春眠 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

介入者の宴9

そうして勝利を確信しながら魔矢を放った瞬間、雷に打たれたかのようにシャノンは理解した。

「ランサー、すぐに主の元へ戻って!」
「なっ、だが…」
「説明している暇なんて…ああっ、もうなんでよりにもよって、こんな時に…!」

そう、もどかしそうに悪態をつき、娘はコートの裾に手を入れる。

土埃で汚れたコートの下から現れでたのは、優美な文様が彫りこまれ、折りたたまれた木製のクロスボウ。
だがこれは何かおかしい。
矢を支える板張りの代わりに魔力の込められた宝石がはめ込まれており、魔術式に接続されている。挙句リボルバーのような部品までついているではないか。
その外見からは全く、用途が分からない。
―――そう、これが唯のクロスボウのあればの話だが。


樹齢数千年のイチイとオークで作られたクロスボウに魔力が吹き込まれ、命を宿したかのような燐光を放つ。宝石に光がともり、本来ならば相反する属性同士が反発して火花を散らす。
これはその反発を利用して、魔石に込められた魔術を打ち出す仕組みになっているのだ。

だが、このままだと、その相反する魔力がクロスボウを破壊し、所有者をも傷つけかねない。
その荒れ狂う獣をなだめすかすように、彼女は魔力を染み渡らせる。
そう、エリダヌス一族の魔術特性は『調和』。
相反する属性のものを、魔力係数を把握し手を加えることで、調和を導くことに長けた特性なのである。


そうして、何もない宙に向けて狙いを定める。ランサーの目には無作為に定めているようにしか見えないが、女の目には的が見えているのだろう。その照準にはまったく迷いがない。
そして次の瞬間

空を射抜くように、天に向けられたクロスボウから、多数の矢が流星のように発射された。それは、弓の連射というより、散弾銃のそれを思わせるほどの弾幕だった。
そうして、銀の閃光は鋭い弧を描き、木々の影の向こうへと消えていった。


射出するや否や、シャノンは一刻を惜しむように振り向きざまに何かに命じるように呪文を唱え、筒状のものと水を固めたような水晶形の礼装を無造作に投げた。と同時に、周囲に白い霧が立ち込め始める。


「ランサー撤退よ。貴方の主が危機に瀕しているわ」
「なっ……!?だが、ケイネス殿からそのような連絡は……」
「パスを通じてわかるのは致命的な傷を負ってのことよ。数瞬あとの未来は予知できないでしょう?」
「―――では、シャノン、貴女を抱きかかえて運んでもよいか?」
「ええ、結構よ。急ぎましょう、嫌な予感がするわ」

シャノンは最後にキャスターたちに体を向け、何かを見通すように目を細めた後、魔術刻印を輝かせて腕を滑らかに伸ばした。
刻印より揺らぐように宙に浮かび上がりながら、現れ出る魔力で編まれた弓弦。
そうして、彼らを足止めするため、その腕に不可視の矢が番えられ、
そして音もなく静かに放たれた。


魔力を放ったのち、娘は当たったかどうかすらも確認せずに、ランサーの肩に手をかけ、撤退を促す。
ランサーは無言で頷き、そのたくましい腕でシャノンの足をすくい抱きあげ、足に力を込めて、矢のように走り出した。


ランサーは彼女の力、とりわけ予見の力については全幅の信頼を置いていた。ならばすることはただ一つだけ。焦る足に力を込め、ケイネスのもとへと急ぐのみだと信じ、大地を疾風のように駆けた。


*****


魔力を糧に燃え盛る紅蓮の炎と土煙が舞い上がった。
そうして、その向こうへと奴らの気配が遠ざかっていく。

それにキャスターは追い縋ろうとして、
瞬間、大気に身体が絡め取られた。

「―――ぬっ、……」

まるで水中にいるかのような抵抗感。
いつの間に為されたのだろうか、魔術によって抵抗力を増した液体にも似た大気に、バーサーカーの足も止められている。
バーサーカーのクラスに対魔力は備わっていないのだ。そしてキャスターのクラスにも。

だが、この程度の簡易魔術であれば、神秘の塊であるサーヴァントならば、力ずくで打ち壊素ことができる。ぬかったな、と全身に力を込め、直感的に頭をそらす。
見えない何かが耳元をかするように飛んで――――酷いめまいに思わず大地に膝をおりかけた。

「ぐっ、…!?」

頭が揺れる、視界が回る。掠めただけだというのに、耳孔から伝わる衝撃の余波に頭をかき回されたかのようなひどい耳鳴りが、わんわんと頭蓋を揺さぶっている。視界の端では、同じように頭を押さえる黒い甲冑が見える。

『っ……これ、は―――空気を打ったのか!?』

だが、その程度では一瞬の足止めにしかならないだろう。だが、あちらにはランサーがいるのだ、この隙を突かれては…!
そう、歯を食いしばり、揺れる三半規管と襲いくる吐き気を飲み込みながら、頭をおさえ、衝撃から立ち直る。


そう、向き直ったキャスターの視界が突如としてかすんできた。土煙、ではない。これは魔術行使によるもの…ただの目くらまし霧か?
乳白色の霧が見る見るうちに周囲を包むように視界を覆う。
重たい空気が肺の中にまで入ってきて、呼吸さえも重く感じられる。
と同時に、後ろで何かが倒れ伏せる音がした

「マスター!」

慌てて駆け寄ると梓はただ眠っているようだった。
こちらのマスターに魔術の抵抗がないと知って、足止めのために惑わしと見せかけた眠りの術を施すとは……悔しいがこの勝負はこちらの負けか。


そうキャスターは判断して、未だ眠りの縁にある己がマスターをそっと抱きかかえて夜へと消えていった。


*****

梓は眠った。
一日行動不能になった!!

prev / next
[ top ]