確かめてみる必要があるな
ハナダのポケセンにデルビル以外を預けた後、俺は人気のない場所に行きあのあと怖気づきながら回収したモンスターボールを放り投げる。放り投げたあとにその中身が暴走する可能性に気づき危惧したものの、それは杞憂に終わったらしく――ミュウツーは至って穏やかに尾を揺らしながら辺りをきょろりと眺め、それから俺と足下のデルビルを視界に入れた。デルビルなんかは物珍しいものを見る仕草で「くぅん?」と鳴いているが俺は内心冷や汗たらたらである。
とりあえずポケモン図鑑を取り出してミュウツーのデータを読み込む。エラー。正体不明。と認識しつつもタイプ・身長・体重・性格やらを大雑把に割り出したこの機械には感嘆の声しか出ない。
???。???ポケモン。エスパータイプ。特性は不明。身長と体重は置いといて、寂しがりな性格。暴れるのが好き……思わずミュウツーと交互に二度見した俺は悪くない。
「寂しがりな性格とか詐欺だ」
そう言いつつミュウツーを眺めると、奴は足下にじゃれるデルビルを困ったように見ていた。止めなさいデルビル殺されんぞ! ミュウツーもミュウツーでえっ、なんでお前そんな大人しいんだよ?
慌ててデルビルを脇に回収して、「あの、すみません」と俺は腰を低くしてミュウツーに話しかけた。訝しげにミュウツーはこちらを見やるが、その目に過去のような殺意(今思えば闘志だったのかもしれない)は見当たらない。
「どうしてあなた、俺に捕まったんですかね?」
「……みゅー」
「っ……!?」
ミュウツーと目が合った瞬間めまいがして膝をつく。しゅらららら、とフイルムを無理矢理頭に押し込められているかのごとく、無数の映像とミュウツーの心がじかに流れ込んできた。
そもそもミュウツーは人工的にその命を得たのではなく、あの幻のポケモンであるミュウから生まれた。ミュウには仲の良い人間がいた。ミュウツーはそのミュウと人間と一緒に暮らしていたのだけれど、ミュウツーの力の強大さはその手に余ると判断したのか、ある日人間はミュウツーとミュウを手放した。
人間と別れたミュウは、我が子であるミュウツーの手を引くでもなくふらりと単身どこかへ消えてしまった。ミュウが何を考えていたのかはミュウツーにはわからない。ミュウツーはひとりになった。
それからしばらくしてミュウツーはよくわからないままにロケット団に捕らえられた。目的はその最強を謳う念の力だったのだろう、ロケット団はまだ子どもであったミュウツーに様々な実験を施し、ミュウの血を引くものを手中にて繰ろうとした。溜まりに溜まった憎悪と恐怖の果てにミュウツーはある時、ロケット団から逃げ出した。
自分からあの洞窟に居たわけではなく、誰かに追いやられてあそこに逃げ込んだのだということを俺は知る。それでもロケット団員や残党や、これは……おそらくポケモン協会の人間が、自分を何度も捕らえに来たのだということ。その度にミュウツーは咄嗟に任せてそれらを追い払い、追い払った人間の中には、偶然あの場所に辿り着いたのであろうレッドの姿もあった。
そうしたことを繰り返し、半年か一年が経つ頃には、ミュウツーの自我はただの破壊衝動の塊ではなく、はっきりと形を成していく。人間は憎くて怖い。だからミュウツーの怒りと憎しみはいつだって殺意や破壊衝動と連動する。それでも、いつしかミュウツーの中には平穏を望む気持ちや、この世に産み落とされた意味とはなんなのかと、疑問が生まれつつあった。望んで怖れて憎んで、壊すだけの日々に疲れていた。
だからミュウツーは選び始めたのだ。あそこに辿り着いた者で、自分を受け入れてくれるトレーナーを。エスパータイプのミュウツーが、人の心を知るのは容易い。
そうして様々な偶然や状況が重なり、ミュウツーは俺という人間を選ぶことにしたのだ――と。
一瞬で知る羽目になった事柄に俺は頭を抱えた。実際、突然ミュウツーの気持ちを頭にぶちこまれ、何とも言えない吐き気や頭痛を覚えてもいた。
心配そうに見上げてくるデルビルを撫でながら俺はミュウツーをうっすらと見る。
「何、お前、俺と来たいのか?」
「みゅー」
「ミュウツーは、それでいいのか?」
「みゅー」
「お前強いから、バトルとか出せてやれないし、あんまり外にも出してあげられないかも知れねーぞ?」
「みゅー」
こくりとミュウツーは頷き、これではもう、俺は何も言えない。
わかったよ、と立ち上がり、すっと手を差し出してよろしくなと言えば、ミュウツーは戸惑いながらも俺の手を握り返した。しかし、だ。
「ロケット団、か」
ミュウツーの記憶を覗かされたことで、気になることが増えた。もしかしたらレッドの失踪には、今はもう解散しているが、ロケット団が関係しているんじゃないか? 行方知れずになる前は、あいつは恨みを募らせた残党に襲われたことだってあるのだから。
「……確かめてみる必要があるな」
これが少しでもあいつを見つけるための鍵になればいい。
また新しいポケギアを取り出し、画面にグリーンと表示されたならば、俺は躊躇うことなく発信ボタンを押した。
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