。
どこかに花瓶があったはずだ。
この団子に合わせて派手すぎない花瓶がいいだろう。
ひとり家に入り捜し物を始める。
いくつか花瓶を引っ張り出してきては選んでいる間、妖精さんは団子の番を続けていた。
こちらの作業に付き合ってくれないのは少々さみしいが、爺よりおやつへの興味が勝るのは当然のことかもしれんな。
花より団子、なにより酒を愛する者として気持ちはよくわかる。
五つ目に取り出した陶器の花瓶が大きさもちょうどいいようだ。
徳利を思い起こさせる形が特に気に入った。
ススキを生けた花瓶を抱え妖精さんの待つ玄関前に戻る。

「待たせたな」

あまり待たせては悪いと思い急いできた。
退屈していないか心配したのだが――

「おいおい、これは……」

「えっ?」「えっ?」「もぐ……?」

人数が増えた妖精さん。
代わりに消えた団子。
四段あったピラミッドは解体され跡形もなくなっていた。

ずいぶんと大所帯になったもんだ。
よほど楽しさが増したと見える。
仲良く分け合った団子をひとつずつ抱えて彼らは一足早いお月見を始めていた。

「まさかもう食べたのか?」

「やばい?」「やばいの?」「おしおきされる?」「おつきにかわって」「もぐもぐ」

ひとり団子を食べる口が止まらない妖精さんを除いてざわざわと騒ぎ始めた。
その言葉は軽いものの彼らなりに罪悪感を感じてるらしい。
私の言い方も悪かったかもしれん。
責めるつもりはなかったのだ。

「飾りが減ってしまっただけだ。気にすることはない」

本当に気にすることはない。
酒のつまみがなくなってしまったのは残念だがな。
とある文献で得た情報によると、お月見には団子泥棒という風習もあるそうだ。
子供たちが飾り付けられた団子をつまみ食いしていく。
そうして代わりに幸運が舞い込んでくる。
きっとこの妖精さんたちの所行も良いことの前触れになるに違いない。
そう説明する私の声は風にかき消えていった。
妖精さんたちは誰ひとりとして聞いてはおらん。
円陣を組んで始めた会議に集中してしまっている。
私には聞き取れない高速言語で議論する。
彼らは何を話し合っているのか。
こうなってしまっては終わるのを待つしかないな。

ふと見上げた空はよく晴れていて今夜はいい月が見られそうだった。
代わりに酒のつまみになるものを用意しようか。
どこぞへ出掛けて留守にしている孫が早く帰ってきてくれたらまた団子を作らせるのだが、この様子では日が暮れるのが早いか。
太陽は山の稜線に掛かり日暮れまでのカウントダウンを開始している。

と、そこへ妖精さんがひとり代表してやってきた。
会議に結論が出たらしい。
「これでどうかおゆるしを?」
食べかけの団子をひとつ、両手で差し出してくる。
まんまるだった団子はかじられて半月ほどの形になっていた。
これを返してくれるのか。
彼の震える手、見守る妖精さんたちの表情を見ればどれだけ耐え難いことなのか如実に伝わってくる。
そこまでして詫びを入れてくれるとは愛らしいではないか。
しかしな、大事なおやつを奪い返すほど私は鬼ではないぞ。

団子は食べていい、と再び妖精さんの元に返す。
数秒の躊躇いを見せてからおやつタイムを再開した。
ちびりちびりとかじる。
きっと見た目通りの素朴な甘味なのだろうな。
一口かじるごとに、ゆっくりと元気を取り戻していった。
そして団子を食べ終えるころには見事に復活していた。
うむ。妖精さんはこうでないとな。
新しい遊びを始めた妖精さんたちを横目に私の準備も完了した。
さあ、お月見の開始だ。


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