僕たちはくすんでゆく
「…なぁ、なまえ」
昨日の徹夜もあって、よほど疲れていたのだろう。カクさんは私がお風呂から上がると既に寝てしまっていた。
はずだった。
ベッドへ腰掛けて髪を拭いていると、急に後ろから抱きしめられてしまった。一緒に暮らし始めて何年か経っているけれど、こんな風なことをされたのは初めてだった。
「起きてたんですか」
「ちょっと目が覚めてな」
「明日も早いんでしょう?ほら、ねんねんころりーねんころりー」
「ちょ、髪をわしゃわしゃするのはやめんか」
話がしたいんじゃ。
戯けて話を逸らしてみたけれど、簡単に捕まえられてしまった私の手。だって、こんな真剣な顔で向き合ったこともなかったのに。どうして、
「…なに、」
「…すまん」
ふう、と一息ついて、手を掴む力が緩められた。それでもまだ、私の手は彼の手の中にあった。
「…お前は、わしのことが好きなのか」
「…私も、今日そういうこと考えてました」
「わはは、奇遇じゃな」
「ほんと、似た者夫婦みたいですね」
ぎすぎすしているわけでもなく、ぎこちない空気になるでもなく、ただ緩やかな空気がそこにあった。沈黙が続いて、家の裏の水路を流れる水の音も聞こえてくる。
ぬるま湯に浸かっているような、そんな心地よさ。友達以上恋人未満のこの関係が、私は好きだった。ここでどちらかが好意を口にすればこの繋がりは切れてしまうのだろう。でも私は、
「カクさんのこと、正直、恋愛的に好きではない、と思います」
「…はは、思いますってなんじゃ」
「でも、でもね、一緒にいて、暮らしてて、楽しいんです。過ごしやすいんです」
カクさんの目が私をずっと捉えている。まつ毛本当に長いんだなぁ。こんな近くで見たことなかったかもしれない。
「…そうか、ちょっとスッキリした」
「私だけ言うのはせこいですよ」
「わしも、なまえと同じじゃ」
ごく自然に、キスをされた。そうしてそのまま押し倒されてしまう。ああ、これでもう心地よかった関係には戻れない。
お互い息が乱れる頃、カクさんが耳元で小さく囁いた。
「好きじゃ、なまえ」
→