春眠 | ナノ
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考察1

薄い林には白い朝霧がかかり、降り注ぐ太陽の光が木々を照らす時刻。小鳥がさえずりながら屋根から屋根へと飛び回り、新聞配達のバイクの音が静かな朝に響く。
その館はいつもと変わらぬ静寂に満ちていた。
そう、表向きは。


シャノンの忠告に従ったとはいえ、何の準備もせずに移ったこの仮宿たる館は以前のフロアと比べても、活動の拠点とするにはあまりにも脆弱すぎた。ゆえに新たな活動の拠点として、この館を、魔術工房として徹底的に改造すべく一日がかりで改装しなけらばならなくなったのだ。

もちろん、ハイアットホテルに匹敵する魔術城壁を作ろうと知るならば、1日では時間も準備も足りないといわざるを得ない。―――ゆえに、シャノンまでこうして不本意なことに朝から駆り出されているのだ。因みにランサーは魅了避けの礼装を貸し出したのちに、買い出し係に任命された。偉大なる英霊たるサーヴァントを使い走りと荷物持ちに使用している点から、彼らの怒りが垣間見えるだろう。


「シャノン、直ぐに悪霊と魍魎の召喚を始めるからその魔法陣の敷設準備をしてくれたまえ」
「…もうすでに用意はできています。敷設は貴方の水銀で描くのでしょう?あと、人が出入りできそうな場所に空間を圧縮する魔術を設置したけれど、いいわよね?」
「ああ、もちろんだとも。それと」
「水銀の精錬と道具は揃えてあるから、あとはケイネス、あなたにすべてに任せます」
「わかっているではないか、魔法陣というこの重要な要を他人に任せるわけにはいかないからな。しかし、君はなぜ上位の降霊ができて、下位の降霊が上手くできないのだね」
「…それは、こっちが聞きたいものよ!」

などと悪態をつきながら、手を休めず、様々な種類の儀式を行い、工房を強固な城塞にまで高めんと、ただ作業に勤しみ――――





柱時計の音が館に響く。
そうして、窓の外の日も落ちかけており、もう夕方だということにようやく気が付いた。
夕闇が部屋をゆっくりと覆ってい行く。
備え付けのライトをともして、一息つく。
もう夕食の時間ではないか。
だが、使用人がいないのだから、と簡単なサンドイッチを昼ごろに(ランサーが)購入してきたものだけがこの館の食料である。

しかし、だ、シャノンの方から腹が減ったから夕食
を食べに行きましょう、と言うのもなんだか屈辱的だし、なによりこの黄昏時に空腹だからと出歩いて、他のサーヴァントからの奇襲を受けては目も当てられない。残念だけれど、今日は断食かしら、と、諦めたように嘆息をして、せめてワインだけでも飲んで今夜はしのごうか、と腰を上げたその時

そういえば、と言った風に、番犬代わりの霊の召喚を全て終えたケイネスがおもむろに口を開いた。


「シャノン、確かお前は御三家の一つ遠坂の当主と知り合いだと言ったな」

その唐突さに、あげかけた腰をソファーに戻して、シャノンは小首を傾げながら答える。

「?、ええ、まあ何度か言葉を交わしたことがある程度だけれど。それがどうかしたの?彼の魔術や特性については、最初に伝えたはずでしょう?」

そう言ってシャノンは怪訝そうに、ケイネスを見る。

「いや、他のマスターたちがどのような願いでこの聖杯戦争に参戦しているのか気になってな。
その、お前から見て、遠坂時臣とはどういう男だ?」
「優秀な魔術師よ、とても」

これはどういった心境の変化であろうか。
己より劣った者を一度として振り返らなかった男が、己の道にしか興味を示さなかった男が、他者の願いなどにに興味を持つとは。

「さすがは宝石の翁の弟子筋と言うべきかしら、広い人脈に、優れた腕、魔術師としても、そうして人としてもなかなかのものではないかしら」

そう、怪訝そうに首を傾げながらも、シャノンは流れるような声で、ケイネスが求める真実は端的に告げる。

「何よりも彼の優れている点は、才能無いに等しいのに、これだけの成果を残しているということよ」
「ないだと?極東の魔術師ながらに、宝石魔術関連であれだけの実績を残しておいてか?」

ケイネスはシャノンの、人を見る目は、秀でていると認識しており、そのためある程度は信用してやってもよいと思っている。だからこそおかしい、これだけシャノンが優秀だと判を押す相手に才能がないということが理解できなかった。

「見たところ、魔術回路の量や質、その特性にいたるまで、正直に言って、見るべきところもない凡才でしょうね。あれは」
「ならば結果を何故出せるのだ。魔術師の才能は生まれついた時から決まっているはずだ!」

ケイネスは目を見開いて、ソファーから体を乗り出した。

ケイネスは自分が天才、神童と呼ばれるに値する人物だと自負していた。それは自他ともに認める認識であり、それによって驕ることも誇ることもなく、それらを当然として受け止めてきた。

不本意ではあるが己の最も身近なところに位置する優秀な魔術師たるシャノンも、ケイネスとは主とする専門分野が異なるため、現状では特に競い合うこともなかった。つまり、ケイネスは今まで誰かとしのぎを削りあう、といったことやライバルと言った存在がいなかったのだ。

だからこそ、ケイネスは誰よりも魔術師としての才能に重きを置いていた。際立った数の魔術回路、珍しい魔術特性、歴史と伝統に裏付けられた血筋。そういったものの、いずれか1つでもなければ、優れた結果を出すことなどできないとかたく信じていたのだ。
そう、生来の素養こそが、名を残す魔術師になるための第一条件だという固定概念にとらわれていたと言っても過言ではないだろう。

だからこそ、シャノンの言葉が信じられなかった。
あれだけの結果を、地位を得た男が、才能を一つたりとも持ち合わせていないようではないか―――

「簡単よ。そのハンデを克服するくらい、ただ、単純に努力家なのでしょう」

そんな言葉を遮るように口を開いたシャノンは、窓の外に目を向けながら、そう、なんでもないふうに言った。

1で察する才能がないのであれば、10の努力を。
10でも駄目なら、100の研鑽をもって、積み上げる。
口で言うのは易いが、それがどれだけ困難なことか、己が才能豊かであるがゆえに、ケイネスには痛いほどに理解できた。
恐ろしいほどに徹底した自立と克己の精神。
そうして、血の滲むような努力によって培われた、宝石のような成果が今の時臣である。

「……なるほど、そう、なのだな」

それで、ケイネスは革張りの椅子に体を預け、瞳を細めて、改めて感嘆の言葉を洩らした。今まで才能こそが魔術師を構成する重要なファクターで、才能なしに結果を出すことなどできるはずもないという、固定概念。それがいま覆されようとしている。


『シャノンが言うからには本物なのだろう。なるほど、既定の概念を変えねばならないのは私の方だったか』

ちらり、と不肖の弟子の面影がよぎったが…全力で黙殺する。


「けれども、それでいて魔術師としての本分の全く見失うことなく邁進する。あれこそ、魔術師の鏡と言うべき男じゃないかしら」
「なるほど、ならばこの私が倒すに相応しい相手と言うことではないか。」

秀才が積み上げてきたものを、天才たる私が打ち崩す。
それこそこのケイネス・エルメロイ・アーチボルトが求めた、この天才魔術師としての1ページに刻むに相応しい武勲となるだろう。

「…ケイネスって、本当に馬鹿なのかしら」

そうまだ来ぬ未来に、期待で胸を膨らませるそんな男を見て、シャノンは心の底から大きなため息を一つついて、冷たく一瞥する。

「なっ!」

あまりにも心外な言葉に、なんだと、と肩を怒らせたケイネスに、かまわずシャノンは呆れたように続ける。

「私が言いたいのはね、遠坂の聖杯にかける願いはわからないけれど、彼は慎重かつ堅実な男で、万全の策を敷いてこの戦争に臨んでいるということよ。それに注意しなければ、といった忠告のつもりで話したのよ。
それに、この戦争はサーヴァント同士の戦い。ランサーであのアーチャーに勝てるはずもないでしょう」

その理論は正しい、悔しいくらいに正しいが、それが的を得ていただけに、ケイネスは腹立たしかった。なので、文句の一つも言ってやろうとしたが、言ったが最後、倍になって返ってくると知っていたので、賢明にも口をつぐむことにする。そうして、そんな空気を振り払うように、ケイネスは鼻を鳴らしながら唇をゆがめながら口を開いた。


「…ふん、その暴言、今回だけは寛大にも聞き流してやろう。だが、遠坂は本物の魔術師だ。であればこそ、この私の決闘に応じる可能性の方が高いではないか」

これが更なる失言だったのか、シャノンは、はあ、と嘆息をして、頭痛を耐えるように額に手をやった。

「遠坂はともかく、聞くところによると、アーチャーは傲岸不遜が鎧を着て歩いているような男だそうじゃない。そんなアーチャーが、マスターの指示を唯々諾々と聞くような殊勝なサーヴァントだと思う?」
「………なるほど、納得した。
だが、そうだな。そうなると、あのアーチャーの真名さえもわからぬ状態で、ランサーの能力で真正面から切り結ぶなど愚か者の極み、ということか」
「ええ、あの宝具に対抗できるのは、今のところどうやらバーサーカーだけでしょうし」
「ええい、本当に忌々しい」

ケイネスはそう吐き捨てるように言って、机に拳をたたきつける。

だが、癇性を持て余すといったほどではない。きっとシャノン…認めたくはないが自分に近い関係にあるこの女によって、意に沿わぬどころか思いもよらないことに巻き込まれた結果、耐性が付いたのだろうと自己分析する。不本意ではあるが。

「分かっているとは思うけれど、これでランサーを責めるのは、流石に見当違いと言うものよ。魚に空を飛べと言っても無駄なんですから」
「ああ、わかっているとも。あれの能力などある程度は理解したうえで呼び出したのだからな。今回は遠坂が私の想定を上回っていただけのはなしだ。
ランサーのこととて、主の命を聞かぬところ以外で取り立てて責めるような愚かなマネはせんよ。…なんだ?」

そう、言い連ねるケイネスをシャノンは僅かな沈黙を挟んで、しげしげと見た。
そうして、からかう様で、あげく不思議なものを見るような瞳がケイネスに向けられる。

「いえ、貴方ならランサーを重箱の隅をつつくように責め立てると思っていたのだけれど…ねえケイネス、もしかして悪いものでも食べたの?激辛麻婆とか」
「喰うか!というかなぜ激辛麻婆なんだ!」
「あら、ロード・エルメロイともあろう人が知らないというの?この冬木の名物を。
並みのものが食べたら死ぬ。食せたものこそ、三国一の猛者、的な代物だそうよ」
「知るか、そんなこと!
――まあ、いかに至らぬサーヴァントとはいえ、感情に任せて詰問するほど私も愚かではないということだ」

その言葉はシャノンの意表を完全についたものだったのだろう。
息を少し飲んだ後、シャノンは無言でまじまじと、信じられないものでも見るようにケイネスを眺めてたのち

「……驚いた」

妙に実感をこめてそう呟いた。
そう、まだ何か言いつのりたそうな、シャノンから目をそむけて、ケイネスは先ほどまでは夕日の名残を映していた窓の外を眺めた。
切り取られたような景色は、これからの未来を暗示させるように、面影を無くしていくように黒く塗りつぶされていった。

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