春眠 | ナノ

介入者の宴6

その言葉を聞いたとき、シャノンは息をのんだ。
命を賭けた戦いの只中で、目の前の敵の存在を忘我したほどに、驚かされたのだ。
この展開を齎した自分への罵り。
無策に死地にやってきたランサーへの怒り。
いまだに、騎士道なんてものを振りかざしている男への激情が込み上げる。

だが、そんなことはランサーの顔を見た瞬間、すべて隅に追いやられた。
なぜなら、その涼やかな眸は、これより自分が置かれる死地よりも、ただシャノンのことだけを案じていたのだから。

それで、そんな怒りなどすべて吹き飛んだ。
己の移り気の早さに、我ながら呆れはてるが、他でもない彼になら、自分の命を預けてもよいと、思ってしまったのだから仕方がない。
そうして、シャノンは、伏せた瞳を開き、ランサーを見据えて口を開いた。



*****


「ここで逃げても、ケイネスの所まで追われたら私たちの負けよ。ここですべて仕留めましょう」
「なっ、…馬鹿か!サーヴァント二人掛かりでは、この俺とて」
「む、馬鹿はそっちの方ではない?」
「おかしいのはお前だ!サーヴァントを相手取るなど、正気ではないぞ!」
「あら、そうかしら?貴方だって見ていたでしょう。私だって対魔力がないサーヴァントくらい打ちのめすくらいはできるのよ」

そう言いながら、シャノンはディルムッドが初めて見る、心からの、だが驚くほど彼女によく似合う不敵な笑みを零した。

「ランサー、貴方が先に信じろと言ったのよ?なら貴方も私を信じなさい」


一瞬の硬直。
髪は乱れ、衣服も裂け、粉塵を浴びて汚れて、どこの戦火を潜り抜けてきたのかというほどだ。そう、お世辞にも美しいとは言えない無残な格好だが、ランサーにはそれでも今までで、一番美しいと思える笑みだった。
そこで、またも己がどれだけ馬鹿げたことを言ったのか気づかされた。この娘が、粛々とサーヴァントに従い、守られるようなタマではないというのに。


「はっ……くっ、は、はははっ!」

ディルムッドは声に出して痛快そうに笑った。
自分も主や彼女のことを理解しようとすらしなかったが、彼らも同様に理解などしようともしなかったことに気が付き、自分たちがあまりにも似た者同士だったということが愉快でたまらなかったのだ。ああ、でも、彼らの言葉には嘘偽りがなかった。だからこそ、いま放たれたこの言葉は何よりも信頼できると確信できる。そのことに、ディルムッドはその込み上げてくる気持ちを抑えきれなかった。


「……っはあ、まったく、お前には負けるよ。
ああ、わかった、シャノン。
俺の背、お前に預けてもよいのだな」

今までこんな娘を戦場に立たせることに、疑問を感じていた。そして今もそう思ってはいるのは事実だ。だがそれ以上にシャノンは信を安心して預けるに足る人物だとディルムッドは確信したのだ。
何と言っても、こんな目をする奴は信頼できるときまっている。少なくともディルムッドの価値観においてはだが。


「そうだと最初から言っているでしょう。
…そうね、貴方の戦略はともかくとして、その槍は信頼できると思うし」
「ほう、この槍がお気に召して頂けた、と」
「ええ、どうしてかわからないけれど、その槍の文様を見るだけで、こう胸が突き刺されたように熱くなるのよ」

なぜかしらね、と心底不思議そうにシャノンは小首を傾げる。

「全く、花にではなく槍に心奪われるとは酔狂というかなんというか、流石だな。…ならば、この槍でお前を魅せてやろう」
「ええ、楽しみにしているわ、ランサー
あと、そういった褒め言葉はこれが終わってから聞かせて頂きたいわね」
「なるほど、ではお望みとあらば、詩の一つでも謡ってしんぜようか?」
「まあ、素敵ね。私、初めて貴方にときめいた気がするわ」
「…俺は初めて女にそんな言葉を吐かれたぞ」


益体のない軽口をたたいて、士気を挙げる。隣では魔力回路がまわる気配がする。
だが、召喚されてより今までの、いかなる時よりも、シャノンの存在を近くに感じる。
本来なら、私も研究畑なのになどと、口元をほころばせながら
『まあ、でも、たまには悪くないかもしれないわね』
なんて声さえ、横から聞こえてきそうなほどだ。

「それにね、ランサー、キャスターの剣は魔術で作られた投影品よ」
「はっ、なるほど。剣を使う魔術師というから、どのようなものかと思ったが、化体な技を使い魔術師だった、と」
「そういうことです」

それを聞いて、ランサーは笑みをこぼした。
なるほど、シャノンが2対1でも勝ち目があると言ったのも理解ができる。

ランサーの宝具の一つは魔力を断つ「赤槍」。バーサーカーの魔力を打ち消し疑似宝具すらも無効化したのだ。打ち合った宝具の魔力を打ち消す能力を秘めたこの槍を使えば、同様に投影宝具も容易に打ち消せよう。

つまり、魔力を打ち消すランサーの魔槍は、キャスターにとっても、そして宝具を開帳しないバーサーカーにとっても天敵なのだ。
もちろん、「無毀なる湖光」を抜いたバーサーカーにとっては、無意味な能力ではあるが、反対に「無毀なる湖光」を抜かざるを得なかったといえる。
宝具を使えば、己のマスターの魔力量からして、そう長く持たないとはいえ、抜かざるを得ない能力がこの穂先にはあった。


「さあ、見くびって喧嘩を売ったことを後悔させてあげましょう」
「末恐ろしいことだな、未来の夫君に同情するぞ」
「まあ…それは、どういうことかしら、ディルムッド?」
「もちろん、褒め言葉だが、何か?」
「貴方の口からきくと、まるで皮肉のようだったので。
それなら、人の話を聞かない夫を持ったあなたの奥様には、同情しなくてもよろしいの?」
「はっ、これは一本取られたな。だが人の話を聞かないのはグラニアもだ」
「それって、胸を張って言える事なの?
…あなた方って、実はものすごいお似合い夫婦だっだんじゃない?こう猪的な感じで」

こう、と真っ直ぐに猪突猛進差を手で現す女

「新しく率直な意見だな、以後参考にしよう」



敵には譲らせないという気迫に、高ぶる昂揚感。
可憐な花だとばかりだと思っていた彼女を、この上なく頼もしいと感じている心境の変化。
あんな瞳と笑顔で、簡単に一変した己の心の変化に、我がことながら失笑すら浮かぶ。
だが、それだけの力が、あの瞳にはあったのだ。
しかしまったく、我ながら流されやすいにもほどがあるぞ、と胸の内で嘯きながら、槍を握る手に力を込める。

「前衛は任せたわよ、ランサー」
「ああ!承知した。」

二槍に戦意を込めながら、涼やかなまなざしで、その信頼を受け止める。



だが、騎士として、戦士としての本能が彼女であればと、囁いたのだ。
ならばあとは信じるより他ないではないか。

どちらかの足を踏み出せば、その瞬間戦いの火ぶたが切って落とされる。
そうして、艶貌の英霊は高鳴る胸をなお熱くしながら、二槍の穂先を夜に踊らせ、一歩踏み出した。


*****

バーサーカーのステは、がっくり下がりました。
雁夜の寿命が、ちょびっと延びました。


prev / next
[ top ]