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「#年下攻め」のBL小説を読む
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ここに来てどんでん返し

 軽食を取ったあと一時間仮眠して、もう一度通りたかった道の周りを探索した。
 やぶれたせかいは重力も混乱している場所だから、方角を見失わずに道だけを変えれば多生の遠回りができるのでは、と思った。
 結果は惨敗だった。足場によって変動する引力にも酔った。ここをスマートに探索するのは、冒険家の玄人でも難しいのではなかろうか。慣れるしかない。しかしこれは、想像していたよりも手ごわいぞ。滞在期間一日では帰れなさそうだ。
 ユクシーも、やぶれたせかいに詳しくはない。ギラティナに、頭を下げるべきだっただろうか。でも、あっちも忙しいよね……。ディアパルとアルセウスがやられたとなっては、いまや最後の砦も同然だろう。支配域を見回り、氷蝕体本体には近づけずとも表の世界に氷が及ぶのをなるべく防いでいるらしい。時間稼ぎをしてくれているのだ。ワンオペだ。ギラティナ、過労死する前にちゃんと休むんだぞ。
 結局その日は、大人しく近場で休むことになった。気持ち悪さに耐える背中をさすってくれるユクシーの優しさ、プライスレス。前にもこんなことがあった。……ジラーチの眠りを見届けてきたのは、英断だったのかもしれない。こちら側で七日目を迎えることがあったなら、目も当てられないことになっていた。ジラーチがよくても、私がね。

 二日経ち、三日経てば様変わりする重力にも慣れた。初日のように酔うことはなくなり、移動もいくらかスムーズになった。
 あれからユクシーとも相談したうえで、目的地のてんかいへはさらに迂回をして行くことになった。幸い方角を見失うことはないから、陸路で着実に距離を縮めていくことを決めたのだ。てんかいがどちらにあるのか……というよりは、アルセウスの気配は、ユクシーが常に感知してくれている。
 懸念すべきは、何よりも食糧だ。水はこちらにも流れているから調達できても、食糧はそうもいかない。一週間ぶんしか持ってきていない。ユクシーがたまにどこかから食べられるものを持ってきてくれるから当初の予定より消費は遅いのが不幸中の幸いか。それにここでは、あまりおなかもすかない。というか、段々すかなくなってきている。トレミーたちもそうらしい。そのくせ、食べなくても体調が悪くなったりする様子はない。
 それでもあまりだらだらと、長居するわけにもいかないだろう。いくら表の世界ではこちらより影響が遅かろうと、氷蝕体の成長速度を見ていればそれは分かる。もともと時間は、あるようでないのだ。現状やぶれたせかいは、もう九割くらいやられちゃってるんじゃないかしら。

 四日目の朝。
 野営地をあとにしようとすると、ユクシーが「きょうん!」と下方に浮かぶ島を見た。どうしたの、と伺ってぎょっとする。この世界で初めて見るものがいた。片づけを手伝ってくれていたヒナも隣から顔を覗かせる。

「……スターミー?」

 あれは、スターミー? どう見てもスターミーだ。
 コアを軸に、星のボディをぐるぐると回転させて浮いている。ちか、ちか、とまたたいている。モールス信号だったらごめん。私には分からない。
 どうしたものかと悩んでいると、スターミーは去っていってしまった。その先は、私たちが向かっている方向と一致している。っていうかはっや。たぶん時速八〇超えてる。

「……あのスターミーは、ここのポケモン?」

 ユクシーは首を横に振った。

「なら、誰かの手持ち? ここに、人がいる?」

 ヒナは首を傾げた。
 なんにせよ、ここに来てようやく見つけた氷以外の変化だ。方角は同じだし、追いかけてみよう。いままでで一番大きな期待を胸に、出発する。










 膨らんでいた期待がいくらか落ち着きあった夕方のころあいになって、そのときは訪れた。
 きらきらきらきら、しているような言葉にしがたい音……声? が聴こえて立ち止まる。上を見ると高さの違う島にまたもやスターミーがいた。遅れて「いた? ……いた!? マジ!?」という人の声。……人の声!?
 スターミーが降下して姿をくらませる。……かと思えば、上の島から何か――人が、目と鼻の先に降ってきた。スターミーもいっしょに。びっくりした。
 がばっと顔をあげたその人は、女の子だ。たぶん、松雪さんとあまり年齢は変わらない。
 ――人だ。ほんとうに、人がいた。
 呆気に取られる私よりも、女の子の感情は豊かであるようだ。じいっとこちらを見ていたかと思えば、ぱあっと笑顔になって詰め寄ってくる。

「人! ですよね?」
「は、い」

 女の子は両手を彷徨わせている。二秒くらいうろうろさせて、隣にいたスターミーによぼよぼとすがりついた。スターミーがちかちかちかちかと素早くまたたく。連射カメラかよ。
 腰のボール――サイカがガタガタと揺れ出した。えっ、何。

「あの、あたし、シキっていいます。こっちはミラ。あなたは――」

 ちょっと待って。

「――シキ?」
「えっ? はい。シキです」
「あ、あっ……アサギ、シティの?」
「なんで知ってるんすか!?」

 次によぼよぼとした動きになるのは、私の番だった。「え」だとか「お」だとか台詞にならない音を漏らす。寒いのに変な汗出てきた。
 混乱する脳裡ではおもむろに現れた竹中さんがきざったらしい笑顔でスチャッとウインクをしている。そんなキャラじゃねぇだろ。





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