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27

SIDE:リヴァイ

ざあと、雨滴が窓を打ちつける音で、沈んでいた意識が泡のように弾けた。
窓の外に目をやると、窓枠に切り取られた風景が雨煙に覆われ、薄布をかけたかのように灰色に町は沈んでいた。朝から、肌に纏わりつくような鬱陶しい空気だとは思っていたが、ついに降り出したようだ。静かな部屋の中、耳に煩いような、あるいは優しく響く雨音は、どこかエーリカの声を思い起こさせた。

窓から目を離して、机に肘をつきながら、水気を吸って湿気った資料に目を向ける。エーリカの討伐実績の書類だ。

結局迎え入れることとあいなったエーリカの、肝心の戦績はというと――――――討伐実数2体。
エーリカの立体起動の扱いこそ巧みであっても、刃の扱いをはじめ、単独の討伐力に結びつく力は終ぞ付くことはなかった。それなりには扱えるのだが、あくまでそれなり。

結論として、エーリカはどれほど鍛錬を積もうと、2刃流を扱う才がない。もとよりその素養が欠けていた―――というよりは、対人戦闘の際の短剣等には長けていることから、すでに刃を扱う基礎が体に叩き込まれていたのだろう、とリヴァイは推測した。そして、体に染みついたその癖は抜けない。いやたとえ抜けたとしても、いざという時に、その癖が足を引っ張るだろう。ならば、最初から期待せずに、長所を伸ばした方がよいだろうと周囲も判断したのである。


対して討伐補佐実数は、――――40体強。
つまり、エーリカは遠距離から他の者よりも余分に備え付けた装備―――飛び道具等で巨人の視界、及び機動力を奪う、その一点に特化しているのである。

その代わりに、エーリカの装備は調査兵団の誰よりも特別で、誰よりも装備の重量があり――――そして誰よりも金がかかった。

腰に下げるのは、みなと同じくガスのボンベと刃の収納鞘。そして刃と同じように操作装置に装着できる、クロスボウと、返しのついた特殊な矢じり。その他、爆発物等々。恐らくは、エーリカ以外にこれほど高価な重装備を使いこなせる人間などおりはしないだろう。なぜなら、これらの装備はたまたまエーリカが射手としての才に優れていただけで、修練には相応の時間が必要となるため無駄な時間を食うどころか、その重みで立体機動の長所をそぎ落としかねないからである。つまり、普通にブレードをふるった方がより効果的なのは自明の理である。


だが、その無茶を押し通せるのがエーリカの成果。エーリカは射手としての才と、とっさの判断力は目を見張るものがあった。そんなエーリカの視野の広さによってなされた討伐補佐は、所属班の致死率を常に1割以下に落とした。また、調査兵団内と比較して、エーリカの班および、それに隣接された班の生存率の高さは群を抜いていた。それは快挙といってもいいほどの戦績といえるだろう。


その実績の前にも、当人のブレードの扱いの拙さ、ガスの容量など些末なこと。ガスがなくなるというなら、専用の補給班を整えればよい。元より戦力面で劣っているエーリカは、一か所から動くことは少ないからだ。そして、エーリカにはそれだけの価値があった。単体ではなく群体。集団でこそ力を発揮する、群体を統べる女王蜂。強いとは到底言えないエーリカこそが群体の目であり、司令塔であり、要なのだ。女王が針を撒き散らし、獲物を刈り取るは兵士たち。末端がどれほど散ろうとも、女王さえ生き延びていれば、新たな手足を動かして成果は出せる。女王蜂と異なる点は、座して勝利の蜜を受け取るだけではないという一点だけだった。

エーリカは、そのはじめこそ、誰かの手によって作り上げられた偶像(ピエロ)でしかなかったが、その偽りの看板を背負うに相応しいだけの成果を為したのだった。


だが、何よりも特異はことは、とリヴァイは記憶を脳内から掘り起こしながら、一層強まる風雨に晒され軋みを上げる窓枠に手をかけた。雨にけぶる窓の外へと、ふと考え込むような瞳で瞳を落とす。


エーリカには新兵にありがちな動揺というものが全くなかった、ということだろう。
新兵と、経験者の違いはその精神の練度にある。目の前で、同僚が食い散らかされ、次は自分がその餌食になるという極限状態。何をもって安全と判断するのか、取捨選択の基準すら備わっていない状態。たとえどれほど成績がよくとも、新兵の半数はそこで、普段の力を出し切れずに巨人の口の中へと消える。

だが、エーリカは奇行種に班長を食われるという異例の初陣にして、エーリカは動揺する班員らに、的確な判断を下して逃げ切った。空恐ろしいほどに的確な取捨選択をもって。そう、先ほどまで言葉をかわしていた仲間の血が雨のように降る中でも、微塵も揺らぐことのなく、救える命だけを掬い取るという冷静さを保っていたのだ。

そんな、調査兵団からすればいつもと同じ。地獄の底をさらうような遠征の後、エーリカはペトラに縋りながら泣きじゃくっていた。新兵の誰もが、失われた命にではなく、生き残れた事実と、その恐怖に呆然とただ体を投げ出す中で。
その姿はどうしようもないほどに人間だった。
愛し、悼み、その失われた命に涙する。誰もがその姿に、人としての姿を思い出して

――――だからこそ、その異様さが際立った。誰も違和感を感じなかったようだが、リヴァイの目はごまかされなかった。
もちろん、エーリカは嘘はついてはいない。
ただ、純粋に嘆いている。
だからこそ、おかしいのだ。

なぜ、誰も気がつかないのか。その異様さに。初陣にて新兵の越えなければならない山は二つある。初めに生きて帰ってくること。そして次が、帰ったのちに、人としての尊厳を保ったまま、再び立ち上がれるかと言うことだ。

目の前で同僚が巨人の口内で無残に咀嚼される姿を見たあと、どれだけのものが人として尊厳を保ったまま、他人の死をいためるだろうか。
その惨劇を見て精神を食われる人間だって少なくはない。あるいは、命惜しさに同僚を見殺しにしたという無力さに心を裂かれる者もいるだろう。そして、あの口内に飲み込まれるのは、自分だったかもしれないという悪夢に心を切り刻まれて、戦えなくなることも可笑しくはない、エーリカが直面したのはそんな惨状だったのだ。

だというのに、そんな中でエーリカはただ純粋に失われた命に涙し、そして誰よりも早く立ち直った。

リヴァイが見たところ、エーリカの心がことさら強い……というわけではないだろう。感情に起伏がないわけではない。ただ、その感情の許容範囲を越えれば、普段の行いに支障が出るからと言わんばかりに、エーリカの感情は一瞬で切り替わった。それはある種機械的にも見えるほど。目を伏せ、涙し―――それで終わり。揺れた感情は尾を引くことなく、咀嚼され、単なる過去へと追いやられた。極端な感情の切り替え。中間色のない、白と黒。

それが、異様だとは言わない。表向きそう振る舞っていたからと言って、当人の心の裡までそうであるとは限らない。物事にはタイミングがある。嘆くべき時に泣き、悼むべき時に祈る。そうして己の心の整理をつけるのだ。だが、その己の感情の切り替えは、調査兵団が何人もの同胞を見送ってようやく手に入れるもの。そんなものを、最初からエーリカは身につけていたのだ。

つまるところ、彼女には才能があった。
それが本人の気質に合っているかは別としてだが、――――戦闘のための。

だが、普段のエーリカにはそんな血生臭い才能の片鱗など欠片も見受けられなかった。噂通りの、明るく力強い光を湛えた目をした娘。朗々と響く涼やかな声。血の香りどころか、なんの香りも纏わずに、己の意志以外になんの束縛も受けることのない女。清廉さを表すような真っ直ぐな立ち振る舞い。それでいて、ふとした瞬間に感じられる匂いたつように女らしい仕草。―――そう、調査兵団の誰に聞いても、大体が以上のうちのどれかに当てはまると、口をそろえて語られる女。

―――その姿に、妙な違和感を覚えたのが始まりだった。

噛み合わない歯車が軋むような感覚。見ている姿と、感じた認識の間に感じる落差。食い違ったような妙な違和感。明確な言葉にできるものではないが、何かが間違っているという確信だけがある。どれが本物の彼女なのか、などとつまらない考えすら浮かびそうになる。その答えの出ない齟齬に、もどかしいまでの葛藤がこみ上げる。元より、リヴァイは自他ともに認める潔癖症だ。だからというわけではないが、あるべきものがあるべき場所にないような違和感を放置できなかったのかもしれない。

なぜなら、エーリカの姿は先に語られた一面だけではない。エルヴィンも一目置く、権力という腐海を泳ぐ渡る能力。豚どもを手玉に取るしたたかさ。血臭漂う戦場に自ら身を投じる好戦さ。―――ほんのたまにみせる、どこか危なげで、放っておけば破滅への道を歩き出してしまいそうな脆さ。………そしてふとした瞬間に零される迷い後の様な表情。リヴァイには華やかな戦士としての顔が、冷徹な計算をはじき出す商人としての微笑が、すべて仮面のように見えてならなかった。周囲を欺き、そして当の本人すらも気付かずに偽っている仮面。

硝子のような容姿。鋼のような心。一見単純そうに見え、万華鏡のように多くの顔をもつ、恐ろしくとらえどころのないその姿。
瑕一つないようにも見えて、穴だらけのそれ。
だからこそ、リヴァイはエーリカが気になって仕方がなかった。

そんなたった一つの違和感から、ことあるごとにエーリカを観察し始めたのがきっかけだ。一体こいつの本心はどこにあるのか、エルヴィンが信じに足る価値があるのか。あるいは―――本当のエーリカの顔がどこにあるのかと。

そんな自分でも理解のできない感情は、時を経るにつれ、暴いてやりたいというこみ上げる衝動にも似た、言葉にできないなにかへと変化していった。それもこれも、変に隠されているからだろう。

そう、だから、……あんなものを見てしまったのだ。

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エーリカは機動力を捨てて、攻撃力を得た!立体機動の長所を全力で殺している!!

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