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11

「ひとまず、我が兵団の兵士を救ってくれたことに礼を言おう。ありがとう、エーリカ」
「いえ、そんな大したことは…………あ、私の、名前」
「ああ、我々の活動に、理解を示してくれている珍しい人物だ、よく知っているとも。――――まったく、いつも無茶をするな、君は」

穏やかに細められる瞳に、慌てて記憶を掘り返すも、調査兵団団長であるエルヴィン・スミスの前でそんな風に言われるようなことをした記憶など、エーリカには全くなかった。

だが、安堵に眉を緩めて、こちらを見つめる瞳、その蒼穹のように深い青を見ていると、他人の評価をあまり気にしないエーリカにしては珍しく、なけなしの罪悪感がちりちりと疼いた。

命を蔑にしたと言ってもよい行為、彼らが零れ落とすまいと必死で守り通すものを、ほんの思い付きと安易な蛮行で無為にしかけたのだ。

「しかし、幌に潜り込んで壁外に出るのはいただけないな。助けてもらってなんだが、一応これも規則でね。団長として君に罰則を科さねばならない」
「――――――はい、それは承知の上です」

そう、そんなつもりがなかったとはいえ、兵団に許可を取らずして壁外への密行と言ってもよいことを仕出かしたのだ。最低でも監獄行きは免れ得ないだろう。城塞によって守りかためられているこの国だからこそ、壁を許可なく超える者への罪は重い。

だがまあ、そこは問題ではない。いざとなれば、それを回避するつての一つや二つ、まあ一応はある。金を積まねばならないのなら、借金でもなんでも重ねればいい。多少の無理を押し通せる程度の金品は即座に用意できる。
問題は――――――

「そこで提案なのだが……調査兵団に入ってみるつもりはないかな?」

こういった無理難題である。嫌な予感が大的中した。

「そうすれば今回の一件と相殺することができないことはない。ああ、もちろん強制じゃあない。だが、あの状態で巨人たちから生き残った君の胆力は目を見張るものがある。それをここで無為にするのは忍びないとは思わないか?」

ならばその力、人類のために役立ててみようではないか―――耳触りはいいが、新兵の致死率50パーセントを超えるの職場と、監獄、強制労働もしくは罰金。……普通の感性を持つものなら、絶対後者を選ぶだろう。そして、エーリカはごく一般的な感性をしていると自負していた。

「私、その……ほら、か弱い女ですし、命の危険を感じる職場はどうかなーと申しますか。ええ、ですので――――」

しどろもどろで、なんとか調査兵団行き(遠回しな死刑宣告)を拒否しようと試みる。だって、あんな巨人の大軍を見て、誰が壁の外に出たいと思うだろうか。いや、ない。(反語)またしばらく追いかけられる夢を見ると確信できるほどに、刺激的だった。本当にいろんな意味で。


「だからどうした、やるかやらないかを聞いてるんだ。やる気がねえなら、すぐさまここから消えろ」
「む――――」

だが、そんなかすかな心の壁は、より大きな力によって吹っ飛ばされる。要領を得ない言葉の羅列を並べ立てるエーリカに、リヴァイはゴロツキよろしく、荒っぽい口調で苛立たしげに返答を迫った。正直、逃げられないという意味で、巨人に追いかけられるよりも恐ろしい。

「そんなことを言わないでくれ、リヴァイ。彼女がおびえるじゃないか」
「はっ、そいつがそんなタマか?」

そんなリヴァイをエルヴィンは嗜めつつも、静かに向き直りエーリカに柔らかでこちらを尊重するような口調でありながらも、有無を言わさない強さで返答を迫ってくる。

互いの視線がぶつかる。そして、エルヴィンの青い瞳が思いのほか、深く、まるで深い湖水を覗き込んだ時に見た色のように、底知れない色をしていることに気が付いた。部下が部下なら、上司も上司か。そんな心の中にちょろっと顔をのぞかせた悪態を表に出さないように、エーリカは困ったように眉を下げて、気弱に見えるように視線そらす。


「―――――」
「――――――」
「―――――――――」
「――――――――――――」

沈黙が痛い。物凄く痛い。耐え切れないとばかりにエーリカは、大きく息を吐いたが、無言で肯定を求める視線が背中に突き刺さるように、ちくちくと感じる。本来であれば、多少は庇ってくれそうなペトラは荷台の上で意識を失っているときた。もうこの無言の抵抗では拒否しきれないと観念して、エーリカは決意したように顔を上げて、しぶしぶと口を開いた。

「――――割に合わないので、やりたく……ない、です」

静かに、だが紛れもない本音を口にする。誰だって死にたくはない。ハイリスク、ノーリターンな職場とか、いかがなるものか。だが、その返答をわかっていたように、エルヴィンは即座に切り返す。

「そうか……君のような存在がいれば、我々も―――そして君の知人のペトラ・ラルもより助かると思ったんだがね」
「!!」


その、……論理の展開は、卑怯だと思う。

だって、今の私には何もないのだ。だからこそ、こんな私を助けて、そして導いてくれた彼女に恩を……そう、ある意味で固執しているのだ。そう、彼女のためだから、あそこまで私は命を賭けたのだと言ってもよいだろう。彼女でなければ、あんな分の悪い賭けになんてでたものか。きっと見殺しにして逃げていたに違いない。

「で、ですがこの年から訓練したところで、ものになるには――――」
「ああ、一から仕込むのであればそうだろう。だが君は違うだろう?でなければ、そこまではっきりと立体機動の跡が体に残っているはずがない」
「っ―――!」

その言葉に、思わず息を飲んだ。確かにエーリカは自衛と単純な興味もかねて、暇そうにしている憲兵団らに金を握らせ、立体機動等の教えを乞うている。壁の安全神話はとうの昔に壊れ、何事にも絶対などはないことが証明された。そう、いつまた、巨人に追いかけられないとも限らないからである。だが、それを他人に漏らした覚えもなく、今も体は衣服が一部の隙なく覆っている。つまり、今この瞬間に、ばれる道理はないはずなのだ。ということは―――

「………いつから?」
「さて、数ヶ月前、とだけ言っておこう。君には以前から興味があってね」

数ヶ月前……、始めた当初からじゃないか。つまり、こちらの動向がこの男にはすべて筒抜けになっていると見てもよい。だが、一体いつから目をつけられていた?この男と顔を合わせた覚えなんて……

焦燥に駆られて顔を上げると、底知れない瞳、冷徹なまでの理念を宿した眼が、選択を迫るようにこちらの視線を絡めとる。涼やかな色が一層の警鐘を鳴らす。その揺らぐことない意志の強さに、気圧されて、ただ息をのんだ。

「さて―――――どうする?」

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