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22

「調査兵団かぁ……ま、ペトラと一緒に居られると思えばいっか。うん、そう思ったらあの厳しい訓練にも耐えれるような気がしてきた」
「もう、もっとまじめに考えなさいって言ってるじゃない!」

まあ、なってしまったものは仕方がない。唐突な死なんてものどこにだって転がっている。単にちょっと致死率が上がっただけだ。……そう、ほんの8割くらい。もう笑うしかないよね、とばかりに、あはは、と軽く笑い飛ばすと、物凄い勢いで怒られてしまった。

「ま、真面目に考えて、こういう答えに至ったんだもの。仕方ないでしょ」
「〜〜、ああ、全く、エーリカったら!」
「怒らないでよ、ほら、なるようにしかならないって―――まずまともに馬に乗れることが第一目標かな」
「本当に最低限よ!それは!!」

柳眉を逆立てて怒ってくるペトラを必死でなだめる私。誰もがそんな私たちをほほえましげに見つめ、そして無言で避けて通っていく。なんて非情な連中だろう。

でも、ペトラ。ちょっと待ってほしい。私だって、調査兵団に寄与することを厭うつもりはないが、兵士になるのは別。これは私も不本意なことなのだということを、認識してほしい。というか、正直言って兵士になんてなりたくはなかった。いや、リヴァイ兵長に追いかけまわされるのが嫌とか怖いとか、あの不細工な顔が夢に出てくるとかそんな短絡的なことじゃなくて。

その、私からすれば、調査兵団の兵士稼業は……損得の計算が著しく釣り合っていないように思えるのだ。命を賭けているというのに、わが身に帰ってくるのが、はした金と個人的な満足感とか、正直やってられないと思う。人類は籠の中の鳥のようなものだと言うが、いいじゃないか、籠。引きこもり上等。揺りかごから墓場まで安心して暮らせるとか、見方を変えればパラダイスではないだろうか。いやあ、もはや揺りかごと墓場が同列に並んでいるようにすら見える。つまり、無償で守ってくれるのだから、文句を言ってはバチが当たると思うのだ。

―――本当にそれが無償であればの話なのだが。


と、そんな私たちに、気取った顔で声をかけてくるKY男。

「やっぱり、お前の前世はやっぱり鳥なんじゃねえか?完璧刷り込まれてんだろ」
「なら、オルオさんの前世はブロッコリーね。それも茹でられて、ふやふやのシオシオになったやつ」
「人ですらねえ!?―――いやほんと、いったいこいつに何したんだペトラ」
「ちょっと、私が何かしたみたいな言い方やめてよ!」
「そうよ!私が好きなようにやってるだけなんだから、ペトラを悪く言わないでよね―――あと、ペトラの3メートル以内に近づかないで」
「なんでそこまで言われなきゃならねえんだ、俺!」

胸に手を当てて聞けばいいと思う。ペトラの腕に抱きつき、きっと睨みつけると、羨ましそうな目でこちらを見てきた。ふっ、ブロッコリー風情が、エーリカ・ウォールを突破出来ると思ったか!片腹痛いわ!!

にしても―――きっかけ、か。
そうは言っても仕方がない。これは半分は目の前の男の言うとおり、刷り込みじみた何か。そしてもう半分は衝動みたいなものだ。

最近ようやく客観的に自分を見れるようになったのだが―――木々に土が必要なように。鳥に羽を休める枝が必要なように。人に信念や誇りと言ったものが必要なように。……私には、何かを守る……というか、軸とする対象が必要らしいのだ。

もっと簡単に言うなれば軽度の依存癖。生きづらいことこのうえなし。実力不足と相まって危なげな思考回路だということは承知の上。
だが、強迫観念にも似たなにかが、常に私を突き動かすのだ。
もしかするとなのだが―――記憶を失う前は、誰かの従者として育てられていたのかもしれない。でなけれは、この言葉にできない衝動の説明がつかない。

―――、……の命に従わなくてはならない。そして守れ、守らなくてはならない、それがお前の義務である―――

ふとした瞬間、思い出される呪詛じみた声。どろりとした、重く粘りつくような悪意に満ちた声。体に絡みつき、意識を溶かしつくすようなそれ。その声に何も考えずに漫然と身を任せることは、酷く楽だと知っていた。そして、そんな声に私はあの瞬間まで何の疑問も持たずに従っていたのだ。

……凄い私。やばいぞ私。どこからどう見ても、完璧に危ない人だ。ありがとうございます。……いや、じゃなくて。私がどこかから変な交信を受け取ったとか、頭がかわいそうな人だというわけじゃない、―――と信じたい。

例を挙げるなら、唐突に脳裏をよぎる歌詞。何の脈絡もないそれを止めようとしても、自分の意志に反して歌は止まってくれない。永遠とノイローゼ寸前まで繰り返される歌。そして、何十回目のリピートが〜、みたいなあれ。よほど洗脳じみた教育を受けていたんじゃないだろうか、私。

だから、ペトラが私を拾ってくれた時。「これから、何をすればいいのか」と聞いた私に対して、命令に従え、と一言言っていたなら、おそらくそれに疑問すら覚えることもなく従っただろう。


吐き気がするほど濃く漂う血臭。累々と横たわった、かつて人であったものの欠片。
そんな、悪夢のように崩れた馬車の天井にあいた大きな穴。そこから、紅い視界を白に染め上る日が差し込んでくる。

そして、その光を背に、ペトラは立ち尽くす私の手を引いてこう言った。

『生きるの。そしてあなたがしたいことをして、そして幸せになるの。だって―――あなたは自由なんだから』

おそらくは、彼女にとっては何でもない一言。
けれど、あの時、あの瞬間、あの言葉が、私のそれからの運命を決定づけた。そう、彼女がいるからこそ、今の私がいるのだ。

「つーか、なんで、そこまでペトラペトラ言えるのかわからねえ、こんな女のどこがそんなにいいんだ?」
「べっつに、オルオさんなんかに分かってもらいたくて言っているわけじゃありませんし」
「なっ、この生意気言いやがって……!」
「ペトラー、オルオさんが私を苛めてくるー」
「オルオ!あんたまた!!」
「ちょっ、おまっ」

そう、わかってもらおうとは端から思っていない。だって、彼らと違うことなんて、初めからわかっている。

彼らと私の間には越えられない壁がある。彼らは、己の大義や信念なんてものを謳いながらも、根底にあるのは己を一番とする自己愛だ。いや、それが悪いとは言わない。それが、正常な人間としての在り方だ。己を今まで守り、育んできてくれた者のためにも、自分のないがしろにしないということ。だからこそ、その誰かの祈りによって紡がれてきた命を賭してでも、何かを成し遂げようとすることが、尊ばれるのである。


だが、エーリカは違う。

だって―――そんなものが、最初からなかったのだから。



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