春眠 | ナノ

31

――――クラウダス王。
史実にて、ゲルマン人の大移動にて荒れた国土をまがりなりにもまとめあげ、初めて正統派キリスト教に改宗したフランク王国の始祖。
アーサー王伝説においては、ブリテンのアーサー王に敵対したとされるフランスの王である。

昏い時代だった。
ブリテンも蛮族の流入と部族内での内紛にて荒れ果てていた暗黒時代。

その時代を照らすように颯爽と現れたのが、かの騎士王。尽きることなき勲と、その武勇を今なお謳われ続けるよととなる、アーサー・ペンドラゴン、その人である。

だが、偉大なる騎士王を頂いてもなお、ブリテンはいまだ蛮族の流入により、荒れ果てていた。そのような状態で、海を隔てた彼の国と敵対したままであるというのは、騎士王と言えどもあまりにも分が悪かったのであろう。その状況を憂いた他でもないランスロット卿が、父の仇であるクラウダス王との和睦を申し出たのだ。

その心からの申し出に、アーサー王はランスロットを心を労いながらも、受け入れた。
なにしろ、クラウダス王の国にには名だたる騎士こそおらねども、背後には教会や、力を失ったとはいえローマ帝国が控えていたからである。

そうして、彼の国を厭う臣下や、ランスロットの心をおもんばかった彼に心酔する騎士たちの反対を振り切って、ランスロットらは和睦のために奔走した。その必死の努力も相まって同盟は相なったという。

こうして、クラウダス王は和睦の要となったランスロットに領地を返した。そして、同盟の立役者となったランスロットを決して裏切ることない後援者となることを騎士王に約束することで、フランクとブリテンの間に瞬きの様な平和は築かれた。


「その使者に選ばれたのが、私とランスロットでした」

なるほど、確かについ先ほどまで敵国だった国に赴くのだ、並の実力と精神では押しつぶされかねない。
特に金を積み上げられたら大変だ。
積み上げられた金塊に、くらっとこない人間は、少なくないだろう。
なあ、凛?

「ええ、そうね。かなりやばいわ」

一瞬の迷いもなく、間髪入れずに返される答え。
ギルガメッシュをして、守銭奴・見どころがある・好みではないが妃にしてやってもいいと言わしめる、驚異の拝金主義者。
うん、これぞトオサカリンだ。

「あのさ、ちょっとした疑問なんだけど」

と、ふと考え込んでいた白乃が、口を開く。

「ガウェインは礼装を変えたシャノンを見て、クラウダスだって断言したよね?………つまり、クラウダス王って……もしかして、もともと女だったの?」

ああ、なるほどたしかにそれはそうだ。
男だったなら、礼装を変えただけのシャノンの姿を見て、本人だと断言するはずもない。
というか、本当に王様が男だったなら、コスプレかカードを使って戦う魔法☆少女でも見た時のような生暖かい気分になるのではないだろうか。

うん。
一般人の少女が英霊のコスチュームを身にまとい、その力の一端を発揮する――――実にプリズマな未来が垣間見えそうだ。

「それはとても柔軟な意見ですね。彼の時代背景を考えればこそ、彼女のかつての性別は男だったと思い込んでいたのですが……中世の王が女性だったとは。ええ、非常に斬新だ。そうなのですか、ガウェイン?」
「御名答です。よくお分かりになりましたね。私ですら、その性別になかなか気づかなかったというのに」

「なんでさ」
いや、なんでだよ。
思わず、俺たちのつっこみが唱和する。

だってあの鎧、最低限だったろ。
というか、腹部しか覆っていなかったじゃないか。
モニター越しだったが、胸部は普通に覆われていなかったと思うぞ。
――――うん、こう、いい感じに女性らしいフォルムを描いていたし?
おまけに髪は長いし。

「髪が長いのは彼の国の王族特有の特徴ですし、私が謁見した時は、男性としての幻影を纏っていましたから……それにしても流石は魔術師(ウィザード)、素晴らしい洞察力ですね」

尊敬するようなまなざしがこちらに向けられる。
だが、全くありがたくない。
なんという紙洞察!というか、それでも、わかるだろう!
あの体つきとか、顔とかで!背の低さとかで!!
あんたの時代では、ズボンをはいていたらすべて男なのか。
本当に、キャメロットの騎士はどんな目をしているのか……
……って、はて。ならどうして、女だと気が付いたのでしょう。

「いえ、うっかり沐浴中を覗いてしまいまして」

瞬間、生徒会室の空気が音を立てて凍りついた。
女性陣の目が、みるみる冷たくなっていく。
まあ、AKY(あえて空気読むはずがない)なガウェインさんはそんなことを全く気付いていないのだが。
だが、ああ良かった。うっかり羨ましいとか口を滑らさなくて本当によかった。

「ええ、見知らぬ地にて思わず、騎士の冒険心が掻き立てられてしまい、足を踏み入れてはならないところに引き寄せられてしまったのです。あの時は焦りました。見られたからには死か、結婚か選べと、迫られたのですから。―――――ランスロットが、我らは女ではなく王の沐浴を見たのだと、言いきらなければ、大変なことになっていましたね」

最悪だな騎士。
そして最高だな騎士。
そんなことができるなら、是非とも俺も騎士になってみたいものである。
いや、冒険心的な意味で。
パッションリップのバスト…いやおかしい意味ではなく学術的な意味で―――にも、男の冒険心がくすぐられましたから。


「へえ、騎士様が女性の肌を見たくせに、責任を取らなかったんだ」
「無論、それが女性であれば、騎士として人生の墓場に足を踏み入れるのも止むをえません。ですが、クラウダス王は己を王だと言い切りました。ならば、女性ではなく王として遇するのが礼と言うものでしょう。」

人生の墓場っておい……というか、愛か死かなんて、どこの女聖闘士ですか、それは?
しかし本当のところどうだったのでしょうか、ガウェインさん。
具体的には大きさとか、大きさとか、大きさとか、形とか、詳しくお願いいたしますよ。

「そうですね―――非常によろしい、とだけ申しておきましょうか。肝心要の所は隠されているあの姿…ええ、私の王への曇りなき忠誠がなければ、本当に危なかった」
「なるほど。それがチラリズムの走り、というわけですね」

まったく、何を言ってるのだろうか、この主従は。
ここは、そんなことを語るべき場所じゃないだろう。
いや、後でもっと語り明かさないだろうか?
女性陣のいないところとかで、より友情を深めたいのだが。

「岸波君?学級処刑を始めてほしいのかしら?」

処刑!裁判を通り越して、処刑!!
赤の女王ですら、そこまで横暴ではなかったと思うぞ、凛。
だが、妙に優しげに細められた凛の目が恐ろしいので、あやまっておく。
申し訳ございません。全くもってそんなことは、無いと断言いたします。女王様。

「女王様言うな!」


そんな俺たちを見てガウェインは、軽やかな笑みをこぼした。
にしても、珍しい。さっきの迷宮の映像を見てても思ったんだが――――本当に珍しい。ガウェインがここまであからさまな本音―――というか自分の感情を露わにするとは。おまけに仮にも相手は王だったのだ。もっと、こう誠実ではあるが、格式ばった礼節をもって相対しているのかと思った。

そう、疑問に思って顔を上げると、同じことをレオも思ったらしく、軽く笑いをもらしている。

「どうなさいましたか、レオ」
「ふ、―――いえ。ガウェインがそうも気安げに話すのを初めて聞いたと思いまして」
「そう……でしょうか。確かに私は彼の王とは交友はありましたが、我が王とは比べ物にならないほど王らしからぬ人格でした。騎士道なんするものぞと軽んじ、気まぐれに公務よりも私事を優先させ、華美や美食を好んだ。あげく、私の結婚式に黄金の像を送ってくるくらいですから、その人格が知れるでしょう」

ガウェインは不満げな口調で、愚痴を言うように本音を漏らした。
それが妙に、なんというか微笑ましい。
よほど彼女は、ガウェインにとっても、好ましい人間だったのだろう。
だって、本当に信頼のできない人間であれば、誰よりも騎士としてあるガウェインがこうも、親しげに語るはずもないのだから。


「おや、何かいけませんか?確かに黄金の像とは、いささか趣味が良いとはいえませんが、特に問題があるようには思えませんよ」
「いいえ、彼女は―――――私が年下の女性が好きだということを知っていて、あどけない乙女の銅像を送ってきたのです!よりにもよって、王に命じられた老…熟女との結婚式の当日に。こんな非道を許してもよいのでしょうか!!」

よし、話を進めよう。
彼女の使う宝具(仮)の話だけど――――

「いえ、待ってください!もう少し続きがあるのです」
「貴方の女性の談義に付き合っている暇はないので、手っ取り早くお願いしますね、ガウェイン」
「は、……はっ!」

そうしてくれガウェイン。
あと、レオも手綱をしっかり握っておいてくれ。
特に空気を読む、手綱を。

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