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24

躾には痛みが利く。
それがリヴァイの持論であり、それがより多くの人間に共通する理だろう信じていた。だが今回、極めて残念なことに、それも個体差があることを思い知らされたのであった。


リヴァイは兵士として相手に対して厳しく教育はしても、男女差というものを忘れたことはない。だからこそ、曲りなりとも女であるエーリカに手加減はしても、その躾に手心を加えた覚えはなかった。なによりそれが、エーリカの命を守るものだと確信していたからである。

だが、エーリカにとって、痛みとはのど元を過ぎれば忘れる程度のもの。といよりも、こと物理的な痛みに驚くほど耐性があったのだ。痛みに鈍いというか、まるで慣れているかのようなそれがまた、リヴァイの癇に障った。

何が言いたいかというと、つまりは―――――リヴァイの躾は全く効果を為さなかったのである。


そんな、リヴァイの関心と努力をよそに、エーリカは自分の長所と短所を等しく伸ばした。誰よりも早く飛び、誰よりも周囲を把握し、……そして誰よりも早く地に落ちた。

とはいえ、エーリカは周囲を見渡せない阿呆でも、あるいは猪のように無策で飛び出していく馬鹿でもなかった。いや、むしろ、冷静な判断力に応じてガスの容量をはじめとした、その戦略を巧妙に計算していると、リヴァイは判断した。直情的に向かっているようで、すべて自分の制御下で理性的に動く。そう―――周囲に同僚がいる、あるいは自分が助けられるであろうことを見越したうえで、……と言ってもいいほど計画的に使い切っていたのだ。


そんな、一向に欠点を改善できないようなエーリカの行動が、今なお問題視されないのは、結果的にその働きで助けられた者の方が多かったからである。あらゆる局面で、一番命の危機にさらされているはエーリカであり、そしてそのおかげで救われた命が、客観的な事実として両手に余るほどにあったからである。



SIDE:エルド



数体目の巨人の項を、切れ味の鈍った刃で力任せに刈り取る。その末路を見届けずに、ガスを噴射してこちらに手を伸ばしてくる巨人たちの合間を縫って、距離を取る。巨人たちに囲まれて、班員の連携は分断。結果的に各個撃破と来た。先ほどまで共に戦っていた、同僚の戦う音すら聞こえない。その事実に、心を痛める暇もなく、巨人たちは建物の隙間を縫って、迫りくる。

一端、距離を取らなければ。
そう考えて、エルドは、アンカーを射出して、最高速度でその場からの離脱を試みる。
だが――――

「なっ―――!」

ぱすっ、腰元から聞こえる掠れたような音が、妙に大きく聞こえた。
瞬間、身体が大地に引き寄せられるように落ちてゆく。命綱であるガスが切れたのだ。景色が下から上へと流れていく。そして

「――――ぐっ」

体をひねって、自滅を避けるように受け身を取った。土煙を上げながら地面を滑るように転がって勢いを殺す。
背中は痛むもののどうやら、辛うじて生きているようだ。
だが

「おいおい、そりゃないだろ」

壁外において、ガスが切れた時点で、死は決定している。だというのに、無意識に受け身を取ってまで長らえようとした自分の生き汚さに、我ながらあきれ果てる。

そう、枯れた声で笑いを零しながら、エルドは壁に手をついて立ち上がる。
そして、顔を上げた先には

『―――まあ、そうなるよな』

7メートル級の巨人2体が、にたりと張り付いたような気味の悪い笑顔で、眼前の獲物を見つめる。圧倒的な死の具現。もはや零す言葉すらなく、一歩後ずさったエルドに、巨人は地響きを上げて、ゆっくりと足を踏み出してきた。

周囲に人影もなく、絶体絶命。いや、例えいたとしても、この場合は見殺すのが得策だろうな、とエルドは痺れたような頭で考える。そう言った、冷静な判断を下せないものから、死んでいくのだ。そして、今まで自分も、似たような判断を下したからこそ、ここまで生き残ってこれたのだ。
――――まあ、それも、ここで終わりだろうが。

そうして、せめて人として死ぬために、自害すべきなのだろうか、と迫る絶望から目をそらすように、目蓋を閉じた瞬間―――

高く貫くような音を立てる空気の振動と、巨人の雄叫びが聞こえた。
はっと、顔を上げるとそこには蒸気を吹き上げながら、両手で眼球を押さえている巨人たち。そして――――

「―――――よぃしょ、っとぉ!!」

視界の端から地面すれすれを駆ける人影。
それを確認した瞬間、腹部に強烈な衝撃と同時に身に覚えのある浮遊感を感じた。

「―――はっ?」

浮き上がる身体。耳元で風が、音を立てて鳴る。ワイヤーが悲鳴を上げながらも、巻き戻される音。この浮遊感、そして疾走感。ふわりと香る、風のように涼やかな匂い。そして、風にたなびく黒髪とそれに反するような白い横顔。


今、最も調査兵団において注目され、またそれと同じくらいその存在価値を疑われている女がそこにいた。


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