その壱



チチッと鳥の声が聞こえる。
目覚ましよりも早く鳴るこの声に、紫月は目を開けてしまった。

「ぅぁ…朝ァ?」

不機嫌そうに黒い髪をかきむしり、大きなあくびをして布団から出る。今日は婆ちゃんがまだ旅行から帰ってきていないから、朝ご飯はトーストでいいや、サラダはめんどくさいからキャベツ千切りにしてめんつゆをかけて食べよう。なんて思ってパジャマ代わりのスウェットを脱ごうとした。

「あれ…?」

カーテンを閉めていて部屋が薄暗いのはわかるが、これじゃあ暗すぎる。まさかと思い携帯で時計を確認すると、二時四十四分、 真夜中だ。
盛大に舌打ちをし、パチンと携帯を閉じてポケットに突っ込む。変に目が冴えてしまった。これじゃあ二度寝もできやしない。

「…散歩にでも出るか」

ド田舎じゃ変質者すら出ない。人がいないと言うのはある意味最大の防犯かもしれない。
ガラガラと引き戸を開け、スウェットのまま深夜の田舎道を歩く。村の端っこにあるこの家は少し歩かなければ近所のうちにすらたどり着けない。周りは田んぼやら森で囲まれてる。
森、そうだと思い出した。
前一度、婆ちゃんと行ったことのある神社に行ってみよう。あそこは婆ちゃんが小さい頃からよく行く言わばお気に入りの場所で、紫月自身も小さい頃から話には聞いていた。そして、引っ越してきた時に一度連れていってもらった場所。ワクワクしてきた。

「あ、」

チラリ、視界の端に青白いものが見える。
その方向を見ると案の定、火の玉が浮かんでいる。ひとつだけではなく、3つ4つと円を描くようにしてフワフワ浮かんで動いている。

――久しぶりに見たなぁ

別に動じることもなく、まるで秋にトンボを見たような気持ちでその場を通り過ぎた。

紫月は異常なまでに霊感が強かった。
幽霊が夜にしか見えないなんて嘘っぱちで、昼間ですらはっきり見える。憎悪の塊の女の幽霊やただの無害な地縛霊。壁から半身出ている髪の長い女…見たくないものを嫌と言うほど見続けてきた。もちろん、ある日突然それが無くなるわけでもなく、今でもハッキリみえている。故に騒ぐことも驚くこともなかったのだ。

――でも、火の玉はホント久しぶり

なにかありそうだと、夜だからか不思議なテンションで楽しくなってきた紫月の足取りは軽くなり、小さな神社へ向かって歩き出した。

神社は森と村の堺のように大きな、それこそ大人三人が手を繋いでやっと周りを囲めるような大木の元にある。紫月の家から歩いて約6分。古びた小さな神社は正月ぐらいにしか思い出されたようにして人が来る程度だ。

「…立派な木」

そっと手を木に当てる。
太くたくましいその幹は、自分よりもずっとこの村を見続け、これからもそうしていくのであろうと感じられた。

突然ピリリッと、背中に電気が走った。

理屈じゃなく、今まで科学の価値観から外れたものを見てきた紫月だからこそわかる、これは間違いなく人成らざるものだと。
恐る恐る振り返る、するとそこにはこちらを凝視している狐の耳をした青と白の髪の奴と、真ん中分けの一つ目がそこにいた。

「えっ…?」
「は?」
「え!?」

3人は眼を合わせ、言葉を放つ。

「誰?」
「うそ、でしょ」
「見えてるの?」

深夜二時五十分、私は人生で初めて「妖怪」に出会いました。

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