それ行け。妖精探索ミッション::P1/2


調停官事務所で助手を務める少年はドアをノックする音で目を覚ました。
重いまぶたを薄く開けて天井を見上げる。
ブラインド越しに届く日光はそれでも強さを抑えきれず、部屋に十分な明るさをもたらしていた。
太陽だけではなく精力的に活動する住人たちの気配も伝わってくる。
起床時間をとっくに過ぎた時間であることは明らか。
普段なら助手少年も起きている時刻である。
「……」
意識が夢のなかへ戻ろうとする。
今日は休日。一日中、寝ていてもいい日。
……と、追い打ちのノック。
どうやら寝かせてはくれないようだ。

ベッドのなかから耳をすませて来客の正体を考える。
ノックにも人の個性は表れる。調停官事務所の新所長が鳴らす音とは違った。
荒っぽさが混じる強気な音。
こんな風にノックをする人物が知人にいただろうか。
寝起きの頭ではすぐに思い当たらない。
大きなあくびをする間も鳴り止まないノックが三十回を越えた頃、やっとベッドから下りる。
寝癖頭もそのままにドアを開けると予想外の人物が立っていた。

正確には人間ではない。
人型をしているが人間ではない。

「O兄さん……おはようございます」

「おせぇよ。はやく着替えろ。行くぞ!」

この人型ロボは朝からテンションが高かった。
充電を満タンにして元気がありあまっているのかもしれなかった。

「行くって、どこへです?」

「妖精探しだ!」

ババーン!と効果音が聞こえそうな態度で宣言する。
ついでに親指を立てたポーズ付き。
事前の約束など何もない唐突な誘いだった。


この地球は妖精のものである。
それは現代の常識。
大人から子供までが知っている。
長らく地球を留守にしていたO太郎も話に聞いて理解していた。
人間と妖精さんは隣り合わせの住人ともいえる関係なのである。
しかし、妖精さんの姿を見たことがない人間は多い。
恥ずかしがり屋の妖精さんはなかなか人前に出てはこない。
餌付けに成功し、毎日のように顔を合わせている人間が稀なのである。
ほとんどの人間が妖精さんと接触しないまま日々を過ごす。
O太郎もそのひとり。だが彼の場合は少し事情が違った。


「妖精さんなら、ほら、ここに」

花瓶から上半身だけを出していた妖精さんを捕まえてO太郎の眼前に突き出す。
「きゃー」と、あまり危機感を感じさせない悲鳴があげた妖精さんはおとなしく助手少年の手に収まっていた。
逃げ出さないところを見ると、花瓶の花ごっこから捕獲された妖精ごっこにシフトして楽しんでいるようであった。

見落としようもない至近距離。
どんなに鈍い人間でも妖精さんとの邂逅に驚きと感動を味わうことになるだろう。

「あ?」

しかしO太郎の口から漏れたのは間の抜けた一声。
表情も怪訝なものに変化する。


「おはろー」

妖精さんのゆるい挨拶にもO太郎の反応はなかった。

「むしはかなしいのう」


反応をしない理由はただひとつ。
O太郎には妖精さんの姿が見えていなかった。
トーンダウンした声もO太郎の耳には届かない。

何かを持っているように差し出された助手少年の手。
その『何か』がO太郎には感知できない。
体内にあるセンサー類をフル稼働しても結果は同じだった。
ここにはO太郎と助手の二人しか存在しない。

「……オレをからかってはないよな」

何も持たないように見える助手の手と顔を見比べ、ぽつりと漏らす。
二人の付き合いはそれほど長くはないが、人をバカにしたりする性格ではないことぐらいはO太郎も知っていた。

この状態に悩むのはO太郎だけではなかった。
同族のP子、プチモニも妖精さんを認識できない。
機械との相性が悪いらしい。
これが受け入れざるを得ない現実。

「いや、諦めねぇ!オレは諦めねぇぞっ!!!」

だが、O太郎は諦めが悪かった。
落ち込んだように見えたO太郎は瞬間的な立ち直りを披露する。
先ほどまで以上に燃え上がっていた。

「助手、装備を整えろ。妖精探しの冒険に出発だ!!!」

諸事情から声や姿を認識されない辛さが理解できる助手少年。
逆の立場からの想像を巡らせてみても悲しいものだった。
少年は二度寝の欲求をはね飛ばし頭を切り替える。
先ほどのO太郎のポーズを真似して親指を立てて見せた。

「いきましょう!」


☆☆☆

手早く着替えと朝食を終えた助手少年が戻ってくると、O太郎は通行人と何やら話し込んでいた。

妖精の居場所について聞き込み中らしい。
だが、遠目からでも成果が芳しくないのが見て取れる。
しばらくして助手の元に合流したO太郎はため息を吐きつつ首を振った。

「駄目だ、あの爺さん……妖精を美女かアイドルのことだとおもってやがる。話が通じねぇ」

ちなみにこの里にアイドルと呼べる人気美少女はいない。
趣味で歌を披露している娘はいるが、酒場の酔っぱらいから囃したてられるのがせいぜいといったところ。
見た目だけなら新所長の圧勝である。
知名度も抜群。そのお陰で個性的な性格も知れ渡っているところが残念ポイントだが。
そんな彼女の最大のアドバンテージといえば、妖精さんたちからの圧倒的支持率を誇ること。
餌付けに成功した希有な人材であった。

「どうします?姐さんのところなら確実だと思いますが」

「自らの手で探し出してこそ、だろ?」

ミッションクリアへの最短ルート。
日常的に妖精さんたちがたむろする新所長の自宅なら確実に数人は出会える。
きっと今日も一緒におやつを楽しんでいることだろう。
彼女なら効果的なアドバイスをくれていたかもしれない。
逆に面倒事には関わりたくないと突き放される可能性もあり得るのだが。
ともかく妖精さんの餌付けに成功した先輩調停官の協力を仰ぐ選択肢は拒否された。

O太郎が望むのは楽してエンディングを迎えることでなく、ワクワクする冒険なのだ。
どこかにいるかもしれない、このO太郎でも見ることができるレアな妖精さんを見つけだす。
簡単なことではない。
厳しいミッションになることだろう。
助手の少年は里中を歩き回る覚悟を決める。
とは言っても、あまり遠出は出来ない。
夕暮れまでには帰ってこられる範囲内で冒険しよう。

職業柄、妖精さんと接する機会の多い助手少年は、彼らに関する多様なデータを持ってる。
そのなかから比較的出没率の高い場所へO太郎を案内することにした。
その場所は通称ゴミ山。
現在は使われなくなった旧時代の遺物が山のように積まれている場所だ。
人間にとってはゴミでも妖精さんには魅力的な遊び道具のようで、不思議な力で修理・改造して遊んでいる姿を目撃することができる。
驚天動地のトラブル発生地帯でもある。


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