ほら、こんなにも君が好き


ふと目を覚ましたのは、丁度日付が変わって三時間ほど過ぎた頃だった。本格的に冬へと移行を始めた気温に軽く身震いしてから布団を首元まで引き上げて、壁へと向けていた体を寝返りをうって動かした。

瞬間、心臓が止まった。

いや、実際は止まったのではなくてひときわ大きく、そして速く脈を打ったくらいだろう。それでも心臓が止まった、と勘違いするくらいそれは衝撃的だったのだ。肺が固まったように呼吸を忘れてしまって、息苦しさに急いで酸素を取り込みながら、叫び声をあげる代わりにゴクリと喉を鳴らした。


(そ、か。昨日はコイツ泊めたんだっけ)


俺のすぐ隣ですぅすぅと規則正しい寝息をたてるのは、普段は驚くほど影が薄く、しかしコート内では誰よりも頼れる俺の相棒だ。そして、俺が絶賛片想い中の相手でもある。

昨日の放課後、部活を終えた後に黒子は「火神くんの手料理が食べたいです」と唐突に言い放った。いきなり何を言うのかと呆れもしたが、そこは惚れた弱味というかなんというか、結局断りきれずに家へと招いたのが始まりだ。夕飯を食べ終えてからは必然的に部活の話になり、そして話は黒子が見逃したというバスケ試合の生中継の話へと変わっていった。そしてその生中継を録画していた旨を伝えると、黒子はキラキラと目を輝かせて見せる。黒子は表情が乏しい。それでも近頃はその乏しさの中から小さな表情の変化に気づけるようになった。誰に自慢するわけではないが、その事に少しばかり優越感を感じていた。


「まだ残ってっから見っか?」


表情を弛めながらそう提案すれば案の定、黒子はコクコクと頷いて。そして二人揃って生中継を見ていたのだが、それを見終わる頃には空は燻り、土砂降りの雨を降らしていた。確かに学校から帰る際もあまり天候は良好と言えなかったが、ここまで悪天候になるとは。俺の家から黒子の家はけっこう遠い。時刻も時刻で外は真っ暗だ。


「…………あー、黒子」

「はい」

「その、……泊まるか?」


今思えばよくそんか台詞をすんなり言えたなと感心してしまう。きっと布団に入るまで、いや、入ってからも俺は酷く挙動不審だったことだろう。未だにバクバク煩い心臓を抑えながら、つい数時間前のことを思い出して我ながら呆れてしまった。


(つぅか、なんだこの状況……)


暗闇でも分かるほど白い黒子の肌がティーシャツの首元から覗いて見えて、視線のやり場に困った俺はきょろりと辺りを見回した。何故黒子が俺の隣で寝ているのだろう。俺の記憶が確かならば、コイツは俺のベッドの隣に敷いた布団で寝ていたはずなのだ。いったいいつの間に……。


「…………ちぃさ」


盗み見るように視線を黒子へ向けて最初に口から出たのはそんな言葉。俺の服を貸しているから余計にそう見えるのかもしれないが、本当に、今の黒子はとても小さく見えた。きっと抱き締めたら俺の腕の中にすっぽりと収まることだろう。


「くろこ、」


名前を呼ぶ。もちろん黒子から返事はこない。それでもキュンと甘く痺れた胸に目を細め、黒子を起こさないようにサラサラと流れる髪を撫でた。俺のそれとは正反対に柔らかで細っこい髪は、何度撫でてもスルリと俺の指からほどけていく。

前髪を摘まむようにして軽く引っ張れば、それは閉じた長い睫毛に触れそうな程延びていて。そろそろ切らなければ目に入ってしまうのではないだろうかと思いながら苦笑を漏らした。そう言えば近頃黒子は良く前髪を指先で摘まんでいた。もしかすると彼自身、そのことを気にしていたのかもしれない。摘まんだ髪から手を放し、白い額を露にするように前髪を払えば幼げな寝顔が現れる。そんな寝顔に頬を弛め、柔らかな頬を撫でた。


「…………ん、ぅ」

「っ!」


不意に漏らされた声にビクついた。意識のない相手に触れていた罪悪感からの反応だったのかもしれない。条件反射のようにパッと手を離せば、黒子はゴロリと寝返りを打って俺の胸へと体を寄せた。

目を覚ました時のように、また心臓が一瞬止まる。


「っ!マジかよ……っ」


こんなん生殺しだ。カァッと熱の溜まる顔と体。ドキドキと苦しく、煩い程に鳴り響く心音で黒子が目を覚ましてしまうのではないかと動揺してしまう。手を伸ばさずとも抱き締められる距離に黒子がいる。その事実にどうしようもなく緊張して、軽く息が上がってしまった。それを落ち着かせる為に震える長い呼吸を繰り返せば、目の前の黒子の髪がふわりと揺れる。


「……ん、か、がみく」

「っ、くろこ?」


ピクッ、と肩を軽く揺らす。もしかして起きたのだろうか。そんな思いで名前を呼ぶが、返ってきたのは軽い呻き声。どうやら珍しく寝言を呟いているらしい。


「いっしょ、……ほ、いち、に」


一緒に、日本一になりましょう。

とても小さな声。それでも酷くはっきりとそう告げられた言葉に息をつめる。寝言というのは本人の心の内を素直に吐き出したものだと、どこかで聞いたことがある。つまり、黒子は日本一に、俺と共に日本一になることを望んでいるということ。その事実がどうしようもなく嬉しくて、さらに熱を増した顔を、軽く目元を隠すように片手で覆った。あー、クソ。こういうところがすげぇ好きだ。

指の間からいまだくっついた状態の黒子を見下ろせば、堪らなく愛しさが溢れてしまって。少しだけ、と言い訳のように頭の中で呟いて頬を柔らかな髪へと寄せた。


(あー、やっべ)


好きだ。どうしようもなく。

擦り寄せた髪から香るのは俺が使うシャンプーの香り。普段は安心するような香りだというのに、黒子自身の体臭と混ざると何故か甘く香るような気がした。


「…………好きだ、テツヤ」


呟いた言葉は冷たい部屋の中の、暖かな布団の上で弾んで消えた。きっとこの言葉は黒子に告げられない。それでも簡単に消えてくれるような軽い想いでもなくて……。

俺よりずいぶん小さな体に腕を伸ばし、ぎゅう、と抱き締める。思っていた通り、黒子の体は俺の腕の中にすっぽりと収まってしまったから、余計に愛しく感じてしまった。


「っ、くそっ」











ほら、こんなにも君が好き
(悔しいくらい、君を想うよ)











泣きそうなくらいにお前が好きだなんて、ぜってぇ言わねぇ。んな女々しいこと言えるわけねぇ。

誰にも言わねぇけどたぶん、これが俺の初恋なのだ。











2012.11.18

火神くんの片想い美味しいですまぐまぐ。

なんか箕浦の書く攻め子はどいつもオトメンだな!と近頃思います。でも超乙女な攻め子美味しくないですか!?

あれ?私だけ?そんな馬鹿な!!

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