『あまい恋』::P1/2


「あいつとは、どーゆーかんけいなんだよ?」
「ただの、ともだちさ」
「あいつといるとき、たのしそーにわらてたな」
「ともだちだから、たのしいさ」
「うわきだろ?」
「うわき、ちがう」
「うわきだ、うわきだ」
「ちがう、ちがう」
「もう、おまえとは、おつきあいできぬです。さよなら」
「ちょ、まてよ……です」


夕食を終えて部屋に戻ると、二人の妖精さんが来ていました。
前触れもなく遊びにくるのはいつものことです。
窓が閉まっていても、自由に入ってきます。
どこかに妖精さんだけが通れる秘密の入口があるのかも。
なので、妖精さんが部屋にいることには、さして驚きはありません。
不穏な内容の会話が繰り広げられてさえいなければ、挨拶をして、とっておきのお菓子を振る舞って楽しく過ごしていたはずです。


「もしもし、あたたち」
「なに?」「どした?」

会話を中断して、二人の目がこちらに向きます。

「何をされているんで?」
「あそんでるだけですが?」
「んー、どういう遊びなのか聞いてるんですよ」
「げき、えんじるます」
「演劇ですか」
「だいほん、ひろたので」


なんとも文化的な遊びです。
演劇なら、わたしも学舎にいた頃に観賞したことがありますよ。
文化保存を目的に活動する団体さんが来て演じてくれたのです。
この娯楽も少ない時代ですから、きらびやかな衣装と舞いと歌はわたしたちの目に新鮮な感動を与えてくれました。
年少組の子たちが真似をして自作の劇を披露したりして、ちょっとしたブームが起きたほど。
だから、妖精さんたちが演劇に興味を持つのも納得できます。

もっとこうファンシーな演劇でしたらね。大歓迎しますよ。

『うわき』だの『おつきあい』だのといったアダルティな言葉は妖精さんには不似合い。
彼らには外見に合ったかわいらしい発言をしていただきたいと願ってしまうのです。
なぜこのような内容になってしまったのか。
まぁ、その疑問も、妖精さんが取り出した『台本』を見て解けたわけですが。

それ……台本じゃないですよ。
見覚えがある表紙でした。
十代半ばの少年が二人、頬を寄せて、ばっちりカメラ目線を決めています。
配色は肌色が多め。まるで人物自体が光を放っているようなまぶしくて直視を躊躇うデザイン。
こっちを見ないでっ、と言いたくなる。
ええ、わたしの悪友Yが生き甲斐としている、少年同士の行きすぎた友情を描いた小説本です。
タイトルは『あまい恋』

なんの嫌がらせか、この部屋に忘れていったのですよ。
このきわどい表紙絵はあまり見えるところに置いておきたくないと思いまして
引き出しの奥に仕舞い込んだっきり存在を忘れていました。
それがなぜ妖精さんの元にあるのかと。頭痛がしてきました。

「あの、つづけるはいいです?」

わたしの様子に心配を嗅ぎとったのでしょう。
浮気疑惑をかけられていた方の妖精さんが首をかしげ確認をとってきました。

乙女たちの煩悩の塊ともいえるこの本に関わるのは妖精さんたちに悪影響がありそう。
だからといって、遊びをやめさせるのも過度の干渉にあたるのでしょうか。
調停官としての判断を迫られる重大な局面です……。
わたしの返事をおとなしく待つ妖精さんたち。
彼らの目は続けたいと言っています。
……はい、ダメとは言えませんでした。

困ったときの、見て見ぬふり、です。
わたしは何も見てない。わたしの手の届かぬところで遊んでいるだけなのです。
めんどうごとは全力回避。これが楽しく生きるコツだとわたしは考えます。

遊びを再開した妖精さんたちに背を向けて一冊の本を開きます。
Yが好んで読むような趣旨の本ではないですよ。
なんとお菓子のレシピ本です。
事務所の隣にある倉庫部屋を整理していて発見しました。
おじいさんが適当に放り込んでいたものですね。
発行年月日を見てみると、なかなかの年代物でした。
どれもこれも拝見したこともないものばかり。
家庭でも作れる簡単お菓子からプロの職人が作る本格スイーツまで
何十種類ものお菓子が写真つきで紹介されているのです。
この一冊に人類の歩んできた歴史が詰まっているとも言えましょう。

世の中はこんなにも種類豊富なお菓子であふれているのかと驚かされます。お菓子の世界に終わりはない。
お菓子作りを生業にする職人さんが作ったものなど芸術品に匹敵すると思いませんか。
うつくしい。うっとりしちゃいます。
きゅるるるるる
異音発生。発生源はわたしのおなかでした。夕飯を食べてきたばかりなのに……。
これでは花より団子だとからかわれてしまいかねませんね。
ここにいるのが演劇ごっこに夢中な妖精さんだけで良かった。


「さよならするです」
「はなしをきいて」
「いいわけは、ききたくないよ」
「あいしてるっ!ずっと、そばにいてほっしーの」

なんと!
わたしに向けられたわけでもない愛の告白に、思わず肩が震えてしまいました。
そう、これは恋愛模様を描いた小説の演劇でしたね。
ただし少年同士の。告白した方も、された方も、どっちも男。
男の恋。あまい恋。
レシピ本に集中したくても背後から聞こえてくる声が集中力を乱します。
彼らの遊びには干渉しない。そう決めたばかりだというのに、わたしの耳は
しっかりと声を拾ってしまうのです。
だって、なんか気になるじゃないですか。
そんなわたしの様子には気づいていないのでしょう。台詞は続きます。

「ぼくなんかでいいのです?」
「きみがいいだよ。きみのあいがあれば、ほかにはなにもいらないよ」
「ほんとに?」

なかなか積極的な台詞です。
愛の告白は偉大ですね。あの一言で浮気を疑う気持ちなど吹き飛ばしてしまったようです。
誤解もとけて関係を修復した二人を、甘い雰囲気が包み込む気配が届きました。

「あっ、でも、おかしはほしいかも?」
「ぼくもー」
「だよねー」

きゃっきゃっと笑い声。
どんなにシリアスな場面を演じていても本質は妖精さん。何も変わっていません。
安心するやら脱力するやら。
ですが、お菓子を欲する気持ちには応えてあげたいものです。
明日は新メニューに挑戦してみましょう。


「んっと、じゃあ、たいどでしめしてくれよです」
「おけ、です」

態度?態度って何?
耳に引っかかる一言でした。
妖精さんの声が途切れて静かになったのでなおさら気になる。
ちょっとだけならいいですよね。我慢できませんでした。
そっと肩越しに目を向けます。

あああ。これは見てはいけなかったかも。
唇と唇を重ね合わせる、通称・接吻の最中でした。
ごっこ遊びをしてるだけ。形だけの接吻。
そう内心で言い聞かせてみますが、愛をささやき、唇を重ねる行為は現実に行われているわけで。
ただの演技だとしても、目撃者(わたしです)を動揺させるに十分なパワーを秘めていたのです。
顔が熱くなるのを抑えられませんでした。
つりそうになる首をなんとか動かし視線をレシピ本に戻します。
そして、ゆっくり深呼吸。めくったページに目を通します。

ああ、マシュマロを二枚のクッキーでサンドしたお菓子、これなんて良さそうですね。
妖精さんたちには食べやすい大きさにして。
口に入れたときの、クッキーのさくさくと、マシュマロのふわもちっとした食感が
絶妙なバランスで味わえそう。
想像してみるだけで、わたしの心にうるおいと余裕が戻ってきました。現実逃避最高!
さっそく明日のおやつ候補に入れておきましょう。

「きみのくちびるは、ますまろみたいにやわらかです」
「おまえのくちびるも、やわかかたよ」
「ますまろ、たべたいね」
「おやつは、おたのしみのあとにするです」

わたしの思考を読みとったかのような絶妙なタイミングでのマシュマロ登場に、ちょっと落ち込みました。
逃避先に落とし穴といいますか。恥ずかしすぎて自己嫌悪といいますか。
よくわかりませんが。混乱してますね、わたし。
マシュマロはおやつ候補から外させていただきます。
次のページは、と。



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