春眠 | ナノ

微睡み

オークの木の下で並んで陽を浴びながら、微睡む。


川のせせらぎは穏やかに歌い、萌えいずる草の香や花の香りと相俟って気だるい午睡へと誘われる。枝葉の間から木漏れ日が柔らかにこぼれていた。光がきらめいて細やかな花を孕んだ下草の間をちらちらと踊る。
狩りや心躍らす冒険もいいが、こうしてエウェルと取り留めもなく語り合い、微睡むのもクー・フーリンは嫌いではなかった。

ふと、何かが額に触れた気がした。
いや、気のせいではない。
無防備に眠る夫に膝を貸したエウェルが、髪をそっと撫でるように流していたのだ。
それで、意識が夢の世界より戻ってきた。
だが、まだ体はあちらの世界にいるのか満足に動かない。
青々とした緑に追われた大地に、エウェルは裾をふわりと広げながら、眠るクー・フーリンを起こさぬように、腿から裾にかけて散らばった、思いのほか長い髪をくるくると指先に絡め、梳いたり、引いたりしながらもてあそんでいるようだ。


そんな戯れを仕掛けてくるエウェルが微笑ましく、眠っていると信じきっているであろうエウェルを、身体が動く様になったら、目を開けて驚かしてやろうと、いたずらめいたことを考えながら、機をうかがう。


などと考えていると、顔を這う細い指先はより大胆さを増してきた。
しなやかな指が頬を撫でるように滑り髪を梳く。
そしてもう片方の手で、撫でまわすように鼻筋や形のいい耳に触れ、首筋まで下りていく。
急所たる顎の下を柔らかに撫ぜられるのは、妙にくすぐったく、それでも完全に覚醒しない体に、自分がどれほど気を許しているのか、思い知らされ胸の内で笑いたくなる。

同じようにそれが面白かったからなのか、頭の上から、くすくすと零れるような小さな笑い声が降ってきた。
そうして、その暖かな手のひらで顔が包み込まれたと思った瞬間、エウェルが上半身を動かした気配がして…唇になにかひどく暖かで柔らかいものを感じた。ついで額や目蓋、目元を戯れるように軽やかに触れ、繰り返された。
こういったことに関しては、及び腰な普段の態度からは思いもよらぬ大胆な行動に、クー・フーリンは内心驚愕を隠せなかった。

そうして、好きなだけやりたいようにやって満足したのか、何事もなかったかのように遠ざかろうとするエウェルの腕を、つかまえ、少し乱暴に、だが、体には衝撃を及ぼさないように背に腕をまわして引き寄せ、先ほどまで自分が寝そべっていた青草の褥に背中を押しつける。

視界が急に回ったことで、何が起こったのか理解が出来なかったのか、目を丸くさせたまま硬直したように見上げる妻に対して、クー・フーリンはにやりと笑った。

「一人で遊ぶたぁ、つれねぇな」
「…っな、ちょっ、えっ?」

それで何が起こったのか、やっと理解できたのか、一瞬で耳まで赤く染まった。
こうも、エウェルが動揺を見せることは珍しく、もう少しこの件でからかってもよいが…
と、そこまで考えて、まずは据え膳を頂くことにした。


動揺のあまり、意味のある言葉を発することができていない女の口に食らいつく。

「っ…んぅ…!」

エウェルを抱きしめる腕に更に力を込めると、体が軋み息も苦しいのか、女は抗議するようにクー・フーリンの腕ををきつく掴んで、叩いた。
だが、そんな脆弱な反抗では、鍛え上げられた体を止めることなどできるはずもない。
そんな、女の無駄なあがきを楽しむように、喘ぐように肢体を動かすエウェルをさらに抱きすくめ、クー・フーリンは吐息まで奪うように深く口づけた。

prev / next
[ top ]