ひぐらし | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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優先順位

 あと三日。

 痛む胃をさする。食べなければ力が出ないのでご飯は食べたのだけれども、しばらくは量を控えた方がいいかもしれない。
 私はチヅキとユクシーとともに、甲斐の上田城を訪れている。松雪さんに会うためだ。やぶれたせかいに赴くためには彼女のアンノーンの力が必要だ。これを提案したのはチヅキだった。
 ユクシーは、ギラティナの力を借りてこちら側にやってきた。戻るときにも当然ギラティナの力が必要だ。けれどそれをするには、ユクシーの現在地こと座標を示すための目印が足りない。座標をあちらに察知してもらわなければならないのだ。ギラティナもやぶれたせかいを飛びまわっているので、ユクシーを逃がしてそのままのところに留まってはいられない。あの桶とっくに片づけてあるしね。
 アンノーンは不可思議かつ神出鬼没に時空を渡るのだという。ポケモンの中でも一等異端なのだそうだ。なので座標の提示には打ってつけなんだって。
 松雪さんのアンノーンが、チヅキの差し金ではないことは知っている。上田城にテレポートされた際、どこかでくっつけてきたんだろう。ここでフラグ回収って感じだ。思えばアンノーンは、アニメではゲームと比べて得体の知れなさ倍増しだった。私も見たけど、結晶塔も作れるし。

 上田城にも来慣れたもので、顔パスで入城できた。真田幸村の城に顔パスで入れるって恐れ多いよね……。
 真田さんと猿飛さんは不在とのことだった。あっちはあっちで、氷蝕体対策に奔走しているようだ。

 客間に通される。あとから入ってきた松雪さんはチヅキを見てこちらを二度見した。言いたいことは、すごく分かる。現状こいつの手も借りたいくらい切羽詰ってるんですよ、マジで。ジラーチ寝過ぎなんだよ。いったい一日何時間寝てるの。
 事情を説明する。すこしだけ考え込む様子を見せてから松雪さんは頷いた。

「……分かりました。わたしでできることがあるのなら、お手伝いさせてください。その……ひょうしょくたい? を壊すことは、できませんけど……」
「大丈夫。ありがとう。十分だよ」

 こくこくと首を縦に振ってくれる彼女の周囲、アンノーンのルーペさんがくるくる回る。微笑ましい。ところでアンノーンって言語がきついらしいよ。前にジラーチに翻訳を頼んだら渋い顔をされたことがある。チヅキもところどころしか解せないらしい。なんなんだアンノーン。

「それで……やぶれたせかいには、今から行くんですか?」
「いいや」

 これは最初から決めていたことだ。そのために、先にある程度をまとめておこうと決めていた。

「実行は、三日後だよ」

 今すぐ行っても、思い通りにことが運ぶのかが分からない。やぶれたせかいは元来とは違う姿になっているだろうから、対策も必要だ。今から突撃して三日で、最低限ディアルガを助けられることができればいいのだが、可能性は低い。氷蝕体はポケモンを拒むのだから、トレミーたちに頼り切ることはできない。これが、建前。
 本音を言おう。私は、弱い。保身ばかりを気にしている。残りの三日、ジラーチのため向こう見ずに命を懸けられるかというと、それは嫌なんだ。懸けたいけど、怖いんだ。弱虫でごめん。汚くて、本当にごめん。

 このままではいずれ世界は滅ぶ。しかも危ないのはたぶんこの世界だけではなくて、放置をしておけば凍結するのはポケモン世界も同じらしい。それは困る。なんでって、死ぬのは向こう五〇年は遠慮しておきたい。あと私は寒いのも得意じゃない。

 そして私にはいつか世界を滅ぼす脅威よりも、優先したいことがある。





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