春眠 | ナノ
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介入者の宴8

深い夜に高く、低く歌が響く。
己が魔術刻印を弦として、魔力を奏でる。
それは意味のある言葉ではなく、和音の連なりでしかなかった。
だが、そこには眩暈がするほど蠱惑的な調和があった。


謳うような調和に満ちた和音で紡がれる呪文。
一体どういった方法で歌われているのかわからないが、幾重にも重なるハーモニー。
二重詠唱にて巡るように際限なく増幅される魔力と、短縮される詠唱。
娘の周囲に踊るようにのた打ち回るエーテルの渦。
そうして、それらが形を持ち


魔弾?いやあれは――――矢か?
刻印という弓につがえられた魔矢の群れ。
それはだけならば、驚くに値しない。
だが、この魔矢の一つ一つには数トン相当の、装甲など簡単に穿つ程度の質量がこもっているのだ。
サーヴァントと言えど、対魔力のない身。真っ当に当れば手足の一つ二つ持って行かれかねないだろう。


それが一つ二つならばわかる。
宝石魔術のように、己が魔力の予備タンク(バックアップ)があるなら容易かろう。
あるいは、個人の魔力を限界まで駆使し、己が魔術回路が焼き切れるまで総動員すれば、ある程度までは問題なく展開できるだろう。
だが、これは異常だ。

視界を覆うほどの無数の矢。
天から落ちるように、番えられた鏃の群れ。
その数十――――!


ロケット弾の連射に相当する威圧感を孕みながら、その矢は解き放たれるときを、今か今かと待っている。その眼前に番えられた矢の群れを、梓は瞬きすら忘れて、凍りついたように見据えたまま固まっている。そう、梓は、この日本という、どこよりも争いの遠い世界で生まれ育った少女。このような荒事とは無縁の世界を生きてきたのだ。これでは、仮に退避しろと言っても、正しく動けるはずもないだろう。


一瞬のうちにそう判断したキャスターは、発動を阻止せんと慌てて投影した矢を放つが、全てそれを見越したランサーの宝具に打ち消される。忌まわしいほどに見事な敵のコンビ―ネーションにキャスターは歯噛みをしながら、ふと疑問を覚えた。


だが、おかしい。
この威力には平均的な魔術師数十倍の魔力を必要とするはずだ。
ならばこれだけの数の矢を放っては、次の瞬間に力を失い倒れかねない。
だというのに、彼女の顔には苦痛も苦悩も欠片も見当たらず、平然としている。


考えられるのは、彼女が膨大な魔力を有しているということだが…と、娘はそんなキャスターの胡乱な視線に気づいたのか

「心配してくださっているのね、キャスター。
でも安心なさって、この程度私にとって息をするのと大してかわりませんから」

そう、この場に似つかわしくないほど優雅な笑みをふわりと浮かべながら、こともなげに返してきた。


無論こんな大魔術を容易く発動できるほどの彼女の魔力量が突出しているわけではない。
彼女の最大魔力放出量や最大魔力容量こそ、ずば抜けているものの、生成できる魔力は精々平均的な魔術師の10倍強。
外部にタンクや魔力炉を持たない限り、まったく役に立たない才能なのだ。

だが、この系統にて魔力を運用する場合は特別である。
リヴィエール家に伝わる魔術刻印は、「弓」という概念を刻まれている。魔弾でも魔風でもない。こと「矢にして放つと」いうことに対してのみ、ずば抜けて魔力を効率的に運用できるように特化しているのだ。


工程や魔術の構築過程、詠唱省略など身に刻まれた情報を土台に再現される奇跡。
千年以上前より紡がれ、魔術刻印にて受け継がれてきた神秘。
これは、さらにそれを、神代の記憶を湛えた魔術礼装にて、補佐することで為されたものなのである。






そう、キャスターは見誤っていたのだ。

娘が用いる呪文から推測できるのは、数秘術系に連なる魔術基盤。だが、彼女の言によると星読み系統にも秀でている、とあれば、ここから読み取れるのは、彼女の魔術系統は「世界は数の力に基づいて構築している」という数学魔術を軸とした、占星術師だということ。すなわち、戦闘能力を有していないが、あったとしても限定的なものだと、導き出したとしても責められるものではないだろう。


古来より王には道の善し悪しを見抜き、助言する占者が付いたという。
だから、彼女を単なるサーヴァントの魔力供給源にして、単に道を指し示すだけの占星術師だと断定した。自分と打ち合えたのも、限定礼装を用いた一度限りの奇跡だろうと。

更には、マスターから教えられた知識もキャスターの意識を縛っていた。ランサーのマスターの傍にいる女は、ランサーの魔力供給役で、何ら戦闘能力を有していない。そう、はなから認識していたのだ。

――――だがあれはなんだ。
占星術師が魔術刻印に「弓」の概念を刻んでいるだと?



そして思い出した。
そう、西暦が始まる以前より続く、魔術基盤。
曰く、天の調和を図るもの
天球の音楽に至ったもの
始まりに至る数式の調停者
予言と音律と弓の神の化身とうたわれた、哲学者。
古代ギリシャにおける、もっとも著名な魔術師。

この魔術、ピュタゴラスニズムの―――!



一斉に矢が放たれる。
音を置き去りにするように奔り、大気を穿ちながら飛ぶ矢。
それは、真っ当に当れば岩盤とて簡単に砕くような威力を秘めていた。
しかし、そうであってもサーヴァントである自分やバーサーカーであれば凌ぐこともできよう。
だが、後ろには自分のマスターがいるのだ――――!!


そうして、瞬間
視界が白く染まった


幾条もの閃光が視界を瞬くように焼き去った。
閃光が両側面に走り土煙を巻き上げ、反射的に腕で顔面を覆っているマスターを、全身でかばう。
そうして、その光を追うように、鼓膜が弾けるような空震の音がその仮初の身を打ち据えた。

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