はじまりは天馬の一言だった。昼休み、廊下を霧野と歩いていると、ちょうど教室の角をまがったところで天馬と信助に出くわした。 「キャプテンに霧野先輩、こんにちは!」 相変わらずの元気の良さに笑ってあいさつを返すと、天馬が俺をじっと見ているのに気づいた。心なしか瞳がきらきらしているようだ。 「何か用でもあるのか?」 と首をかしげてたずねた。天馬は大きく首をたてに振って、「キャプテンのピアノが聞きたいです!」俺の目を見つめている。信助も期待の表情で見上げている。隣の霧野がくすっと笑った。 「いいんじゃないのか、ちょうど今日はオフだし、音楽室でも借りて……」「やったー!」 霧野の言葉のとちゅうで天馬と信助が飛びあがった。 「良いだろ、神童」 「ああ、まあな」苦笑してうなずく。あまり長い曲は飽きてしまうだろうけど、流行りのポップスはよくわからない。何を弾こうか悩んでいるあいだに、「じゃあ狩屋と剣城と輝も誘わなきゃね!」などと言いながら、天馬たちは横を通り過ぎていった。 そして放課後、同じクラスの霧野と音楽室に向かうと、階段で音楽の先生とすれちがった。 「神童君、音楽室あけといたわよ」と言われぺこりと会釈を返して階段をのぼっていく。天馬たちが頼んだのだろう。 音楽室のドアをあけると、なかには天馬たち一年生をはじめ、浜野に倉間に速水がいた。 「オフなのにせいぞろいだな」 剣城までいるのにはすこし驚いた。まっすぐ帰ってしまいそうなイメージだったのだが、天馬の押しに負けたのだろうか。 「先輩たちにはそこで会いました!」「ちゅーか、神童のピアノってあんま聞いたことないし、なんか楽しそうだから〜」 「はは、べつに面白いことはやらないぞ」 たまにはこういうのも良いか。グランドピアノのふたをあけて椅子をセットしていると、またもや天馬が寄ってきて、「キャプテン音感とかあるんですか?」とたずねられた。 「まあなくはない」と答えたところで、「神童はな、楽器の音聞いてドレミファソラシドで答えられるんだぞ」とにやにやした霧野が口をはさんだ。 「えーすごい! 試してみたいです!」と天馬がいっそう目を輝かせて叫んだ。 「なになに、神童、絶対音感?」 倉間たちも寄ってくる。「絶対、じゃないけどな」と答えて天馬をピアノの前に座らせた。後ろを向いて、「音を鳴らしてみろ」と言うと、「じゃ、じゃあ、弾きます!」 ぽーんと音が鳴った。 「ミのフラット」答えると、「せいかーい」鍵盤をのぞきこんだ霧野がうなずいた。 「じゃあ次!」低い音が鳴った。 「ソ、だな」「あたり。神童、メロディ聞いて再現するのやろうぜ!」 楽しそうな霧野の提案に、「ああ、」とうなずくと、 「僕、僕やりたい!」信助が勢い良く手をあげた。 「あまり複雑なのは自信がない」と伝えると、信助はうなずいて、神妙な顔で右手を鍵盤にのせた。 「よし」 めちゃくちゃな音の羅列が数秒つづいて、「それくらいかな」という霧野の言葉でとまった。調性も拍子もあったもんじゃないが素人だからしょうがない。 信助の頭のうえから鍵盤に手をのばすと、自然と眉が寄るのがわかった。小さいころ霧野と遊んでいたときも、メロディ聴奏をするとしかめ面になる、と笑われたのだがなおらない。 メロディを再現しおわると「たぶん合ってるんじゃないか」と霧野のお言葉をいただいた。俺が思うに霧野にも音感ありそうだ。 「それって才能なんですかね?」と速水がつぶやいた。「いや、小さいときトレーニングを受けたからな」 「えっじゃあ俺もトレーニングしたら音わかるようになんの?」「浜野じゃどうだか」 倉間がつっこんでみんなが笑った。 おまけ |