いつぶりの笑い


 小鳥のさえずりで目が覚める。
 それも無くなって初めて気付く事実の一つであった。

 前頭葉が悲鳴をあげるという最悪な目覚めで重い瞼をあけると、見覚えの無い部屋。しばらく周囲を見渡し、現状を整理してみるも、軋む頭の酷さは増すばかりで考えることを放棄したのは、つい先程のことであった。

「審神者様、お目覚めですか?」
「・・・おはよ、こんのすけ」

 枕の横にちょこんと静かに座るこんのすけに、手を伸ばす。ふわふわと柔らかい毛並みが心地好く、再び瞼が閉じそうになるのを必死に堪えようとしたが無駄な抵抗に終わった。つまり、初めて素面の状態で名前を呼ばれ喜びに全身の毛を逆立て震えるこんのすけの姿を那智は見ることがなかった。

「さに、審神者様・・・くすぐったいです・・・」
「ん・・・?動物って顎の下・・・うりうりされるの好きなんじゃないの・・・?」
 そこは、胸でございます、こんのすけは言葉を飲み込んだ。
「・・・んぶッ、さ、審神者様・・・しょ、そろそろ・・・」
「んん、ふふっ。きもちいー・・・」
「わっ笑っ・・・?!」
「んー・・・」

 那智の笑顔に固まるこんのすけを靄がかった瞳で見つめた。
 そりゃあ、そうなるよね。今までの自身のこんのすけに対する当たり方は相当なものであったと自覚することができるのだから。

「こんのすけ」
「ぶッ?!・・・なん、でほうか・・・?」
「ホントごめんね」

 何度謝っても謝りたりない。
 もともと動物は好きだった。人と違い邪気が無いというのだろうか。生きるエネルギーに満ち溢れている、そんな気がしてならないのだ。
 疑っていたものには何も無く、自身の弱さをこのような形で再確認することになるとは予想だにしていなかった。那智はため息をひとつ落とし起き上がった。

「あっ起きられますか」
「うん」
「それでは準備が整い次第、結界を張っていただけますか?」
「けっかい?」

 なんでも昨晩の汚い男は審神者という立場であるにもかかわらず霊力が底辺だったそうだ。今までは九十九神である彼らに命じ強固な結界をはらせていたようだが今日からはそうはいかないときた。
 何故なら、今日からこの本丸の審神者は他の誰でもない自分なのだから。

「はらなきゃいけないのは分かったけど・・・方法は?」
「そうですね、まずはこちらを・・・」
 差し出されたのは一枚の紙。そこには漢字がびっしりと並んでいた。
「りんびょ・・・とう・・・」
 それらは区点で一文字ずつ区切られており、尚且つ難解なものだった。
 様子を見兼ねたこんのすけが言った。
「これらは九字真言といいます。読み方は、臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「りんびょうとう・・・」
「こちらを唱えながら本丸の周りを歩いていただければ結界がはれます。これを禹歩といいます」

「・・・それだけ?」
「そうですね。見たところ貴方様の霊力は相当なものと見受けられます」
 なので、本来ならば必要であるはずの刀剣男士の付き添いは不要なのですが。

 その呟きを聞き逃すほど頭は寝ぼけていなかったようですぐに理解することができた。
「つまり、ここは例外ってこと?」
「はい、前審神者様があのような方であるとするなら・・・」
「横から刺されたら終わりだもんね・・・」
「とっとにかく!善は急げ!です、審神者様!!」
 これは善なのか。だとしたら、こんのすけの言う善は相当な括りに当てはまるのではないだろうか。那智はため息をこぼした。

「とりあえず、どこから始めれば良いの?」
「ああ!審神者様!まずはこの部屋からです!そうすれば何かあってもここに来れば刀剣男士は入ってこれませんから!!」
「・・・善は急げ、っていうことね」



  
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