褒め言葉が複雑です
夏の気配が日々を食み始めているにも関わらず、この年の日ノ本各地は妙な気温の低さを記録している。私の世界にもあった冷夏、というやつだ。数か月後にはどこも作物がまともな収穫なんてできないことになっていて、食糧不足に陥ってしまうかもしれない。さすがに飢饉が起こるほどではないと思う。……戦国時代に有名な冷害って何があっただろうか。
この異常を受けて、今年の夏はどこも戦どころではないようだ。私としてはありがたい話だが、各国の重鎮は頭が痛いことだろう。作物の品種改良や、温室での農業に手を染めているところもあるのだと聞く。それは……すごいことだよね……乱世で温室農業って、この世界だからできることだよね……。
しかしいくら夏がいつもよりおかしいと言ったって、これはないんじゃあないの? 私は眼前に認める光景を見て唸った。隣に立っている片倉小十郎も唸っている。私とは違って低い音で落とされる声音にはすごみがあって、チキンな心臓が驚いている。
現在地、奥州北部。筆頭はまつりごとで今回はお休みです。
「魔獣の仕業と思わしき現象に困っている」――そんな連絡を受けて駆け付けた。現場には珍しい光景が広がっていた。私よりもずっと背の高い巨大な氷のかたまりが、まだらに土地を覆っている。この季節に、氷である。南極かよ。気づいたときにはこうなっていた、らしい。この向こうにはちょっとした池があるのだそうだ。
「おい、本当に心あたりねぇのか」
嘘言っとんじゃなかろうなワレ。と続きそうな言い方で片倉さんがこちらを見た。私は眉を潜めて頭の中の記憶を探る。魔獣のせいにするのは簡単だ。冷ビ何度か打てばこういうことはできるでしょう。
ただ、問題が一つ。私の思考を裏付けるように、ピシッと硬質な音がした。見たぞ見たぞー。新しい氷が、すでにある氷の根っこから新しく生えてくるのを見たぞー。これがあるから、魔獣のせいだと断定ができないのだ。この氷は、現在進行形で成長している。
「ジラーチ」
肩に乗っているジラペディア先生も、険しい顔をしている。
『……分からない。これは、何?』
「まったく同じことを思っているよ。何なんだろうね。婆沙羅ではないんですか?」
最後の一言は、片倉さんに向けたものだ。あるでしょう、氷属性。
「おそらく違うだろうな。知り合いにも調べてもらったが、婆沙羅者の技じゃあねぇ」
知り合い……いつきちゃんかな。いつきちゃん可愛いよね。私もペンライト振りたい。
「実は奥州以外にも、似たような案件を他国からいただいているんです」
告白すると、片倉さんは目を丸くした。しかしすぐに鋭く目を光らせて「聞かせろ」と促してくる。
「あまりこちらと変わりませんよ。氷が生えてきた。魔獣のせいかもしれないから見に来てくれって。お手上げなのはどこも同じみたいです」
小田原でもこれは生じているし、大阪や四国でもそうらしい。尾張から便りが来たときは二度見した。氏政公は腰を抜かしていた。
私は目の前でゆるやかに育ちゆく氷塊に触れた。つめたいし、少しざらざらしている。ずっと触っていると皮膚がくっついてしまいそうだ。これは確かに、氷なのだ。こんな事態じゃなかったら、かき氷にでもしてやるんですがね。
「ここに来る前は甲斐に行きました。そこで分かったことですが……この氷、炎の婆沙羅だと壊せるんですね」
真田さんがぶっ壊すのを見たので確かだ。猿飛さんと松雪さんの頑張りではびくともしなかった氷は、虎若子の一撃を食らえば粉々になった。氷の粒は四散して光になり、そして天へ昇るように消えていったのだ。……溶けたのとはまた違う点は、気になりはする。
「そうなのか?」
「そうなんです。伊達軍に炎属性は?」
「……いねぇな」
渋い顔で言われた。それは……ご愁傷さまです。
「魔獣の炎ならどうなんだ?」
「ヒナ、ブレイズキック」
「しゃもッ!!」
ボールから出てきたバシャーモが、灼熱を纏った渾身の蹴りを氷にお見舞いした。氷の壁はわずかに動じる。もう一度ヒナが蹴り上げると、攻撃した箇所が派手に音を立てて欠けた。もういいよ、と声をかける。ありがとう。
「……いけはするんだな」
「はい。でも、炎の婆沙羅よりは弱いです。それに何度か試したんですが……魔獣の一撃は炎であるとか関係ないみたいで。どんな風に挑んでも、こういったように壊れます。……単純に、馬力の問題かもしれませんね」
「お前は、光寄りの炎だったか」
そ、そこで私の婆沙羅にシフトするんすか。まじっすか。伊達さんから聞いたな? あんにゃろう個人情報ちくってんじゃねぇぞ。
「……先日晴れて炎になりました」
自白。するとくいっと片倉さんがあごで氷を指した。やれってか。マジで言ってんのか。私をあなたたちと同じ土俵に立たせないでほしい。確かに私で試したことはないんだけど、私のはなぁ、マジショボいぞ。台所や風呂で重宝してるぞ。
護身用の短刀を抜く。しばらくじっと意識を集中させていると、刃が熱をはらんでいく。知っちゃいたけど地味! これが私の限界なんです!
なるようになーれ。半ばやけくそで、尖端を氷に突き立てる。
――これまでで一番大きな音を上げて、氷塊が砕けた。うっそだろお前。
「やればできんじゃねぇか」
あっけにとられている私と違い、片倉さんは満足そうだ。ふえぇ……できちゃうとは思わなかったよぉ。
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