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ジョブチェンジ希望

 チヅキの能力を借りて、眠っているジラーチに代わりユクシーの通訳をしてもらった。
 チヅキは私の頼みに素直だった。あれだけ危険人物でしかないようなことをしておきながら、憑き物どころか全財産入った財布までドブに落としてきたんじゃないのと思えるくらいに静かになっている。お前の心境に一体どんな変化があったというんだ。考察はできないこともないが同情したくないので意識が向くのを断つ。興味ない。今は人手が足りない。猫の手も借りたい。使えそうな猫がこいつだった。それだけだ。

 ユクシーは、私に助けを求めに来た。
 予想通り、日ノ本に現れた異変の原因はやぶれたせかいにあるようだ。というよりもさらに深部。チヅキ曰く「てんかい」がだいぶ大事になっているらしい。ユクシーはエムリット、アグノムとともに事態の調査に乗り出したものの、あの氷に襲われてかみさまとの接触が叶わなかったのだそうだ。あの氷ってポケモン襲うの。本気で言ってんのそれ。怖すぎ。

「襲う……と言うよりは、毒なんだね。近づくことができなかったとユクシーは言っているね。そして氷の肥大に、エムリットとアグノムは巻き込まれた。それでユクシーは命からがら、君のもとにまで逃げてきた」

 やぶれたせかい、もといてんかいなる場所では日ノ本よりも成長が活発なのだろうか。その推測は、当たっていた。大きくなり続けるあの氷は今ややぶれたせかいの八割を浸蝕している。だからそれが、こちらにも漏れ始めているのだ。
 ……ジラーチの眠気も、そのせいか。これはディアルガ先輩やられてますわ。
 っていうか、これ思っていたよりも深刻なんじゃない? そう呟くと、チヅキはそうだね、と頷いた。

「日ノ本が凍土になる未来も、冗談ではない。……ユクシーが言うには、あれはポケモンたちの世界にも現れはじめているみたいだね」

 世界規模じゃないですかーやだー! えっ、無理。無理無理無理無理。これは私の手にはますます負えませんわ。何が原因なんだよ。何者なんだよあの氷。

「名前があるみたいだよ。あれは……人間たちには未知だ。ポケモンたちの中でも、知るものはほとんどいない。「氷蝕体」と、言うらしい」
「ひょうしょくたい」

 記憶が、引っかかった。おいやめろと思った。だってそれ、ポケモン本家の要素じゃないよ。ありかそんなの、と拒みかけたが、そもそもがアニメもゲームも混ざったような感じなのだ。そういうことがあっても、不思議じゃないんだ。不思議でいいです。
 氷蝕体。それはダンジョン方面、マグナでゲートなゲームのラストボス。あらゆるものを凍てつかせ、世界を滅ぼす絶対脅威。記憶が正しければ――源はポケモンが抱く負の念であったはず。エネルギー源がポケモンであるからか、氷蝕体はポケモンにとって毒だ。近づくだけで、息ができなくなるほどに。
 けれど壊す手段はあって、氷蝕体はポケモンには無理でも人間ならばふれることができる。どこか遠くにあるかもしれないとある世界は、そのために遠方からわざわざ人間である主人公を異世界から招いた。――ここまで考えて、思考が一旦停止する。
 じんわり滲むいやな汗。どくりと跳ねる臆病な心臓。違う。違うはず。いや、でも。胸の奥がざわついて、気持ち悪い。胃がむかむかしてきて、吐くかな、とぎこちなく口元を覆う。

 「誰でもよかった」の意味合いが、今になって違ってきてしまう。私はひどい、勘違いをしていたのかもしれない。でもジラーチは何も――いや、ちがう。ジラーチは、全部は知らない。あいつはただ、アルセウスから頼まれて、私といただけだ。
 ――やめてくれ。いやだ。理解したくない。重い。それは、重いって。おなかいたい。いやだ。違う。私は、違う。
 私の存在理由。その奥部にある、真意。私の婆沙羅は、ほんとうにただの偶然による芽吹きだったのだろうか? 松雪さんのセーブになれたこと。氷蝕体を、壊せること。
 いよいよ吐き気が、せり上がってくる。

 私が立っている、ここはどこなんだ。





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