よっぽどこわい



それからロックバンドの演奏があったけれど、ふたりは別段興味がなかったので、山姥切は天文部の屋台へ戻った。けれど屋台の売り物はもう全部売り切れていて、テントを畳んでいるところだった。だからその手伝いをして、打ち上げまでできるだけ時間を作れるよう、心を砕いた。一年生はともかく、二年生が炭くさいまま打ち上げに行くのは、特に女子が嫌だろうと思ったからだ。自分も含めて。大倶利伽羅もバスケ部のテントの方へ行ったらしかったが、道中山姥切を舞台でエスコートしてくれた燭台切になにやらぶつぶつと言っていた。燭台切は困ったような顔でそれに応じている。もしかしたら、大倶利伽羅は燭台切という人物に、自分との交際の件を相談しているのではないか、と、思った。それくらい、大倶利伽羅が気を許しているように見えたのだ。その、男女の、しかも交際している二人には作り出せない空気に、軽く嫉妬をした。

なんやかんやあったけれど、屋台は大盛況で、純利益は目標の五万円を超えて、七万円になった。そのうち一万円は部費に落とされ、一万円はひとり二千円だった参加費を、千五百円に安くすることに使われた。部費と飲み会等にかかる企画費は別々の口座で管理していて、その企画費に、屋台での売り上げが貢献したのだ。そして、打ち上げ会場の予約時間より二時間早く撤収できたので、特に女子が急いで一旦家へ帰っていった。山姥切もおんなじだ。

山姥切はお気に入りのバスボムを入れた湯船でゆっくりと炭の臭いを落としながら、そういえば、これが最後のバスボムだ、と思った。この一ヵ月、いろんなことがあって、怒涛のように時間が流れていった。それなのに、大倶利伽羅と過ごせた時間はそんなに長くなくて、そのくせその一回一回が濃厚だから、思い出しただけで赤面してしまう。まるで編集をミスしたDVDのようだ。大倶利伽羅といた時間だけ、長くて、けれど、短い。そうして、丁寧に髪の毛を洗い、トリートメントをして、洗顔をして、身体をやわかいスポンジで擦った。いつもの香りがする。そして、こないだ変な癇癪をおこしていなければ、期間限定のシャワージェルを試せたのに、と、溜息をついた。風呂というのは不思議な場所だ。いつものルーチンで動くから、考え事がたいへん捗る。今日もあれがダメだった、これがダメだった、という反省会をして、それからふと、裏技のようなものを使ったとはいえ、自分がミスキャンパスに選ばれたのだということを思い出した。だから、いつもの反省会にプラスして、次はどうしたらうまくいくのか、という、打開策を、一緒に考えた。大倶利伽羅につりあう、一緒にいて顰蹙を買わない存在になる、という考え方はやめて、大倶利伽羅が誇れる恋人になりたいと、そう思った。


天文部の打ち上げの一次会には、四年生もちらほら参加した。鶴丸ももちろん参加していて、「いやーうちの部からミスターとミスが出るなんて、来年も新入部員が山のようにくるだろうな!現部長だって推薦枠なわけだし!」なんて軽口を叩いている。長谷部は頭痛がするのか、ビールを飲みながら眉間に折り曲げた指を置いた。その横で日本酒を飲みながら日本号が「まあ、どうにかなるって。文化祭準備で見てきたけど、後輩にもなんだかんだちゃんとしたやつも多いし」と、それを励ましている。大倶利伽羅と山姥切は、一緒にいるとひやかされるので、山姥切は女子のグループに、大倶利伽羅はからかわれはするが、話し慣れている鶴丸の近くにいた。女子グループのひとりから、「あれ、山姥切いい匂いするね」と言われて、「ああ、ボディークリームか、アウトバストリートメントの香りだと思う。ありがとう」と答え、「ネイルと合ってるし、ほんとに山姥切の手、綺麗だね」と言われたので、「ネイルは昨日買ったんだ。ええと、なんだか恥ずかしいな……」と答える。そうしてみてから、自分の名前を他の女子が気軽に「山姥切」と呼んでいることに、気が付いた。それが嬉しくて、ちびちびと、ジントニックを飲む。山姥切は甘いカクテルも好きだけれど、ジンの独特な風味は、大倶利伽羅に少し似ていて、ジントニックだけは、甘くないカクテルの中で、一番好きなのだ。そして、着替えた服は大倶利伽羅に買ってもらったオフホワイトのニットワンピで、それも褒められた。そうして、ありがとう、ありがとう、と言っているうちに自分もありがとうと言われたくて、文化祭準備を手伝ってくれたことや、髪型や、服装や、他の人のいいと思ったところをお世辞でなく伝えていって、どうしたらそういうことができるようになるのか、どうやって着こなしを学んでいるのか、化粧のコツは、と、どんどん話題をひろげていって、山姥切のいる一角は、きゃっきゃと笑いの絶えない、女子会のような雰囲気になっていた。その間に、「大倶利伽羅くんのこと、大好きなんだね」と言われて、山姥切は素直に「ああ、すきだ」と答えた自分に、吃驚した。そのあとやはり顔を真っ赤にしてからかわれたのだけれど、そこからもどういうところが好きなのかだとか、彼氏が欲しいだとか、無限に話題が広がっていって、女性同士で話をするのはとても楽しくて、自分を磨けることなのだと知った。ただ、一言でも言葉を間違えると、空気がすぐに悪くなってしまうことも知った。フォローの仕方はこれからの課題だ。お酒を飲んでいつもより饒舌になっていたとは言え、それが知れたことで、自分はまた一歩、成長できたのだなあと、頭のすみで考えた。

山姥切も大倶利伽羅も、そんなにバカ騒ぎする部類の人間ではなかったので、一次会で抜けることになっていた。基本的に天文部の打ち上げや企画には二次会が設けられていて、二次会に参加するかどうかのアンケートをメーリングリストで送信している。だから二次会に参加しない人間も、罪悪感を抱くことなく一次会で抜けられる。そもそも予約した店に席が用意されていないからだ。

一次会の会場は大通りだったので、上田通りまでは少し距離がある。お酒を飲んで自転車に乗るわけにもいかなかったので、山姥切も他の部員も徒歩で帰宅をするしか方法が無い。タクシーなんてものは大人の乗り物だ。大方の女子は二次会へ行く様子で、残った女子や男子はみんな上田か、工学部と法学部を分ける国道沿いのアパートか、工学部にある裏門から出た隘路のアパートに住んでいた。だから途中までは固まって、かといって他の歩行者の妨げにならないよう、あまり広がらずにとぼとぼと歩いた。山姥切はニットワンピに、アウターとして着流しタイプのアースカラーコートを羽織っていた。靴はさすがにウェッジヒールの黒いショートブーツだ。途中まで一緒にいた女子に、「そのコートどこで買ったの?」と尋ねられたので、素直に「ユニクロ」と答えた。そうしたら、「へー、組み合わせがいいからなのか、全然ユニクロにみえなかった」と言われ、ユニクロは別に悪くないだろう、と、思わなくもなった。けれど組み合わせがいいと褒められているので、反論することはできない。そうしてグループの中心のあたりにいた山姥切だったけれど、ふとした時に携帯が鳴って、メッセージを見たら、大倶利伽羅から一言、「後ろに下がってこい」とだけ書いてあった。山姥切はえっ、と思いつつも、会話を少しずつ収めていって、他に回して、ゆっくりと、後ろの方へと下がった。そうしたら前のグループとはずいぶん離れた。後ろのグループは国道沿いのグループだったらしく、中央通に入る分岐で道が分かれた。そして大倶利伽羅とふたりきりになって、山姥切は、少し笑った。

「何がおかしいんだ、何が」
「いや、呼んでくれて、ふたりの時間を作ってくれて、嬉しいなあ、と」
「……そうか」
「……文化祭、楽しかった。いい経験になった」
「悪い思い出も、できたろう」
「たしかにそうかもしれない。けれど、そういう嫌な思いもしないと、俺はきっと、駄目なんだ。嫌な思いから逃げるんじゃなくって、どうしたらそんな思いをしなくて済むのか、させなくて済むのかを考えるのが大事なんだって、今日のミスコンで、学んだような気がする」
「……情けないことを、言っていいか」
「……?どうしたんだ?」
「俺にはあまり、コミュニケーション能力が無い。天文部の男連中でまともに話せる、というか、話を聞いていられるのは鶴丸か長谷部か日本号がいる席だけだ。でも、あんたは女子の中にちゃんと溶け込んでて、男子にも声をかけられていて、正直、今日は少し寂しいと、思った。なんでおんなじ場所にいるのにあんたと話せないんだろうって。……とても幼稚な発想だ。でも、日本号や鶴丸の話を聞いていて、わかった。あんたはずっと、苦労してきてた。あんただってコミュニケーション能力は高くない。むしろ最初はコミュ障を拗らせていた。それがどんどん、俺の腕の中だけじゃなくって、外の世界というか、他の人間とも親密に会話をするようになっていて、正直、俺は焦っている。あんたに、……置いて行かれているような気がした」
「……だって、ここはバスケ部じゃないだろう。試合で言ったら、アウェイのコートだ」
「……バスケ部でだって……一部のマネージャーと、スタメンくらいとしかそんなに会話はしない。……あんたの今日のかわいいところ、女子に全部言われてしまった。あんたの恥ずかしがる顔が見たかったんだが」
「……はは、恰好悪いな」
「うるさいな。俺はいつも恰好よくしよう、恰好よくしておこうと必死なのに、あんたがその壁をどんどん崩していくんだろうが!」
「いいんだ、無理しなくって。あんたは、あんたがなりたい自分になればいいし、俺も俺がなりたい自分になる。思ったんだ。俺はあんたにつりあうとか、つりあわないとかじゃなくって、あんたにずっと惚れててもらえるような恋人になろうって。あんたが、自慢できるような……そういう、恋人になりたいなって……」

上田通の狭い道の右側で、大倶利伽羅が大きくため息をつくのがわかった。どうしてだろうと大倶利伽羅の方を見上げたら、大倶利伽羅はぼそぼそと、「そのニットワンピ、あんたのためにあつらえたようなデザインだったから、買ったんだ」と言った。

「オフホワイトで、なめらかな生地だから、身体のラインが綺麗に出る。体型を選ぶデザインだ。きっとあんた以外が着ても、そこまで綺麗には着こなせない。あと、アウターのセンスがいい。そのワンピースなら、上に変な色をのせるより、アースカラーの着流しを着た方が全体のバランスが取れる。それに、そのアウター、ユニクロのだとはわかるが、ユニクロというブランドはスタイルが良くないと、ただダサく見える、安いけれど特殊なブランドだ。だが、身体に合ったものを選べば、きちんとして見える。あんたの体型とニットワンピに、そのアウターは相性がいい。そしてそのまんまだと、淡い色ばかりだからぼやけてしまう着こなしだが、足元に黒を入れて、ぎゅっと引き締めている。……それから、ネイルが、綺麗だ。あんたの手はなにもしなくても綺麗だが、ヌーディーカラーのネイルが、それをおそろしいほど引き立てている。今論理的にあんたのファッションについて解説したが、そんなことを全部差し引いて、正直、どうしようもなく、かわいい。そして横を歩いていてとても思うんだが、あんたは本当にいい匂いがする。俺の家に泊まらせた晩が申し訳なくなるくらい、いい匂いがする。……俺はずっと、これを言う機会を伺っていた。でも先に全部言われてしまったから……」

大倶利伽羅はそう言うけれど、山姥切は女子同士で会話していた時と全く違う感情を抱いて、顔を真っ赤にして焦った。大倶利伽羅にかわいいと言ってもらうために、炭の臭いを丁寧に落とし、いい香りを纏って、めかしこんできたのだ、色々と。それを大倶利伽羅の声で、大倶利伽羅の考える言葉で褒められて、嬉しくないはずがない。

「は、はずかしい……けど、と、とても嬉しい……」
「……他のやつにも、言われていただろう」
「……あんたは、特別だから……」
「……」

そんな話をしていたら、あっという間に、山姥切のアパートに到着してしまった。山姥切の部屋は二階なので、大倶利伽羅はいつも一階の階段前で立ち止まり、山姥切を見送る。山姥切はその階段前で少し立ち止まり、酔いも醒めたはずなのに、熱に浮かされたような気持ちになった。大倶利伽羅と一緒に過ごす時間が、こんなに短くて、いいのだろうか、と、そう思えてきた。今山姥切の中には、天文部というおおきなコミュニティの世界と、大倶利伽羅と二人きりの世界という二つの世界があって、そのバランスがとても大切なのだと、ちゃんとわかっている。それでも、やっぱり一緒にいたいのは大倶利伽羅で、今日は一緒の場所に長くいたのに、二人きりでは、なかった。もったいないことなのか、そうでもないのかわからないけれど、山姥切はただ単純に、大倶利伽羅と、もう少しだけ一緒にいたいと思った。けれどそれがそのまま、「もう少し一緒にいたい」と、声に出るとは、山姥切も、思わなかった。

「……送り狼という言葉を知っているか?」
「……?なんだ、それは。童話かなにかか?」
「いや、そうではないんだが、とにかく、俺はその送り狼というものになろうとしている。語源はまぁ、日本の妖怪からなんだが、意味は、親切を装って女性を家へ送り、隙あらば襲ってしまおうと、そういう魂胆の男のことだ」
「……え、あんた、俺に何か恨みでもあるのか?俺は何か殴られるようなことをしたか!?」
「……『襲う』という言葉にはな、無理に性交を求める、という意味もあるんだ。広辞苑第七版にも記載されている」
「え、何故俺は今、無理に性交を求められているんだ?どうしてもう少し一緒にいようという台詞がそういう風な会話になってしまうんだ?そしてあんたの言動からは全く、無理に性交を求められていると感じないんだが」

大倶利伽羅は頭痛がする、というように、額に手をやった。

「あ、ええと、そうだよな。あんたの家遠いし、こんな時間だし、明日授業あるし、早く帰りたいよな。す、すまない。俺はお茶でも飲んでいってくれないか、と、そういう意味で言ったんだ……ええと、俺の言葉に余分な意味が含まれていたようだったら、申し訳ない……」
「あのな、男と女で、しかも付き合っている男と女が、酒を飲んだあとにどちらかの家に行って、中に入って、何をするか、想像したことは、ないのか。俺はいま理性というものを総動員しているんだぞ」
「……そういえばあんた、送るばっかりで、送ったあと俺の部屋にあがっていかないよな。ずっと不思議に思っていたんだ。お茶やコーヒーの一杯も飲まずに、どうしていつも送ってくれるのか、と。いや、夜に女性が独り歩きするのは危険だからついてきてくれるのだとは思っていたし、いつも感謝している。しかし、お茶の一杯くらい所望しても俺はなんにも文句は言わないのに、と……」
「……じゃあ、そのお茶とやらを飲んでいくか……。いいか、どうなっても知らないからな」
「あんたがお茶の一杯で狼に変身するなんて、そんな非科学的なことは起こらないから、安心してくれ。あ、お茶と言ったが、すまない、ノンカフェインのココアでいいか?」
「なんでもいい」

そういって、ふたりでかつんかつんとアパートの階段をのぼってゆく。山姥切はその時になって、「あ、部屋があまり……」と言いかけたが、大倶利伽羅の部屋を思い出して、これは嫌味になるだろう、と、その先を言わなかった。

インターホンを押されて中に入れたことはあったが、二人で中に入るという行為を、今まで、そういえば山姥切のアパートではしたことがなかった。ホストである山姥切はさっきまでの気概はどこへ行ったのか、「ど、どうぞ……」と、大倶利伽羅を先に部屋に通す。大倶利伽羅も「邪魔する」と断ってから、中に入った。

「あ、そういえば、スリッパが俺の分しかなかったな……今度から来客用のスリッパも置くか……」
「あんたの交友関係が広がることはいいことだと思うが、絶対に男だけは入れるなよ……。……くそっ、なんで部屋までいい匂いなんだ……」
「それはまぁいい匂いかどうかはさておき、俺がここで生活しているのだから、同じ匂いがするのは仕方がないだろう」

山姥切はそんなことを言いながら、リビングに暖房を入れて大倶利伽羅を通し、自分は廊下にくっついたキッチンに立った。そこではっとして、「マグカップ、俺が使ってるやつしかないけど、それでいいか?」と尋ねた。大倶利伽羅は「もうなんでもいい」と応える。なんならひとつしかないので、山姥切が飲むぶんはない。山姥切は電気ケトルで少量のお湯を沸かして、片手鍋で牛乳を温めた。そうして、マグカップに多めのココアパウダーを入れて、少量のお湯で練る。練り終わってから、沸騰しない程度に温めた牛乳を注いで、丁寧にかき混ぜた。そうしてから大倶利伽羅にココアを出すと、「随分丁寧に作るんだな」と言われた。

「いや……癖なのだろうか。実家で出てくるココアはいつもこういうのだから、ココアというものはこう作るのだろう、と」
「……普通のやつは、まぁ、マグカップに粉を入れて、六分目までお湯を入れて、冷たい牛乳を入れる程度だと思うが。……で、マグカップもひとつしかないから、あんたは何も飲まない、と」
「え、あ、何か飲んだ方がいいなら二日酔い予防にグレープフルーツジュースでも飲むか。小さいペットボトルのがあったな。まぁ、そんなに飲んでないから、ならないとは思うんだが」

山姥切はそう言って、リビングから見える低い位置にある冷蔵庫を開けた。大倶利伽羅が組んだストレッチメニューだけは毎晩かかさず行っているから、その成果なのだろう、屈まずに、腰を折って、そこを開ける。そうしてグレープフルーツジュースのボトルを手にリビングに戻ると、何故か大倶利伽羅の目が据わっていた。

「……え、な、なんだ……?どうした……?」
「いいか、俺はまず忠告した。その可能性があると示唆した。そしてあんたは全て承諾したかどうかはわからないが、男を部屋に入れた。状況はわかるか?」
「その通りだな。え……いや、でもあんたの理性はさっきまで充分な働きを見せていたじゃないか。そいつらはどこへ行ったんだ?グレープフルーツジュースになにか興奮作用でもあるのか……!?そんなのは聞いたことがないぞ!?」
「いや、グレープフルーツジュースじゃない。今日のあんたの服装、少し疑問に思ったところがあった。見えないが、インナーにタイトなのを着ているだろう。裾が長いタイプ。いや、俺は普通に、ワンピースが柔らかい素材だから、下着のラインを見せないためだと思っていたし、実際下着のラインが見えないためのものだった。で、あんたがまだしまむらのパンツやらブラジャーをつけているのならまだいい。まだよかったんだ。いや、よくないけれど。とにかく、即刻そのペットボトルをテーブルでもどこでも、好きな場所に置け。落としたくないだろう」

大倶利伽羅にそうすごまれて、山姥切はすごすごとペットボトルをローテーブルに置いた。そしたら次の瞬間には悲鳴を上げる暇もなく抱き上げられ、ベッドに押し倒されていた。

「え、え、今、何が起こった……!?」

わけがわからない山姥切の太腿を、大倶利伽羅が少しめくれたワンピースの上からなぞる。それだけで山姥切は「あ、ちょっとまってくれ!今日は駄目だ!今日は!」と、その手を抑える。それはセックスをするのが今日は駄目、という意味でなく、ワンピースの上から太腿を触られるのが今日は駄目、という意味で、どうしてそうかというと、大倶利伽羅が遠慮なくするりと上げた裾の中に答えがあった。山姥切の履いていたストッキングには、ガーターがついていたのだ。なんならそれを吊り上げる紐もついていて、ショーツまではまだ見えていないが、そのショーツの横を結んでいるリボンの切れ端はそこから見えてしまっていた。

「……あんたはこういうことをするから嫌いなんだ……俺が似合うからとおしつけたワンピースを可愛いと思われたくて着るとか、なんなら俺がおしつけた際どい下着をその下にこっそり着ているとか……そしてその恰好でいやらしい考えを持たず家にあがっていけだと…・…無理だ……俺にはそんな据え膳を食わない勇気はない……」
「だ、だってあんたが……買ってくれたから……黒いのは昼に着てたから……シャワー浴びて着替える時にこれにしたんだ……あんたからもらった服、着るなら……合わせた方がいいかな、と、思って……あと、ちゃんとした下着まだ買えてないから、明日授業が終わってから買いにいこうと思ってて……調べてみたらブラジャーはとても重要だった……」
「ん、ちょっと待て。あんた、文化祭一日目はどの下着つけてた!?」
「え、あの……布面積が狭いやつ……」
「……すまない、今もう本当に無理になった。今から俺は性行為に及ぶが、嫌だったり都合が悪かったら、殴るでも蹴るでも……」
「え、別に嫌ではないんだが……」
「……・え、」
「い、いや、べ、別に……その……恋人を家に入れる、イコール性行為、というのが俺の中での常識でなくて申し訳ない……そういうことだったのか……いや、で、別段、生理でもないし、酒臭いことを除けば別段、その、嫌ではないんだ、嫌では……ただ、羞恥で死ぬ可能性があるから、どうにかひいてはくれないか……心の準備ができていなかった……。また今度俺の心の準備が……」
「今しろ。即座にしろ。今すぐ覚悟を決めて羞恥で死んでくれ」

大倶利伽羅はそう言うと、もうどうしようもない、という顔で山姥切の唇を貪った。キス、という表現が似合わないくらいそれは乱暴で、しかも金色の瞳が蕩けたかたちで山姥切を見つめているから、山姥切は本当に大倶利伽羅に食べられているような気分にさえなる。すぐにぬるりと熱い舌が入り込んできて、それは酒気を帯びていたが甘いココアの香りもした。けれどそれよりずっと、大倶利伽羅の味がして、山姥切の脳みそをとろかしていく。そのキスの隙間に、山姥切のこぼす喘ぎが、大倶利伽羅にはたまらないらしく、大倶利伽羅の手は衣服の上から山姥切の身体をまさぐり、それによってまた、山姥切が羞恥による悲鳴のような声を出した。

「あ、っ……はっ……ん、ん、な、なんか、変、だ……」
「なにが」

大倶利伽羅の唇が山姥切の唇から耳にうつったとき、山姥切はいつもよりずっと、「恥ずかしい」より、「気持ちいい」が勝っていることに困惑した。

「や、あ、ま、前より、……っ……」
「感じやすい、か?」
「あ、耳元で言うな……!」
「……ん、……適度な飲酒は、身体を敏感にさせる効果がある。そして血流をよくするから、身体が温まる。それによって女性はまぁ、性交の時に男性より感度が高まると言われている。さらに快楽物質とも言えるドーパミンが分泌されるから、そのせいだろう」
「人の太腿を撫でながら論理的に解説するな!あと……せ、せめて……電気を消して、くれ……」
「……あんたの下着姿、見てからな」
「っ……あっ……」
「ちなみに、俗説だが、飲酒によって一番敏感になるのは胸、だそうだ」
「やっ……も、揉まないでくれっ……!」
「前は揉んでみろと言っていたくせに」
「ひっ……あ、あ、も、やだ、恥ずかし……死ぬ……」
「じゃあ死ぬ前に下着姿だけ拝ませてくれ」

大倶利伽羅はそう言うと、優しいのか乱暴なのか、とにかく山姥切のニットワンピとインナーを、山姥切の抵抗を(力に任せて)無視して、はぎ取った。そうしたら、材質の違う白で構成されたリボンのついたブラジャーと、それに合わせたガーターベルトとガーターストッキング、そしてその上に横のリボンを解くだけで脱げてしまう扇情的なショーツという、とんでもなく天使で、とんでもなくエロい姿の山姥切が顔を赤らめていた。さらに大倶利伽羅が掴んだ手首の先には、淡い色をしたネイルがきらめいている。

「こういうのを、眼福というのだろうな……」
「や、やだ……は、はずかしい……もう死んだから!もう俺は死んだ!」
「かわいい……綺麗だ……あんたはずっとかわいいのに、爪だけ綺麗で……どうしようもなく、そそられる……」

大倶利伽羅はそう言うと、山姥切の手をとって、キスをした。キスだけならまだいい。いや、よくはないのだけれど、大倶利伽羅はあろうことかその指に舌を這わせた。左手の薬指からつたって、その付け根、そして手のひらをべろりと舐めて、キスをして、「すきだ」と、こういう時に限って恰好いい顔で言ってのける。山姥切は羞恥で死んでいたが、死体が動くゲームがあるくらいなのだし、と、いうよりも実際には死んでいないのだから、あわてて枕元のリモコンで照明を落とした。けれど慌てすぎた結果、淡い照明が残ってしまう。ボタンを押しなおそうとした右手を、大倶利伽羅が捕まえて、ベッドに縫い付けた。

「普通、セックスは真っ暗な中じゃ、やらない。これくらいの照明がないと、何してるか、わからないだろう」
「……っあ、ゆ、指……」
「なあ、あんた、今までネイルなんてしなかったのに、どうして今になって、そんなこと、したんだ」
「……い、言ったら……俺が死ぬ未来しか……想像できないっ……!」
「……だいたい察した。鶴丸だな。でも、……なあ、あんたは、俺のために、このネイルを指にのせてくれたんだよな……?」
「……悪い、のか……?」
「……今、あんたが死ぬ未来が確定したところだ」

大倶利伽羅はそう言って、今度はとんでもなく愛おしいものを愛でるように、キスをした。山姥切のペースに合わせて、舌を動かして、絡めてゆく。山姥切ももう死んでいるのだから、何度死んでも同じことだ、と、大倶利伽羅の瞳を見つめながら、そのキスを受け入れて、そして、大倶利伽羅の口の中に、舌を差し込んだ。ずっとこうしていたいなあと山姥切が思ったあたりに、大倶利伽羅の右手が動いて、するりと、ブラジャーの前のリボンを解き、フロントホックも、外してしまう。山姥切は、残っていた酒のせいなのか、キスのせいなのか、頭がぼんやりとして、キスが終わっても蕩けた瞳のまま、大倶利伽羅の下で膝を軽く曲げ、腕はベッドに投げ出して、短い呼吸だけを繰り返した。それが大倶利伽羅の目にどう映ったのかは知らないが、大倶利伽羅は山姥切の首をまず舐めて、それから、ちゅっとキスをして、そのあとは、何度も、少しの痛みと、快楽をもたらすマークをつけてゆく。その間に左手は山姥切の胸をまさぐり、山姥切をひどく切なく、追い詰めてゆく。それがあんまりに切ないと、大倶利伽羅はあやすように山姥切の唇を塞いで、そのくせさらに追い込んでいくのだからたちが悪い。

「っ……あ、……っん、ん、あ、ちょ、ちょっと、ちょっとだけ、まって……」
「……ん」
「首……首、貸して……」
「……?」

大倶利伽羅は山姥切に引き寄せられるがまま、その首を山姥切の口元へ持って行った。そしたら、山姥切は大倶利伽羅の真似をするように、そこをちろりと舐めて、ちゅっとキスをして、それから、強く、吸った。淡い照明で山姥切にはそこに痕が残ったのがわかったし、大倶利伽羅も痛みの程度でそれがわかったらしい。びっくりしたように、そこに指をやっている。

「……練習した……あんたが、俺のだって、マークの付け方……自分の二の腕とかで……」
「……っ……!あんたは、これ以上、俺を煽るな!」
「えっ……だめ、だったのか……?」
「違う、逆だ!かわいい……そそられる……本能だけで、あんたを抱いてしまそうになる……」
「俺は……そうしてほしい……俺だけ理性がどろどろに溶けてるなんて、そんなのは、不公平だ……」

山姥切がそう言うと、大倶利伽羅は着ていたニットを脱いで、インナーも、邪魔だとばかりに脱ぎ捨てた。そうして黄金の両目をぎらつかせて、山姥切に馬乗りになる。山姥切はそれを見上げて、怖いというより、綺麗だ、と、思った。綺麗な獣が、自分を今から食べようとしているのだ、と、不思議な気分になった。

けれど大倶利伽羅は、山姥切をひっぱり起こして、ぎゅっと抱きしめた。お互いベッドに座って、お互いの背中に触れている。心臓の鼓動がいつもより早いのは、きっとアルコールのせいだけじゃ、ない。肩からぶら下がっただけの下着がみっともなくて、山姥切はそれを落としてしまおうとしたのだけれど、大倶利伽羅がそのリボンだけ、縦結びにしてしまう。それは緩くからみついて、恰好も整わない。それについて山姥切がなんで、と聞く前に、大倶利伽羅はあぐらをかいた自分の脚の上に、山姥切をのせて、また、山姥切の身体に、唇に、耳に、キスをして、喉を、下から上へ舐め上げた。山姥切は「あっ……」と恍惚とした声を出す。そうしたら、首に、チリリとした痛みでなく、本当に痛いのがきて、「いっ!?」と、悲鳴をあげる。大倶利伽羅がそこを噛んだのだ。けれど痛いばっかりでなく、大倶利伽羅の手はブラジャーの隙間からそこの突起をいじめていて、それは気持ちよくて、大倶利伽羅の肩にのせた指に、力が入った。血は出ていないけれど、大倶利伽羅はそれからも、山姥切の首を、肩を、胸を、と、いたるところを噛んだ。けれどその間に、ガーターの上に履いていたショーツの片方のリボンが解かれて、大倶利伽羅の綺麗な指が、山姥切の一番敏感なところをこすってきたものだから、もう痛いのか気持ちいいのか、頭が変になりそうだった。

「あっ……や、あ、んんっ……んっ……やだ、い、いたっ……あっあっ」
「すきだ……あいしてる……あんたを何度もイかせたい。その時なあんたの、快楽に溺れた顔を、何度だって、見てみたい……」
「あっあっ、や、やだ、そこばっか……っあ!……も、もう、あ、あ、」
「好きなだけ、イってくれ」
「あ、あ、ああああ!!」

山姥切は背中をのけ反らせて、つかまるものがないからと大倶利伽羅の首の後ろに腕を回して、とんでもない白い快感に、意識も思考も全部全部持っていかれた。そうして脱力してへたりこみそうになる身体を、大倶利伽羅がささえて、また愛撫がはじまる。山姥切のそこはもうぐちゃぐちゃになっていて、山姥切は「あ、あ、」と震えながらも、「よ、よごしちゃう……」と、大倶利伽羅のボトムスの心配をした。それに少し苛ついたのか、大倶利伽羅は、「じゃあ、あんたがベルトを外して、脱がせればいい」と言ってきた。もうほんとうにものを考えられない山姥切はおぼつかない指で、大倶利伽羅のベルトを、必死に外そうとする。大倶利伽羅は愛撫を最小限にとどめて、それをおもしろそうに眺めていた。その手が、塗れたところに触れることはなかったけれど、山姥切がうまく外せそうな時にかぎって、太腿を撫でたり、猫をあやすように喉を撫でたりするものだから、うまくいかない。

「い、いじわる……」
「いや、こうでもしてないと、このままあんたにフェラさせようとするから」
「ふぇら……?」
「正式名称はフェラチオ、男性器を、口や舌を使って刺激する、オーラルセックスの一種だ。まぁ、俺が前にやったやつの、逆バージョン」
「……俺はしたことがないから下手でしかないと思うが、してほしいのか……?」
「いや、あんたが生理的嫌悪を感じる可能性があるから……」
「……俺は、してほしいのか、してほしくないのかだけを聞いている」
「……できるものなら、やってみろ……いや、やってくれ……」
「……で、あんたがおとなしくしてくれていないと、俺はベルトを外せないわけだが」
「……」

大倶利伽羅は両手を顔の横に上げて、それから諦めたようにベッドに手をついた。ひとしきり快楽の波の引いた山姥切は、それでも熱に浮かされながら、大倶利伽羅のベルトを外す。そうして、男性服特有の、固いボタンに苦戦していたら、どうおもったのか大倶利伽羅がそれを片手で外した。そうしたら、前はちゃんとみなかった、というより、みせてくれなかった、パンツ越しにでもわかるほど勃起した大倶利伽羅のそれが出てきて、山姥切は正直、ひるんだ。それをみた大倶利伽羅が「やめておくか?」と聞いてきたけれど、それがどうしてかカチンときて、「おれだけ気持ちよくって、あんただけそうじゃないのは、なんか、嫌だ」と口にしてしまう。

「別に、ゆっくりでいい。二回目のセックスでフェラなんて、高難易度だろう。……いや、ちょっとまて、俺たち、まだセックス二回目なのか!?付き合って一年半以上経つのに!?しかも前回セックスしたのは一カ月半前か!嘘だろ!?」
「え、セックスってそんな頻繁にするものなのか?」
「セックスレスの定義は一カ月以上性交渉がない、ということだから、付き合っていたらまあ月に一回はセックスする、という話になる。が、大学生のカップルで一ヵ月以上セックスしてないというのは……どうなんだ……」
「お、お互い忙しかったし……俺は無知だし……」
「無知シチュとか男が一番興奮するシチュエーションだろうが!少なくとも俺はそうだ!くそっ!また変な性癖を暴露した……頭が回っていない……」
「むちしちゅ……?ええと、よくわからないけれど、俺はあんたにだけ全部教えてもらって……じ、自分で調べるのは……まだ勇気が出ない……と、とにかく教えてもらえれば、そういうふうにするから……ふぇらも、で、できるようになるから……」
「……」
「……ええと……」

山姥切は、自分の発したセリフによって大倶利伽羅の股間が大変なことになったのを目視したのだけれど、それを口に出すのは憚られたので、とりあえず、大倶利伽羅の脚の間に跪いて、勇気を出して、パンツをずらそうとした。けれど、そうしたら大倶利伽羅が、「……はじめから本当にそうすると抵抗を覚えるだろうから、はじめは布ごしでいい」と言ってきた。

「え、パンツ、汚れる……」
「洗濯すればいい。それにあんたのショーツは毎回大変なことになっているだろう」
「う、うるさいな!」

反論はしつつも、実物の男性器なんて、まともに見たことがない山姥切にとっては、たしかにいいクッションかもしれなかった。山姥切はじりじりと勇気をだして、大倶利伽羅の一番勃ちあがっているところに、ちゅっと口をつけた。そうしたら大倶利伽羅が、山姥切の頭をなでながら、「少し舐めてみろ」と言ってきたので、舌を出して、ざらついた布の上から、大倶利伽羅のそれを、するすると舐めた。布ごしにもそれが熱いのと、脈打っているのがわかって、山姥切はドキドキしてしまう。けれど、頑張ってちょっと口に含んでみたり、舐めてみたりすると、大倶利伽羅が「かわいい」だとか「いい子だな」と褒めてくれるので、山姥切はもっと、もっと、と、思うようになって、ついに、大倶利伽羅のボクサーパンツをずらした。そうしたら、手でおさえてはいたものの、「これが人間の人体の一部なのか!?」と思うようなそれが出てきて、山姥切はまたひるんでしまう。それがわかった大倶利伽羅は、「ちょっと口、見せてみろ」と、山姥切に口を開けさせた。そうして、中指とひとさし指でその開き具合を見て、「顎関節症か?」と山姥切に尋ねる。

「……た、たしかに、俺の口はあんまり開かないし、開こうとすると音が鳴るか、痛くて開けられない時もある……最近酷くて……」
「まぁ、原因はストレスだろうな。といっても、顎関節症は多因子病に分類される病気だから、そればかりとも言えないんだが……。とにかく、これじゃあ、まあ、ソフトなAVにあるような一般的なフェラは物理的に無理だな」
「……」
「で、まぁ、俺は別に一般的なフェラははじめから求めていないし、あんたがここまでしてくれたことに相当興奮しているからこそこんなことになっているわけだが……」
「……」

山姥切はさっき頭を撫でてくれた大倶利伽羅の手のひらの温かさや、声の温度が恋しくなって、「無理」と言われたけれど、おおくりからのそれに、口をつけた。はじめは唇をつけるだけだったけれど、大倶利伽羅に、「手で支えるとやりやすい」だとか「歯だけはたてないでくれ」と教えてもらいながら、だんだんと舌をだして、大倶利伽羅のそれを愛撫する。口の端から涎が垂れて、それは大倶利伽羅が拭ってくれた。少しずつ口を大きく開けられるように調整していって、はじめ、かぷりと、そのてっぺんを口の中に入れる。熱かった。口の中の温度と比べて、ではなくって、ここに大倶利伽羅の欲望の全部が集中していると考えると、それはとんでもない熱量に感じられたのだ。そうして、それを少しずつ口の中に入れていく段階で、大倶利伽羅は山姥切の頭を愛おしそうに撫でた。それが嬉しくて頑張るのだけれど、これ以上は入らない、というところで、山姥切は「どうすればいい?」と、目線で大倶利伽羅にそれを尋ねた。そのときに口の中でそれがびくつくのがわかったけれど、その理由はわからない。

「無茶は言わない。口から出したり、入れたりを繰り返すだけだ。舌とかは今どうでもいいから、歯だけ立てないようにしてくれ」

そう言われたので、山姥切は、あんまりはやくはできないから、と、ゆっくりと口を動かした。きっとどうしようもなく拙いはずなのに、大倶利伽羅のそれはどうしようもなく膨張していって、大倶利伽羅も「いや、これは……視界的にも……シチュエーション的にもクる……」と呟き、山姥切が三往復したあたりで、「頑張ったな」と、それをやめさせた。

「だ、駄目だったか……?」
「……いや、なんと評価すべきかわからないけれど、俺的にはものすごく、こう、なんというか、興奮した……が、大丈夫か?と、聞いたところで、あんたが無理と言っても強姦してしまいそうな俺もいるわけだが」
「そ、そうか……いや、だ、大丈夫……。け、けど、その……そうか、たしかにこれじゃあ、もうキスできないな」

そう言って、寂しくなった口元に山姥切が指をやるよりはやく、大倶利伽羅が山姥切に、どうしようもなく深いキスをして、「俺は別段、気にしない」と言った。山姥切はその熱量にぼうっと浮かされて、が今どういう恰好なのかも忘れてしまう。それに気が付く前にまたベッドに倒されて、「……一カ月以上経っているから、また随分痛むだろうが、我慢……してくれ」と言われた。山姥切は「え、痛いのは最初の一回だけじゃないのか?」と、純粋な疑問を投げかける。

「女性の膣は、定期的なセックスで段々と拡張されていく。最初から数回までのセックスは、基本的に痛みを伴うものだ。それをしばらく続けていってはじめて、膣内での快感を覚えるらしい。逆に、定期的にセックスをしていないと、膣口はもとの広さに戻る、らしい。実際俺もよくわからない。俗説が多すぎる。無理だったら……い、一応、言ってくれ。善処する」
「……善処できなさそうだな……」
「あんたが悪いんだ。いや、悪くないのが、悪いんだ」

大倶利伽羅はそう言うと、「中指だけ」と言って、ぐちゃぐちゃに濡れた山姥切のそこに、指を差し入れる。山姥切は痛みというより何かの変な快感から、「あ、」と、酷く恍惚としたような声をあげた。不思議だった。痛みもちゃんと感じるのだけれど、それよりも、大倶利伽羅の触れている部分が熱く脈打って、山姥切の身体を、ぐらりと揺らすようだった。けれど、その声を、痛みが原因なのかと誤解した大倶利伽羅が、「……もう一回くらい、イっておくか」と、器用に親指をつかって、山姥切の身体で一番敏感なところを刺激した。

「あ、あ、ちが、あっやだ、やめっ……あっ、やだ、やだ、」
「……こう、そんな気持ちよさそうにいやいやをされても、煽っているようにしか見えない俺の目は曇っているんだろうか……」

大倶利伽羅はわけのわからないことを言いながらも、中指を少し奥まで入れて、親指で刺激するたびにぐねるそこに、ひとさし指を足していく。その間にも愛撫は続いて、山姥切は喘鳴しながら、またすぐに高い所から落とされるのに似た、怖いけれどどうしようもない、表現の見つからない、快楽に落とされる。

「やっあっあ、あああ、い、いったから!指、やっ、ゆび、だめだ!あ、あ、ぬ、抜いてくれ!あ、ああ、やだ、またなんかくる!あ、あ、あ」
「……あれから俺も女性のオーガズムについて調べたんだが、どう調べたかについては黙秘する。とにかく、女性には二パターンあるらしい。一回のセックス中に何回も浅いオーガズムを感じることのできる女性と、一回の深いオーガズムで体力を使い切ってしまうパターン。あんたはどうにも、前者らしいから、うん、まあ、それで痛みが緩和されるなら、好きなだけそうなっていてくれ」
「やだっ!もう死ぬ!ゆびぬいてくれ!」
「聞けない」
「じゃあ、親指!親指やめろ!」
「……」

そこから大倶利伽羅は山姥切の耳元で、「やめてやらない」と意地悪く囁いて、「耳」と言って、山姥切の耳を暇をしているらしい舌で愛撫し、「首筋」と言っては首筋を愛撫した。そうして大倶利伽羅は性感帯を数える遊びのようなことを始めるのだけれど、それをされる側の山姥切はたまったものではない。両手で大倶利伽羅の手をどうにかしようとしたけれどそのうち右腕は大倶利伽羅の左手に捕まって、ベッドに縫い付けられてしまう。左手だけではどうしようもないし、快楽の波が激しすぎて、それを助長してしまい、焦って大倶利伽羅の背中に回した。なにかすがるものがないと、気持ちいいのが怖くて、泣いてしまいそうだったのだ。それを大倶利伽羅は「かわいい」と言って、欲情に濡れた顔で笑うのだから、もうどこにも逃げられない。そうしているうちに、大倶利伽羅の親指は動きを止めて、そこまで深く挿入していなかった中指を、深く挿入した。そうして、こつん、と、その行き止まりをつついて、「ここが一番、奥。いまのところの」と言った。そこに触れられると、鈍い痛みがあって、けれどどうしようもない感覚も、たしかにあった。山姥切はさっきからの絶頂の連続と、大倶利伽羅がいうところの「あまり」山姥切のことを思いやらない扱いとで、頭どころか色々なところがぐちゃぐちゃになり、「も……無理……」と、息をあらくして、すがるように、大倶利伽羅の左腕につかまった。

「あともう一回無理になったら、……いれる」

大倶利伽羅はそう言うと、三本入っていた指のうち、ひとさし指を一度抜いて、指の動きを、拡張させるそれから、山姥切を追い詰めるそれに切り替えた。そこだけで絶頂に追い込まれると、こわいくらい気持ちよすぎるから、山姥切はもう泣きながら、「や、やだっあっ、あああ、も、いきたくなっ……あっやだ、おおくりからっ……!やだ……」と懇願するのだけれど、大倶利伽羅の指の動きは止まらなくて、山姥切はもう逃げられないところまで追いつめられてしまう。

「あっあっ、や、なんあ(か)、ちがっ……ちが、のあ、あっあああ、ひっやだっ!あっあっ……んんん、やめっあっ、ひっ……ああああ、あ――――!!」

最後、ほとんど悲鳴のように性に喘ぎ狂って、山姥切はずっと深いところまで落とされた。それと同時に、放尿するような感覚もあって、ひとしきりそのひどい、恐怖すら感じる快楽に身体を弛緩させてから、放尿した、という事実に顔を真っ赤にして、「ひっ……ぐ……」と、あまりの羞恥に泣き出した。そうしたらさすがに大倶利伽羅も「す、すまない、大丈夫か……?」と声をかけざるをえなくて、しかし事実は事実であるからして、山姥切は「ごめ、なさ……」と、夜尿がみつかった子供のように、腕で顔を隠し、ストッキングがそのままの膝を擦り合わせた。

「お、おしっこ……も、漏らした……やだ……も、やだ……は、恥ずかしくて死ぬ……もう死んだ……」
「……え、ああ、さっきのか?あれはその、夜尿症だとか、尿漏れだとか、そういうのとは違うから、恥ずかしがることじゃ、ないと思うんだが……」
「え……じゃ、じゃあ、なんなんだ……?俺の身体は何を分泌したんだ……?」
「ええと、あれはまぁ、俗に言う潮吹きというやつで、膣への刺激によって尿とは別の液体を分泌してしまうという……なんか、そんな現象だ。すまない、語彙力は溶けた。俺も、もういい加減、限界なんだ。とにかく漏らしたわけではないんだから、そう泣くな」
「……も、やだ……気持ちいいの、やだ……うう……い、痛くていいし、もう痛いだけのがマシだ……!あ、あまり言いたくない……さ、察してくれ……」
「……言語化を要求する」
「……」
「……」
「……い……いれ、て、…・…」
「泣いても叫んでももう最後までやめないという、あんたが死ぬ未来がぐっと近づいたな」
「あんたなんか、き、きらい……だ……」
「……そうか……」
「う、うそ……!……すき……!す、すきだけど!加減してくれ!」

大倶利伽羅はその言葉を呑み込むように山姥切に深い深いキスをして、その間に、ゆっくりと、腰をすすめていった。日々の柔軟の成果で、ふたりの身体が重なるので、山姥切は痛ければ痛いほど、大倶利伽羅に抱き着いて、その圧迫感を愛おしく思うたびに、「すき……あいしてる……」と、泣き言のように、睦言を言った。大倶利伽羅も、そんな山姥切の頭を撫でて、かわいがって、「あいしてる」と、キスをした。

大倶利伽羅のそれが入るまでも、入ってからも、ほとんど破瓜の痛みに近い痛みがあったけれど、それと同じくらいの気持ちよさもまだ引きずっていて、山姥切はほんとうにどうにかなりそうだった。そして実際、「あ、あたまが、おかしくなる……」と言語化してしまったら、圧迫感が強くなって、大倶利伽羅の脳の構造がほんとうにわからなくなった。そうして、やっとぜんぶなかにはいって、大倶利伽羅は大きく息をつき、「ヤバい、気持ちいい」と、恍惚と、欲情に染まった顔で言った。山姥切はその頬にぺたりと手を寄せて、「お、俺はもう何回もそのヤバい、というやつを、繰り返されている……」と、ぼそぼそ、文句を言った。そうしたら大倶利伽羅はその手を取って、マニキュアでうつくしく飾られた指先にキスをし、「光栄だな」と言った。そうしてそのままその手をベッドに押し付けて、律動を始める。胎のナカから突き上げられる感覚に、「あ、あ、っ、あっ」と、自然に声が零れて、大倶利伽羅はたまにそれを掬うように、キスをした。

大倶利伽羅は最初のセックスと同じようにずっと律動を続けるのではなくって、たまに動きを止めて、愛おし気にガーターベルトとストッキングだけが取り残されている、という山姥切の下半身を撫でたり、不格好な縦結びを弄んだり、すぐに行為を終わらせようとはしなかった。それがあんまり続くから、山姥切は何度かイきかけたし、じりじりとした快感もずっと続いて、「こ、これ以上はほんとうに死ぬ……!」と大倶利伽羅に懇願した。

「な、なんで、こんなこと、するんだ……!」
「……あんたを、俺のかたちにしたい」
「……っ」
「あんたのナカ、まだ、きつくて、それはそれで気持ちがいいけど、それよりも、俺は、あんたが俺のかたちになって、そのかたちによって喘いで、悦がって、オーガズムに達するなら、それ以上の快感と、幸福はないと思う。……ダメか?」
「……ま、まだ……駄目、だ……今日は、もう……」
「じゃあ、ゆっくり、そうすることにする」

大倶利伽羅はそう言うと、律動を再開し、ベッドについた両腕に力を込めて、ずっと深くまで刺し貫いた。山姥切はいっそう大きく喘いで、大倶利伽羅にしがみつく。そうしないと、身体がばらばらになりそうだった。頭の中が真っ白になって、大倶利伽羅のことしかわからなくなって、ぐちゃぐちゃになって、自分が何を口走っているのかも定かでなくなる。そうして、それがずっとずっと続いたように山姥切には感じたけれど、実際はそう長くなかったのだろう、大倶利伽羅が、ぎゅっと腹筋を収縮させて、小さな声を噛んでから、大きく息を吐き出した。


そのあとのことは、山姥切はじつはよく覚えていない。ほとんど放心状態で、ちゃんと後処理をしたかどうかもわからないし、朝起きたらまだ下着姿のままだった。大倶利伽羅があのあとベランダでブラックデビルを吸ったのかどうかも、わからない。けれど、翌朝になって大倶利伽羅に謝り倒されたのはさすがに覚えている。大倶利伽羅の謝り方のレパートリーは「すまない」と「申し訳ない」と「本当に申し訳ない」のみっつしかないことが判明したし、シーツだけは昨日の夜の間に取り換えてくれていたらしい。そうして山姥切が通学の途中、身体の鈍痛に「いっ」と声をあげるたびに大倶利伽羅はなさけない顔になったし、今回ばかりは「筋トレをしろ」とは言ってこなかった。それがあんまりにもあんまりだったから、山姥切はキャンパスについたあたりで、「次までにはちゃんと筋トレして鍛えておくから」と冗談を言った。

「……いや、筋トレの効果が出る、というか実感できるのは、まぁ二週間程度なんだが、あんたは昔とはいえ、運動部にいた。俺が特別メニューを組めば、『次』というのは一週間後にできる」
「……失言だったか……」
「……嫌ならまあ、強要はしない。勿論。昨日はほんとうに申し訳なかったと思っている。釈明の余地がない。あんたがあれでもう絶対にしたくない、と思っていても正直、おかしくはない」
「……」
「……俺は噛み癖があるし……どうにも、嗜虐心を煽られるとそれに従ってしまうし……」
「……こ、ここは……公衆の場だから……」
「……そうか」

言ってしまってから、山姥切は赤面して、うつむいた。そうして、多分自分から大倶利伽羅の視線が外れたろう頃合いを見て、大倶利伽羅の方をちらりと見てから、ぎょっとした。大倶利伽羅の服は、当然なのだが昨日と同じで、昨日大倶利伽羅が着ていたのは、ロングスリーブのシャツに、ウールチェスターコートだったのだけれど、その服装だと首が丸見えだ。

「あ、あんた!その首!首!」
「……なんだ、首がどうした」
「いいから俺のストールを巻け!俺は今日タートルネックだから!頼むから!」
「ん……?あ、ああ、キスマークか。俺は別に気にしないが」
「俺が痴女だと思われるだろう!?」
「……そこには配慮していなかった。……すまない、今日だけ借りて、クリーニングに出してから返す。今日はバスケ部の練習もないし」
「……えっと……あ、洗わないで、返してくれないか……?」
「どうしてだ。普通、こういう時は洗って返すのが礼儀だろう」

頭に疑問符を浮かべる大倶利伽羅に、山姥切は頬を赤らめながら、「あ、あんたの匂いが、残ってたほうが、俺はうれしいから……」と、もそもそ、言った。大倶利伽羅はなんてことはない顔でそのストールを首に巻いてから、ひとつ、溜息をついた。

「……ここが公衆の場でよかった。そうでなかったら、俺はあんたを襲っていた自覚がある」

大倶利伽羅はそうは言っても、色々と思うところがあるらしく、ワックスのついていない、さらさらした髪をかきながら、「なぁ、もう、一緒に住まないか」と言った。ずっと考えていたことを、やっと口にできた、と、そういう口ぶりだ。山姥切はさすがに驚いて、「えっ」と声を漏らして、自分の、女性用ストールを不自然に巻いた大倶利伽羅の方をじっと見つめた。

「俺の部屋、広すぎるし、俺は掃除できないし、あんたが一緒に住めば、ちょうどいいだろう。引っ越し資金、あんたは受け取らないだろうから、割り勘で。なんなら俺が車出すから、業者は呼ばなくていい。違約金は発生するのか?」
「……まぁ、発生するな……」
「じゃあそれも割り勘だ。俺のマンションは親の持っているマンションだから家賃が無い。もちろん、あんたの親が許可したらの話になる。大学生の身分で男と同棲なんて、普通の親は反対するだろうが……」

そう言って、大倶利伽羅はきまりが悪そうに首の後ろを掻こうとして、そこに女性もののストールがあるのに気が付いて、さらに気まずそうにした。それが少しかわいく見えて、山姥切は、ふっと、笑ってしまった。そうしてから、少し考えた、と、いうより、悪だくみをした。工学部の天使という異名は、もう捨ててしまわないといけないかもしれない。

「……お、俺は、少しだけ、悪い子になってもいいか……?」
「ん?なんだ、反対なのか。それは仕方ないと思うから、別にかまわない」
「いや、アパート、連帯保証人は親だけれど、名義は俺だ……。だから、解約しても、バレない。……既成事実ができてしまえば、それであとはどうにでも、なると思う」
「……悪い子だな」
「……悪い子な俺は嫌いか?あんたの言う……天使じゃなきゃ、駄目か?」
「いや、すきだ。……そういうあんたが、とても、すきだ」

そうして、そんな話をして、このことについてはもっと話し合わなければいけないし、沢山の手続きがあることも、ちゃんとわかっていた。けれど、山姥切にとって、大倶利伽羅に「一緒に住もう」と言われるのは、この上ない幸福だった。けれど、その幸福が大きすぎて、少し怖くなって、農学部と工学部の別れぎわに、「なあ、俺でいいのか」と、聞いてしまった。そうしたら、大倶利伽羅が、そうじゃないだろう、という、少し優しい眼で見てきたので、「俺が、いいのか……?」と、聞きなおした。それがわかるくらいには、ちゃんと、大人になった。

「ああ、あんたがいい。……あんたは、俺でいいのか?」
「……」
「ああ、すまない、違ったな。……俺が、いいのか?」
「ああ、あんたが、いい。……あんたが、いいんだ……」
「……泣かないでくれよ?……泣かれると、困るんだ」

そうして、いつの間にか、いつもしているような会話になって、ふたりして、笑った。たくさんのことがあって、それはずっと胸に凝るものも含んでいて、そしてこれからも沢山のことが、あるのだろう。けれど、今はなんにもなかったかのように、少し顔を寄せて、少しだけ、笑った。沢山のことを積み上げて面倒くさくしてきたくせに、たったそれだけ。たったそれだけの話。


END

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