sweet moon::P2/2
玄関前に出したデッキチェア。テーブルの上には酒とススキとピラミッド状に積まれた団子。
それと、これは……太い棒に頭が付いた奇妙な人形……。
「それ、こけしっていうそうですよ。せっかくだから飾ってみようかと思いまして」
手に取って眺めていると横から声が掛かった。
ランプの火を消して月明かりのみが辺りを照らすなかでは表情までは確認できないが声の調子から誇らしげな感情が伝わってきた。
この孫は自分が余計なことをしたとは微塵も思っていないようだ。
どこかに出掛けていると思ったら倉庫からこれらを掘り出していたわけか。
月明かりの下に奇妙な人形が何本も起立する様は不気味としかいいようがなく、異様な雰囲気を作り出していた。
せっかくのイベントを台無しにしかねない存在感が恐ろしい。
無言でこけしを元の位置に戻す。
長く眺めていたら気がどうにかしてしまいそうだった。
気を取り直して酒だ。酒。
辛口の酒で舌を潤し空を仰ぐ。
よく晴れた夜空に満月が浮かんでいる。
早くも酒がまわってきたらしい。月の輪郭がぼやけて見えた。
白い月の表面に浮かぶ模様はうさぎの餅つきや蟹、女性の顔などに例えられるそうだが……。
そうだな、私には逞しき上腕筋を披露する勇者に見える。
理想的な男性像だ。
「あんまり月を眺めてると狼男になっちゃいますよ」
「それもまた一興」
しなやかな筋肉と艶やかな体毛に覆われた肢体、いいではないか。
「はぁ…。それにしても変なイベントですよね」
孫はこのイベントに乗り気ではないらしい。
紅茶をちびちび飲んでばかりであまり月を直視したくないようだ。
月の魔力とやらを本気で信じているわけではないだろうに、しきりに心配してくる。
怪しい儀式のようにこけしを並べるお前には言われたくないだろう。
「このイベントの良さが解らんとはお前もまだまだ子供だな」
「そんなこと言って、おじいさんはお酒が飲みたいだけなんでしょう?」
それについては反論の余地はない。
「うまい酒が飲めればそれでいいのだ」
コップの底に残っていた酒を飲み干し、新たに注ぎ足す。
そもそものきっかけが珍しい酒を入手したからで。この酒の発祥の地のイベントをやってみようと思い立ったわけだ。
穀物から酒造したという清酒は、飲み慣れた酒とは違ったおもしろい味をしておる。
この月を眺めながらというシチュエーションも旨さに一役買っていると思うのだ。
一息に喉に流し込み熱い吐息を放つ。
「月には浪漫が詰まっている」
「まさか月に行きたいなんて考えていませんよね」
「ははは」
ますます不審そう眉をひそめる孫を笑い飛ばしてやる。
遠い昔の人類は月にも手が届いたと言うが、衰退した現在は高く飛び立つ元気が残っていない。
しかし手が届かないからこそ憧れが募るというものだ。
この熱い胸の昂ぶりはこれからの人類にも受け継がれていくだろう。
月にいる勇者に向けてコップを掲げてみせる。
横から乾いたため息が返ってきた。
「もう…お団子食べていいですよね。いつまでも飾っておいても何ですし」
「ああ、それな」
こちらが事情を説明する前に孫は手を伸ばしていた。
月の光を浴びてつやつやと輝く団子。ピラミッドの頂上を飾るひとつを摘んだ、その瞬間
孫の指に摘まれた団子が悶え震えたように見えたのはけっして酔いが回ったせいではない。
「えっ?きゃあっ……!」
騒がしい奴め。
悲鳴と共につまみ上げたものを放り出した。
落下する団子は、空に浮かぶ月のように丸かった形態を崩し変形を始める。
膝をまるめていた子供が背伸びをするように。
元の人型を取り戻しながらテーブルを転がり、落ちて、そのまま月夜の闇へと消えていった。
これを合図に残りの団子たちも体を起こした。
「ぴー!」「みっかったー!」「にげー!」「おだんごっこしゅーりょー!」「かいさん」「かいさーん」「またねー」「つぎは」「おだんごに」「ちょこそーす」「ぷりーず」
「なんですか、これ!?って妖精さん?」
「ああ、妖精さんだな」
団子を食べてしまったと反省した妖精さんは自らの体で団子を演じることで責任をとろうとしたのだ。
たぶんな。
ただの気まぐれごっこ遊びという線もあるが。
彼らの思考を正しく理解することなど不可能だろう。
妖精さんが退散したあとには空になった台座だけが残った。
ちょうど私の酒も空になった頃だ。
そろそろお開きとしようか。
突然の妖精さんの出現に驚いたのか、それとも団子を食べ逃したことがショックだったのか。
ほうけて固まっている孫に笑い声を残し私は先に家に入る。
楽しいイベントになった。
またいい酒が手に入ったら開催したいものだ。
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