虚勢の使い処
気づいたら、ぼくは森の中にいた。
何を言っているんだ、と訝しがられても、これ以上の上手い説明なんて思いつかない。気づけばぼくは、ここにいたんだ。
バスに揺られていたはずだった。シキちゃんに会うため、ミアレシティに向かっている途中だったのだ。
次は、ミアレシティ・メディアプラザ。次は、ミアレシティ・メディアプラザです。音声ガイドに従って、停止ボタンを押した。その次の瞬間の出来事だった。
周囲に人の気配はない。鬱蒼とした木々が、好きに枝を広げている。視界を満たす新緑は、晴れ渡った空からの光を反射してちろちろとまばゆい。
――ミアレじゃ、ないよね。コボクでもない。ここ、どこだ。
ホロキャスターを手に取って、時刻を確認する。待ち合わせの時間まで、あと一〇分。アンテナを確認すると、そこには「圏外」の二文字が表示されている。
マップを開く。提示される表記は「現在地不明」。胸の奥が、ざわつく。おそるおそる、顔を上げる。ここは、どこなんだ。
「っ……フ、フルール」
モンスターボールを手に取って、ふたりいる手持ちのうちのひとり、ビビヨンのフルールを外に出す。
「上から、ここがどこか確認してきてくれる? 無理せずに、風が強かったら戻って来るんだよ」
頷いて、フルールはゆらゆらと上空に向かう。
次いでポンッと勝手にボールが開いた。出てきたのは、ヘラクロスのサイカだ。
フルール、それからサイカ。ふたりの顔を見て、少しだけ落ち着いた気がする。ひとりじゃなくて、よかった。ぼくだけだったら、それこそ八方塞になってしまっていただろう。シキちゃんと違ってぼくは旅からはもう随分と離れているから、こういう風になるとどうすればいいのか分からないんだ。
ホロキャスターの時計を、もう一度見る。待ち合わせ時間からは、二分ほどが過ぎている。……ごめん、シキちゃん……。電話のひとつでも入れられたらだいぶ違うのだが、圏外であるからにはそれもままならない。
「ぎぃっ」
サイカにももを軽く叩かれる。フルールが帰って来たのだ。
「おかえり。どうだった? ここ、ミアレの郊外だったりした?」
フルールは残念そうにかぶりを振って、がっくりと項垂れた。
「わ、分からなかったの?」
こくん、と控えめに頷かれる。
「なら、ええと……近くにまちはあった?」
返ってきたのは、否定だ。そ、そっか……。
「……分かった。ありがとう」
これは……憂鬱だ。しょんぼりとしているフルールを撫でて慰めるが、気持ちは晴れない。これから、どうしよう。見覚えのある森、ではないんだ。少なくとも、ぼくの記憶している雰囲気とは一致しない。それにここは、とても静かであるように思う。ポケモンの気配が、薄い気がする。……怖いな。
俯いていると、サイカに手を引かれる。……うん、そうだね。まずは森から出てみないと、人にも会いづらい。ここが分からないのなら、ここがどこなのかを知ろうとすることから始めないといけない。
待ち合わせの約束を破ってしまった罪悪感だとか、不安が胸中を陰らせる。帰ったら、シキちゃんには謝らないといけない。許してくれるといいんだけど……こういうとき、彼女ならもっとハキハキ動くんだろうな。ジョウトを一緒に旅していたころも、あの明るさには随分助けられた。
ぼくは、彼女ほど強くはなれない。メガシンカだって、サイカのおかげでなんとか認められたようなものだ。自分のことが継承者に見合うような人物だとは今でも思えなくて、メガリングは普段はサイカに預けてある。
卑屈? まぁうん、それにあたるのだろう。否定はしない。ぼくはぼくに、自信を持つことができない性格だ。
でも今は、ぼく一人だ。それからサイカと、フルール。嫌でもぼくたちで、なんとかしないといけない。
「……行こう」
なんとか顔を上げて、見えない先に怯えながら進みだす。
ここから先のことは、よく覚えていない。
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