「なあサトシ、ポケモンになってよ」
昼間の暖かさが若干残った風と夜空に、包まれるようにして僕達は座っていた。
腰を下ろしたこの青々とした草原も、遠くから微かに聴こえる生き物達の鳴き声も。この手でしがみつくように後ろから抱き締めている主人――サトシの背中も、何もかもが『温か』だった。
僕は、主人の日に焼けた項に頬を擦り寄せ、口づけた。ぴくりと揺れた彼の肩が、僕の理性を揺るがす。
「なんだよ、急に」
冗談だと取られたようだ。彼特有のよく通る声が笑っている。
――そうか、これは本気にしてはいけないのか。
僕は笑う。彼の仰せのままに。
「うん、冗談っ」
「あは、や、やめろよピカチュウ!」
片方の手は抱き締めたまま、もう一方で脇腹をくすぐる。と、花のような見返りが返ってきた。
「……っ」
それだけで血色のいい頬が更に赤くなって、我ながら相変わらずだと自嘲する。
「なあピカチュウ」
「ん?」
「好き」
「……ぼ、僕も…好、き」
言っていたら急に恥ずかしくなって、少しだけ口籠もる。何気ない言葉がこんなにも重く響いて、オーキド博士の開発してくれた薬でこうして人型になるずっと前――本来の姿でいたときから、既に彼を愛していたことを実感した。
「もしも、サトシがね」
「――うん、」
「ポケモンだったら」
月の光のように淡く、星の光のように点々と、言葉を紡いでいく。逞しくて死ぬほど愛しい僕の恋人は、僕の腕の中で睡魔と戦っている。……愛しい。
「眠ってもいいよ、今日も疲れたね」
「ん、――…」
優しく声を掛け、頭を撫でる。それに呼応するように、サトシは寝息をたて始めた。
「……僕は、人間になる。これは必然」
頭を撫でながら星を見上げる。僕の黒い瞳が穴だらけになって、顔をしかめながらサトシの背中を見つめ直した。
「僕は、人間になりたかった」
小さく呟く。彼には聞こえないように。
「君に伝えたいことが沢山あるから」
でも、伝えられてない。
何も、伝えられてない。
『僕は、何だ』
ポケモンなのに唯一人間になれる。
人間なのに本能が剥き出しだ。
ポケモンなのに。
人間なのに。
ポケモンなのに。
人間なのに。
「ああぁあぁ……」
頭を押さえる。歯を食い縛りすぎて、何処かの歯が欠けた。
草原の彼方から、柔らかな日差しが注ぐ。ああ、また元の姿に戻ってしまう。
だから最後に
『人間』の言葉で
獣じみた最上級の愛情を。
「いつも君がポケモンを捕まえるあのボールで僕は、」
「君を捕まえて―――監禁する」
END
- 7 -
≪ ≫