1秒後の未来


「ゾロが好きだ」

「……は?」


不意に聞こえたテノールは、ポツリと小さな告白を溢した。それは波音にかき消されそうで、しかしいやにはっきりと俺の耳に入ってきたから、それを「聞こえなかった」という言葉で言い逃れる事はできそうになかった。いや、きっと聞こえていなくても、この船長の発言やまっすぐすぎる瞳からは逃れる事はできなくて、すぐにまたその言葉を告げられた事だろう。


「………俺も嫌いじゃねぇよ」


それは素直な想いだった。ルフィの事は船長として敬意の念もあるし、仲間として力や、他もろもろも認めてる。だからこの言葉は嘘じゃねぇ。だけどこの答えはきっとコイツが求める答えではなくて。その証拠にルフィはらしくない、影を落としたような苦笑を漏らしていて。その顔を見た瞬間、もっとはっきりと答えるべきだったと後悔した。ルフィはわかってんだ。俺がわざとその答えを濁らせた事を。そしてそれを知りながら、咎める事も、いつものように子供っぽく駄々を捏ねる事もなく、寂しげに、儚げに笑って見せたのだ。


「俺はゾロが好きだ。キスしたいくらい。エッチしたいくらい。俺はゾロが好きだ」

「……俺もお前が好きだ。けどそれは仲間としてだ。男を抱くとか、ましてや抱かれるなんて考えられねぇ」


だから、ごめん。そう言って視線をそらせば、ルフィはふっと声を漏らして俺の傍に歩み寄る。気まずいながらも視線をルフィに向ければ、予想に反してソイツはすっきりとした顔をしていたから拍子抜けした。


「ししっ、別に今はそれでいいよ。充分すぎるくらいだ」

「……わりぃ」

「謝んなっつーの。つーかゾロは覚悟した方がいいぞ!」

「は?」


何をだ、と顔をしかめながらそう言えば、ルフィはスッと小さく背伸びをして不意打ちに俺の頬へ唇を寄せる。ちゅっ、というあまりに可愛らしいリップ音を鳴らしたソレは、思っていたよりずっとずっと柔らかだった。


「俺は海賊だからな。ゾロの《キモチ》も海賊らしく奪ってやる!」


だから覚悟な!そう言って笑った我が麦わら海賊団船長は、呆けた俺を放ったらかしにグル眉コックの昼飯を告げる声に反応してさっさと部屋の方へ掛けていった。「メシメシッ」と楽しげな声からは、先程までのどこか甘いような雰囲気は感じられない。一瞬白昼夢かと思ったが、頬に感じた柔らかな唇の感触は確かに俺の中に残っていて。無意識に高鳴り出した心臓は、まるで俺の心だけを取り残しているような気がした。いや、それより重大だったのはあの柔らかな唇にキスしたらどれ程気持ちがいいのだろう、と考えてしまった俺の頭だろう。


「……あー、クソ」


まさかそんな。こんなのあんまりだ。ドクドクと激しさを増す脈拍を意識してしまえばもう後の祭り。まるで倒れるかのような勢いでしゃがみこめば、頭に血が昇りすぎでクラクラした。ヤバイヤバイヤバイ。これは確実に顔が赤いに決まってる。


「断ってから気付くとか、マジありえねぇだろ」











1秒後の未来
(もうキミに夢中!)











顔に溜まった熱を冷ますために甲板でジッとしていると、後ろの方からルフィが声を張り上げる。


「ゾロー、早く来ねぇとゾロのメシくっちまうぞー!」


すでに何かを口に含んでいるのだろう、ルフィの声はモゴモゴとしたものだった。肩越しにチラリと後ろを振り向けば、口いっぱいにモノを溜め込んでキョトリとしたルフィが見える。そんな姿はいつも目にしているはずなのに、何故か急に可愛く見えて。


(くそっ、勘弁してくれ!)


俺は盛大に溜め息を吐いて青すぎる空を仰いだ。











2012.04.10

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