それ行け。妖精探索ミッション::P2/2


小高い丘を登り、形だけの進入防止フェンスを越えて二人は眼前にそびえ立つゴミ達を見渡す。
いまにも崩れそうな絶妙なバランスで積み上げられたゴミの間を歩くのはなかなかのスリルがあった。
あの中からタイヤひとつ、鉄板一枚が落ちてくるだけでも助手少年にとっては致命的だ。
しかし腕に自信があるO太郎はスリルも好意的に受け取っていた。

「ここか!?お宝が眠ってそうないい場所じゃねぇか!」

「先日の任務中に金のメダルを拾いましたぜ」

「マジか!ちくしょー、妖精探索ミッションの最中じゃなけりゃオレも手に入れてみせるのに」

通貨制度の崩壊した現代では何の価値もない、ただのメダル。
しかし物々交換に出せば貴重品に化けるかもしれない可能性を秘めたアイテムだ。
コレクターにしか解らない価値があると助手少年は信じていた。
それに共感するO太郎は大いに悔しがった。

「今度また付き合いますよ」

まだ探せば見つかるかもしれない。
助手少年ももっと集めたいと思っていた。
協力をすれば効率も上がるだろう。
二人は手を取りあい熱く約束を交わすのだった。


そんな二人の様子を遠巻きに眺める双眸が――

「あっ」
「ぴっ」
「ん?」

気づいて小さく声を上げた助手少年。
そして三者三様の短い声が連鎖していった。

「いま、そこに妖精さんが」

「どこだ!?」

「いたんですが、隠れてしまいやした」

出会った妖精さんはとても恥ずかしがり屋らしい。
O太郎が振り返ったときにはもう姿を隠してしまっていた。

素早い妖精さんが本気で逃げ出したら追うのは無理がある。
すぐ目の前にいても、ふとした瞬間に姿を消してしまう妖精さんだ。
慌ててゴミを転がし隙間をのぞき込んだとしても見つけられないだろう。
しかし、経験から来る勘が告げていた。
きっと彼はまだ近くにいる。物陰に潜んでこちらの様子を窺っている、と。

周囲をぐるっと見渡し、助手少年はひとつのドアに目星をつけた。
汚れて元の色もわからなくなったドア。
斜めに傾きながらもぎりぎりのバランスを保って立っていた。
周りを取り囲む壁も屋根もない、用途を成さないドアである。
横から回り込めば簡単に向こう側を確認できる。が、助手少年は律儀にノックした。

コンコンコン

「はいってます?」

語尾が上がった疑問調の返答。
間違いなかった。
助手少年は目配せでO太郎を呼ぶ。
声を出すことで下手に刺激をしたらまた逃げられてしまう予感がした。

一呼吸置いて助手少年は気配を消す特技を発動した。
こうすると人の視界から外れ記憶に残りにくくなる。
かくれんぼで活用できそうな体質である。
しかし今は助手少年が隠れた妖精さんを見つける番。
空気に溶け込むような動作でドアノブを握りゆっくり回す。

傾いたドアは地面に引っかかり溝を描きながら開いた。

開いたドアの向こうに妖精さんはいた。
圧縮されて四角くなった家電製品の上に立っている。
今度は逃げない。
いや、動けないのだろう。
かちこちに固まった全身から緊張をあふれさせている。
捕まっておいしく食べられると思っているのかもしれない。
心配しなくていいと微笑みかける。効果はあっただろうか。

その助手少年の後ろからのぞき込むO太郎。
そして静かに首を振った。
O太郎の目には元の形が判らなくなった鉄の塊だけが転がっている
助手少年が見ている風景を共有はできなかった。

「次だ。次こそ、最強の妖精を捕まえてやる!」

悔しさを拳に握りしめて宣言する。
妖精さんに最強も何もないのだが。そこは触れないでいてあげるのが男の友情だ。

「はい。行ってやりましょう」

助手少年も力強く応えた。



次なる探索地を求めて三人はゴミ山をあとにする。
里の中心部から遠ざかる方角を目指してみることにした。
前方には背の高い木々が見える。
このまま道なりに進めば森に行けるようだ。
森も妖精さん人気の高い場所である。
生い茂った草花や木の実はいい素材だ。
なにより、妖精さんたちの何倍もある樹木は遊園地ごとき遊びの舞台になる。
目指す先は決まった。

助手少年とO太郎は競い合うように足を進めた。
足元に転がる邪魔な石ころは蹴飛ばして行く。
気がつけばどちらが遠くまで蹴られるか競争になっていた。

生活圏から離れると、がらりと風景は変化する。
建物は残骸と化し、街道は朽ちかけひび割れた隙間から雑草が生えている。
障害物だらけ。
気をつけなければ石ころの進行を阻まれる。

豪快なフォームで足を振るうO太郎に対して、控えめな動きで応戦する助手少年は若干不利なようだ。
体を揺すらないように慎重さが見え隠れする。
足元を邪魔する障害物対策だけではないポケットの膨らみへの配慮。
そっと歩み寄ってきてくれた彼を驚かせることはしたくなかった。
しかし頑張りもむなしく石ころは地面の凹凸に弾かれてしまう。
石蹴り対決はO太郎の勝利に決した。

「野犬でもいいから出ねぇかなーっ」

高く浮かせるように石を蹴ってO太郎が物騒なことを呟く。

O太郎はやる気を持て余していた。
朝から空振り続きで発散されないこの気持ちを何かにぶつけたくてうずうずしているようだ。
両手の拳を構えて架空の敵と戦うふりをする。
仮に野犬が出て襲ってきたら……助手少年に身を守る術はない。
走って逃げても限界があるだろう。
O太郎が守ってくれる、と信じてはいるが戦いに夢中になって忘れられそうでもある。
あとは妖精さんの加護を期待するしかない。
ポケットにそっと手を添えて祈る。
そんな助手少年の耳に涼やかな水音が届いた。
肌で感じる空気にもかすかに湿気が含まれているようだ。
どうやら近くに水が流れる場所がある。

「少し休憩といきませんか。足が棒のようになっちまいやがりまして」

石蹴り競争をしたおかげで疲れが出てきていた。
まだまだ元気なO太郎と違って助手少年の肌は若干汗ばんでいる。

「しょうがねーなぁ」

聞こえてくる水音を頼りに探す。
それは街道を大きく逸れて森に少し入ったところにあった。
わき水を湛えた天然の池だ。
お仕事関係であちこちに足を伸ばしてきた助手少年だが、この池を見るのは始めてだった。
里から小一時間ほど歩いただけの距離なのに別世界に来たような気分になる。
きらきらと輝く水面。背の高い木々に囲まれた中にぽっかりと空いた神秘的な空間。
例えばゲームなら回復ポイントになりそうなこういう場所が助手少年は大好きだ。
ポケットに隠れていた妖精さんも表に出てきて目と口をまんまるにしている。

「こりゃいい。絶対に池の主が住んでるだろ」

「妖精さんを探す旅だと忘れてやいませんよね?」

「うぐっ……妖精の親玉でもいい、出てきやがれ!」

大声を張り上げても池の周囲は穏やかだった。
絶えずわき出る水音に葉擦れの音、鳥の鳴き声も混ざる。

「いい場所ですね」

O太郎にツッコミを入れた助手少年だが全否定したいわけではない。
むしろ不思議な出来事があってもいいと思うくらいには楽しんでいた。
こんなに綺麗な場所で何かがあるなら、それはきっと妖精さんの仕業である。

澄んだ水を透かせて底が見える。
水中に何かが隠れているのは無理そうだ。
魚の姿すらなかった。
この水は安全なものなのだろうか。

思えば水筒も食料も持ってきていない、手ぶらである。
冒険の準備が足りなかった。
遺跡調査で水分摂取の大切さを学んでいたというのに。
あの時のように苦しい旅ではないが、飲める水があるうちに飲んでおきたい。
ここで休憩したい。うるおいを得たい。
池の水はとても澄んでいて安全そうに見える。
飲んでも大丈夫だろうか。
光を反射する水面を前に考える。
助手少年の横にO太郎も膝を着き、片手に掬った水を口に含んだ。
そして間もなく『ピーンッ』と甲高い電子音が鳴った。
人間の体からは間違えても出ない音である。

「大丈夫みたいだぞ。毒はないみたいだ」

毒味の成分分析までしてくれる。
便利な友人だった。

安心して水をいただく。
たくさん歩いて疲れた体に心地いい清涼感だ。
試しにポケットにいる妖精さんにも水をあげてみたが、やはりいらないらしい。


O太郎も、毒味しただけで水分補給は必要ないようだ。
助手少年が休んでいる間もO太郎は辺りを警戒している。
朝からずっとこのテンションを維持して疲れ知らずの持久力がうらやましい限りである。
しかし付近には獣の気配も感じない。
平和そのものだった。

「弁当を持ってくるべきでしたね」

この景色を見ながら食べたらきっとひと味違うだろう。
妖精さん用にお菓子の包みも忘れずに
O太郎にも何か休息になるものを――。
やわらかい草の上に腰を下ろし助手少年が思考を巡らせているとO太郎が戻ってきた。

「わりぃ、助手」

いつものO太郎からは考えられないほど弱々しい声に現実に引き戻された。

「どうしました!?」

「もう……げん、かい」

一歩、二歩と寄ってきた。
心配になる足取り。ついに三歩目でつまづき、態勢を整えることもできずに前のめりに倒れ込んできた。
慌てて立ち上がり両腕を広げる。
重力に引かれるまま崩れ落ちる体を抱き留めるため備える。
少年より背の高い体はどれほど重いだろう。しかも相手は機械の体の持ち主なのだ。
衝撃を覚悟し脚を踏ん張った。
しかし差し出した手が掴み取ったのは予想より何倍も軽い。
一枚のモノリスだった。
O太郎がよろめいてからたったの数秒ほどの間にパタパタと三十センチまで折り畳まれいく。
人型が板に変形する様子は背筋に震えが走るほどの興奮をもたらした。
何度見てもおもしろい。
遠い過去の遺物なのに現代より進んでいる技術は驚きと感動に満ちている。

モノリスを掲げてしばし待つ。
反応はない。
ここに来るまでの浮かれたテンションで余計に電力を消費してしまっていたのかもしれない。
帰って充電し直すまでO太郎はこのまま。
こうなってしまっては冒険も中断せざるをえないだろう。
来た道に足を戻しかけ、ふと思い立って聞いてみた。

「お願いできますか?」

「?」

「駄目ですかい」

妖精さん自身がその気になって動いてくれるならまだしも、助手少年がお願いして充電してもらうのは無理のようだ。
小脇にモノリスを抱えて帰路に就く。


☆☆☆

来たときよりも若干急ぎ気味に戻ってきた。
人の気配が感じられるところまで来てほっと息を吐く。
無事の帰還を喜び合おうと思ったのだが、里に着いたとたんポケットが軽くなった。
寂しい帰り道も付き合ってくれていた妖精さんがいなくなっていた。
人間が暮らす活気にあてられて逃げてしまったようだ。
再会は難しいだろうがどこかでおもしろおかしく生きていて欲しいと思う。
この里にはたくさんの楽しいことが溢れている。


そして助手少年は自宅に帰る前にある場所に立ち寄った。

二つ並んだ台座の片方にO太郎だったモノリスを安置する。
隣にいるはずのもうひとつのモノリスは留守だった。
勤勉な彼女のことだ。
今日も里のどこかで働いているのだろう。

お仕事の到来を察知した妖精さんがやってきた。
今日は電気ウナギの被り物をしている。
「びりびりー」
さっそくモノリスに抱きついて充電を開始する。
彼もまた働き者だ。
あれほど探し回っていた妖精さんが充電してくれていると知ったらO太郎はどんな反応をするだろう。
きっと激しく悔しがる。
そのときの様子を想像しながら充電が終わるときを待つ助手少年だった。


[*前] | [次#]

めにゅーに戻る
こめんとを書く
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -