あいつの縁も広い
実力差を痛感している余裕なんかもうなかった。ただがむしゃらに、レッドを殴るために努力で足りないものを埋めた。
手始めにチャンピオンリーグに乗り込み、四天王とワタルさんをぶっ飛ばした。俺の猛攻に彼らはドン引きしていたが、事情を知れば手がかりを見つけたら連絡すると協力を申し出てくれた。小さな一歩、されど前進であることに変わりはない。協力してくれるのは素直に助かる。
次に俺が向かったのは各ジムリーダーの元だった。どさくさでリベンジされつつも彼らをぶっ飛ばし、事情を説明して連絡先を得る。ジムリーダーたちもレッドのことを心配しており、あいつの縁も広いのだなと感心した。
レッドとは親しかったマサキの元を訪れた。マサキもまた、レッドの行方に顔をしかめる一人だ。
「ジョウトに行くって聞いたっきりや。悪いけど、力にはなれそうにあらへんな」
「いや、いいよ。いきなり顔出して悪かったな」
「いんや、かまわへん。あ、せや、わいの連絡先教えとこか?」
「助かるよ、是非頼む」
「…………そういえば、ハナダの南に洞窟があるん知っとるか? めったに人の踏み込まんらしい、天然もんの洞窟やねんけど」
「洞窟? それがどうかしたのか?」
「最後にレッドと連絡したんは、レッドがその洞窟探索したあとやったってのを思い出したんや。野生ポケモンも野生や思えへんくらい強ぉて、なんや凄まじいもん見たらしいで」
「何を?」
「さぁなぁ、そこまでは教えてくれへんかった。ただ、あそこはそっとしておくのが一番やて。あいつの見たもんが何かは知らんけど、手がかり探すなら行ってみたらどうや? アサギの手持ちなら野生ポケモン強ぉてもイケるやろ」
「…………そうだな。明日にでも行ってみるわ」
「おう、無茶せん程度に頑張りぃ」
ポケギアを仕舞い、岬を後にする。マサキは今度、実家のコガネに帰省するらしい。ジョウトも回るつもりだと言えば教えてくれたので、コガネに立ち寄ったときには顔を出してみようかと思う。
次の日。ゴールドスプレーやら何やらをたんと買い込んだ俺は、ハナダの南に位置する洞窟を訪れていた。ここにくるまでは酷い獣道で、途中出会ったサイキッカーから「洞窟は危ない」と警告を受けていたこともあり、慎重に深部へと足を運ぶ。
前世の記憶が薄れているのは仕方のないことではあるが、忘れていることを悔やんだ。こういうところに何があったのか、もしかしたらゲームで知っていたかもしれないのに。
奥に進むにつれて野生ポケモンたちや手持ちがざわざわと忙しなくなっていく。俺自身の直感も警鐘を慣らしていた。キケンだ。アブナイと。それでも、レッドを殴るためには前へ進まねばならない。
そうやって警告を無視して進んだ先に――
――爛々と光る、凍てつくような紫の眼を見た。
「うおおッ!?」
懐中電灯の光に照らされたその姿を認めた瞬間、ほとんど経験による直感からの反射で地面を蹴る。直後、凄まじい破壊音が蹴った場所から響き、砂や岩の欠片が頬や腕にパシパシと当たった。俺はひとつ、本能で掴んだモンスターボールを解放する。
「マルマイン! フラッシュ!!」
「ジジジジジ……!」
「みゅっ!?」
マルマインが放った即席の灯りが洞窟を隅々まで暴き出す。眩しさで白む視界をなんとか使いフラッシュに目をくらませた敵の姿を改めて見た瞬間、心臓がどくりと激しくわめいた。
滑らかでありながらも骨ばった胎児のような薄紫の体。紫の長い尾に、三本しかない指。全身から渦巻くエスパーの力とプレッシャー……実際に目にするのは初めてだが、そいつの名前はたった今記憶から鮮明に掘り起こされた。
「ミュウツー……!!」
マサキの言っていた、レッドが見た凄まじいものは。まさにこいつしかいないだろうと確信したと同時に。勝てない、逃げねばならないという使命感が生まれて頭をもたげた。
「みゅううう……!」
「ッマルマイン、スピードスター!」
ミュウツーが充填する念の力に危険信号が点滅する。必ず当たる技をマルマインに命じれば、マルマインは躊躇うことなく光の欠片をいくつも放った。偶然か、速さで勝てたことによりスピードスターは真っ直ぐにミュウツーに突き刺さる。が、ミュウツーはやはり戦闘特化のポケモンらしくケロリとしていて、口端が引きつった。スピードスターを食らっている間に完成したらしいサイコキネシスが無数のエネルギー弾となりマルマインを襲う。応用が利くサイコキネシス敵に使われるとマジ厄介だな! 素早さが特化しており特防は決して高くないマルマインが、たった一回の攻撃で目を回したのを見て現実逃避のように思った。
手持ちは残り四体。フシギバナ、クロバット、カブトプス、デルビル……先日孵ったばかりのデルビルを出すのは流石に良心が痛むので実質三体。俺の自慢の手持ちはこれだけだ。戦闘要員は四体でカントージムもチャンピオンリーグも制した。こいつらが信用に応えてくれたから、勝ち進み続けることができた。
勝てるかね、という疑問が生まれるが、否。勝たなければならないのだ。強いて言うならば勝ちはせずとも負けてはならない。
幸いなことに、これは野良バトル。公式戦では、ない。ので、
「頼む、三人とも!」
袋叩きにしようが文句言うやつはおるまいよ。
カブトプスで切り込み、さらにクロバットで翻弄して攻撃しつつフシギバナにクロバットの補佐。完璧な布陣だ。思った通り、敵が複数となりミュウツーの狙いも上手いように定められなくなった。
最強を謳われるとはいえやつも生き物である。じわじわと体力の削られていくミュウツーの表情に焦りと苛立ちが滲むのを見つけて、計画通りとほくそ笑んだ。
別に倒せなくてもいい。体力回復のために奥にでも引っ込んでくれたら万々歳、俺は喜んで穴抜けの紐を使わせていただこう。
しかしながら、現実とはそう甘くはないわけで。
「みゅうっ……!」
「――じこさいせいか!」
器用にも念の壁で攻撃を阻みつつ自らの傷を癒し始めたミュウツーに、思考から余裕が消えた。
「カブトプス、かわらわり!!」
すぐさま治癒を妨害させようとカブトプスに壁を破壊させる。が、次に回復に転じていた筈のミュウツーがにやりと笑ったのが見えて肝が冷えた。そして気づく。じこさいせい囮だわ。
「カブトプス逃げ――!」
けれどもミュウツーの攻撃はカブトプスよりも速く。力なく横たわったカブトプスをボールに引っ込めながら必死に考えてクロバットとフシギバナに指示するが、フシギバナ、次にクロバットと次々にミュウツーの技を食らい倒れていった。
「マジ、かよッ……!!」
ミュウツーが次に見据えているのは俺。やべえ殺られる。強すぎだろミュウツー。レッドマジ恨む。
そう歯軋りしつつ俺が生き残るために思い付いたただ一つのこと。それは。
「こんなとこで死ねるかあーーっ!!」
空のモンスターボールをピッピ人形の代わりに相手にぶん投げる事だった。相手が戦闘兵器とはいえ、もしかしたら時間稼ぎにくらいはなるかもしれないじゃないか。ほとんど賭けで悪あがきではあるものの。
俺の突拍子もない行動に、ぽかんと宙に浮くボールを見つめるミュウツーに隙キタコレと内心ガッツポーズ、次に俺はミュウツーに背を向けて一目散に駆け出した。必死すぎて穴抜けの紐を使うことなんて考えていなかった。
しかしである。次にカツーンという音と共に音沙汰なくなった背後の戦闘兵器。十歩ほど走ったところでふと足をとめて振り返る。恐ろしいほど静かなそこにえ、と俺は首を傾げる。なんかボールが壊れる音とか、したっけ。
えっ? いや、まさか。そんな。まさかね。と思いながらも好奇心に負けて踵を返せば。
「……それでいいのかよ、最強…………」
静かに佇むモンスターボールが、ぽつり。
←/
→/
表紙
top