コンコンッ
「ん……」

鳥のさえずり。
カーテンから伸びる柔らかな日差し。
母さんのチーズスープの匂い――は、しないようだ。

―――ああ、確か今日は父さんと二人で仕入れに行っているから明日の今頃まで帰らないんだっけ。

コンコンッ
「……んん」

母さんに叩き起こされないことに安堵し、僕は寝返りを打った。

コンコンッ
「……」


それにしても、諦めの悪い人だなぁ…一体どこの業者だろう。


コンコンコン
「うう…誰だよう…」

しつこいなぁ、と続け、家の扉のノック音が止むのを祈りながら眠りにつこうとする。居留守という、便利で卑怯な手段を使ったのだった。


コンコンコンコンk
「あー…もう」

不満気な顔で、布団を頭から被る。朝にどうしても機嫌が悪くなってしまうのは、低血圧の哀しい性である。

しん……
「……。」

扉を叩く音が止んだのでほっとしていると、代わりに聞き覚えのある声が聞こえた。

「ルーカー!まだ寝てんのかァ?」

「え、う……えぇええッ!!?」

僕の声が、早朝の閑静な住宅街に響き渡った―――(完全に近所迷惑だ…)



『Lip of ice』


先刻の大声――もといノックの正体は、スパーダ・ベルフォルマのものだった。彼は昨日まで共に世界を渡り歩いたかけがえのない仲間であり、永久の絆を誓い合った親友でもあり。更に言ってしまえば、僕にとって最も大切な人間でもある。


まあ、これは世間一般的に言う片想い。

僕みたいな奴は、恋なんてしてはいけないのかもしれない。……ましてや同性に。

それでも、ずるずると今日の今日まで想いを引きずってきたのが現状なのだ。


「いやー、家にいてもアレだから、早速遊びに来たっ!」

いや、来たっ!って言われても――胸を張って言い張る彼に、僕は苦笑いを浮かべた。

「イヤだってか?ルカ坊っちゃ〜ん」
「あは、滅相もございません!」

旅を経て得たものは本当に大きかったと、本気でそう思う。失ったものもあったけれど、旅に出たからこそたくさんの人に出逢って、今のルカ・ミルダがある。こうやってスパーダと僕の部屋で話ができるのも、旅路でスパーダと巡り合ったからなのだと、そう思いたい。

僕は机の上にあるカップへアップルティーを注ぐ。爆発するような勢いで、カップの内側から芳醇な香りが放たれた。部屋中が亜麻色に染まる。

「でも…よく来たね、疲れたんじゃない?」
「あ゛ぁ?」僕の問いに、カップに口をつけたスパーダが目を光らせる。

「このスパーダ様がそんぐらいで疲れるわけねェだろーが!」
「そ、そうだね…ごめん」
「謝んなって、冗談なんだからよ」
「あ、うん……ごめん」
「……」
僕は相変わらずだなぁ、と思いつつ、ため息をつきそうになった口を慌てて塞ぎ込んだ。
「……」
「……」
動かない互いの唇。沈黙がいたたまれなくなっておどおどしていると、スパーダの華奢なそれが動いた。

「…そういえば、イリアは――」
「……え?」

突然の酷い無茶振りに戸惑う。彼は僕のベッドに寝そべり、天井を物憂げに見つめながら話を続けた。

「アイツのこと、どーすんだよ。……遠距離になっちまうだろ?」
「え、……ああ」

やっと言葉の意味を理解し、話題に焦点を合わせる。スパーダはまだ、僕の本当の気持ちを知らないのだ。

「……しばらくは、会わないと思う。僕も彼女も、もとの生活に慣れるには時間が必要だと思うんだ」
「……そっか。そォだな。」

スパーダは納得した様子で頷いた。

と同時に僕は、ずっと頭の隅に放られていた疑問を、漠然と思い出していた。

――そういえば、スパーダの恋愛話って聞いたことないなぁ。

聞きたい。でもそんな野暮なこと、聞けるはずがない。思えば以前、スパーダはこんなことを言っていた。

『オレ、本当は一人としか付き合ったことねェんだ』

黎明の塔に向かう飛行船の中、スパーダと二人で話していたときの話だ。優しい彼がわざわざ世間の外れ者のようなキャラを作っていることに対して本心はどうあれ、彼はモテる為だと豪語していた。

そしてその努力の結果が『一人』。自覚できるほど奥手の僕が言うのもなんだけれど、成果と代償のバランスが明らかに崩れている。客観的に見ても、彼が努力のわりに報われていないのは一目瞭然だった。


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