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「#寸止め」のBL小説を読む
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代役のつもりですか

 ――ふざけて、いるのか。
 ぐらりと傾いた巨人の体をボールに封ずるチヅキに苛立つ。メガヘラクロスを前に、ギガスは沈んだ。スロースタートが切れる前に成せた快勝だった。しかし違和感がくすぶる。
 メガシンカが解けたサイカを前に、余裕を崩さない敵を見据える。

「……そのレジギガス。あんた、わざと動かさなかったよね」
「語弊だ。動かせないだけだよ。彼はこの世界で捕まえたのだけれど、僕とは相性がよくないみたいでさ。前はカラマネロにお願いしていたからね」

 飄々と言う。ますますイライラが渦巻く。それってつまり、こいつにとってレジギガスは切り札でもなんでもなかったってことだ。バトルで負けたことなんかまるで気にしていない。気分が悪い。
 警戒はゆるめない。ポケモンではない、トレーナーそのものが不思議な力を使っていたのだ、という報告を覚えている。ポケモンの言葉も分かるって蘭丸さんは言っていた。サイキッカーの類だろうか。ポケモンたちの世界には、いるだろう。
 ああもう、分からない。なんなんだ、こいつ。
 イライラしていると、ジラーチがボールから出てきた。チヅキは目を丸くし、それからにこりと微笑む。

「やぁ久しぶり。元気そうでよかったよ」
『……二度見てようやく分かったよ。チヅキ、キミは――ジラーチと人のあいだに、産まれた子どもだね』

 問いではない。確信して、ジラーチは告げた。
 息を、呑む。
 「そうだよ」と、チヅキはあっさりと頷いた。

「父さんの願いを、母さんが叶えた。産まれたのが僕さ。一〇〇年前のことだね」
「……は?」

 そんなことって、あるのか。突然の信じがたい告白に思考の巡りが滞っている。動け、このポンコツ。
 ああ、ああ。不可視の力を使うってのは、そういうことか。サイキッカー以前に、こいつエスパータイプなんだ。ポケモンの言葉が分かるっていうのも。こいつ、半分、ポケモンだから。だから……!

「そこのジラーチに聞かなかったかい? 彼らの短冊に、不可能はないんだって」

 聞いたことは、ある。この世界に来たばかりのころ、私はジラーチとジラーチ族の短冊について語りあった。彼らに何ができて、何ができないのかが純粋に知りたかった。
 ジラーチは言っていた。一〇〇〇年分の息吹にかけられる人の願いは、どんなものであっても叶うのだと。その上で禁忌に近い祈りが、いのちに纏わるものだ。因果の逆転。あるいは本来ならばありえないもの、許されないものの成就。実った願いは正しいものではあるかもしれずとも、自然の摂理から外れているのならきっとゆがみを持っている。だからジラーチは、ありえないいのちを願うことはおすすめしないと私に警告した。ほかでもない渡カナメが、ひずみある一人なのだと項垂れながら断じて。

『キミの行動は、支離滅裂だ。キミがカナメを狙う。しかし大阪城では言ったそうだね、「復讐を贈る」と。……真意が分からない』
「前者が本命で、後者が釣りの餌。レジギガスを退けられたのは意外だった。でも後者も不可能ではないよ。僕はポケモンの言葉が分かるもの。やろうと思えば、いつでもできる」

 それ、は。乱世の魔獣たちから、復讐を望む者をけしかけることもできるのだと。そう言って、いるのか。

「……松雪さんは」
「それも僕。僕が願った。君を困らせる材料が欲しいと思っていた。そうしたら、叶った。おかげで彼女を囮に、ヒイラギを殺せた」

 ――気持ち、悪い。

「そう、ヒイラギの話だ。立派だったよ、彼は」

 おい、誰か。こいつ黙らせろ。

「僕は勧誘したんだ。君のところにいるよりも給料をよくしよう。人殺しも咎めない。手ごたえのある仕事もあげる。だからおいでよ。でも彼は断った。なんて言ったと思う? 「任の放棄はせぬ主義だ」って」

 歩み寄ってきたチヅキは無造作に、何かを地面に投げ捨てた。くないだ。先が、錆びている。

「それで殺した。バカだよね。命乞いくらい、すればよかったのに」

 化け物に、私は掴みかかった。

『カナメ!!!』

 押し倒す。首に手をかける。手のひらが熱い。皮膚が、炎を吐いている。

「い、たいよ」

 うなされるように言いながら、そいつはうっとりとしている。ふざけるな。殺してやる。お前もこの剣で首を切ってやる。殺してやる。殺す。殺す!!! 今すぐに!!! 抜いた短剣を振り上げて、

「――――?」

 届かない。右手が。凍ったように、動かない。
 私は……唸った。なぁ、おい、勘弁してよ。なんでお前、ここにいるんだよ。

「――えい」

 右肩にしがみついているゲンガーは、笑っていない。





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