春眠 | ナノ
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22

煉獄の向こうから陽炎のように揺らぎながら現れ出る影。
黒鋼の小手と具足に、真白い下衣。金の縫い取りをした紅蓮の外套に身を包んだ、小柄な女―――シャノンの姿。

それ以上に彼女の外見に主だった変化はない。
先ほどとは、ただ纏っている礼装が異なるだけの姿。
―――そう、そのアバターだけを見るのであれば、彼女は何一つ変わっていないはずなのだ。


だというのに、震えるほどの凄まじい違和感が全身を打ちのめす。
目の前から伝わってくるのは、人とは思えないほどの圧倒的な存在感。
先ほどとは比べ物にならない、人間離れした魔力の波動。桁外れの重圧感。
そう、もはや目の前にいるモノは、先ほどまでここにいた女と元を同じくする別の何かだ。
だって、そうでなくてはおかしい。
こんなにも、人間離れした神秘と、プレッシャーを放つ生き物が、人間(同胞)だと認められるはずもないのだから――――


「見るなり逃げようとするなんて、酷いこと。そうは思いませんか?ガウェイン卿」
「――――クラウダス王?なぜ、あなたがここに!?いえ、これはまさか……」
「ご明察、流石はキャメロット随一の騎士。良い感をしています」

十年来の友人に会ったかのように、親しげにガウェインに投げかけられる言葉。

そうして、ちらりとこちらに視線をやり、この炎はいささか重すぎましたか、と彼女が手をかざした途端、私を取り巻く炎の勢いが弱まった。明らかにこちらを軽んじているその振る舞い。手加減をされたことにはいささか腹立たしくも感じるが、そもそも彼女は最初から私を殺したいわけではないのだ。ならばこの扱いも理解ができる。というか、正直だが有り難かった。あの状態だと、あと数秒も持たなかった自信がある。

だが、なぜ「彼女」はガウェインとまるで既知であるかのように言葉を交わしているのだろう。
今こうして、過去の存在である彼らと言葉を交わせるのは聖杯の奇跡あってこそ。本来であれば彼らの人生はとうの昔に尽きているのだ。そんな彼と顔見知りであるかのように言葉を交わすことができるのは、召喚されてからの知り合いか
あるいは―――――


『そんな―――ここま…で高度な英霊憑依、なんて、理論、上可能であ……はずが……』

同様に、かの時代に生きた存在のみである。


先ほどよりは、明瞭に聞こえるラニの声。どうやら、通信が回復したらしい。
にしても、憑依だって?あのイタコみたいに霊を肉体に降ろす、あれのことだろうか。にしても、恐ろしいほどの変貌だ。いや、正直憑依で過去の英霊を降ろすことができるなら、もはや聖杯戦争の意味を為さないような気がするが。
しかし…クラウダス――――って誰?聞いたことがない。


「―――クラウダス王。かの騎士王の伝記にて、敵対者として描かれるフランスの王か」

そうなんだ。というか、よくそんなことまで知ってるんだね。英霊になったらそんな細かい知識もすべて網羅できるのだろうか?それとも騎士王物語はアーチャーの人生のバイブルかなんかなの?

自然とあがる息を押さえて情報を整理するこちらを悠然と睥睨しながら、声が落される。

「生憎ですがアトラス、その結論はいささか古い。なに、この推論はありえないことでもないでしょう。魂は流転する。地上ならいざ知らず、このムーンセルにおいては、魂の復元など容易いこと。なにしろ、全ての情報が蓄えられているのだから」

そこに宿る色すらも先ほどまでの彼女と、崖を隔てたほどの差異を感じる。単なる言葉づかいが、ではない。その声を、彼女を構成するすべてが、先ほどまでとは全く異なっているのだ。先ほどまでの彼女は、厳しさこそあれど、別の一面では争いを忌避する和やかさと、冷静に振る舞うさなかに垣間見える暖かな雰囲気があった。だが、目の前の女からは、全くそれを感じない。


『にしてもあり得ないっての。大体、魂には個々の波長があるのよ。そんなの他人の記録も記憶も、魂が受け付けるわけがないわ。どれだけ似てても、赤の他人に重なることなんて、って――、まさか』
「…そう、己とは異なる霊子パターンを持つ英霊をその身に卸すことなどできるはずもない。―――でも、それが全く同じであったら?」


高揚したように、紅潮していく頬。零されるのは、正気かと見まごうような、熱く上ずったように揺れる声。恒星のように燃える殺意で濡れた瞳が、絡め取るように、こちらをねめつける。

先ほどと変わらぬどこか清楚な面立ちでありながらも、感じる印象は蠱惑的。氷の様な視線に、血に酔う様な微笑は、いっそ無垢なまでの嗜虐性を感じる。その矛盾が、見る者の正気を失わせる甘美な蜜のような毒となるのだろう。


「ありえません……転生したというのですか!あなたであれば、少なからず英霊として認められる知名度はあったはずでしょう!?」
「残念ながら、この魂は流転を定められている。そうやすやすと輪を外れるわけにはいかないのですよ。まあ、何れは英霊として属する可能性を欠片なりとも持つからこそ、こうしてここに降りたでしょうが――――いまだに、終わりはほど遠くてね」

理解が出来ない苛立ちのあまり、語気を荒くガウェインは問い詰める。そんな玲瓏な面差しを睨む視線を気に留める様子もなく、シャノンは唇を緩く吊り上げ答える。

そんな、誰もが見惚れるほどの態でありながら、
口の端に浮かぶは、凄惨な未来を暗示させる小さな微笑み。
その自然に零されたほほえみが、「彼女」がどれほど血濡れた人生を歩んできたのかが伝わってくる。


そう、目の前にいるのは、起源を同じくしただけの、全く別の生を歩んだ女だ。
身体から漂うのは、決して消えることのない、血の香り。
それを見て、直感的に理解した。
―――気を抜けば、私も、彼女を彩るだけの花のひとつになるのだと。


人は生まれた環境によって、如何様にでも育つ生き物。
そして、順応と適応こそが人の最たる特徴でもある。
そしてそれは、良くも悪くも作用する。
なるほど、変貌を遂げて尚、魔的なほどに美しいはずだ。
この「彼女」は、環境と言う名のやすりで研磨された結果生み出された宝石。

かくあれと万人に望まれて至った、時代を彩る一つの星だった。



*****

クラウダス王=アーサー王伝説の端っこに出没するフランスの王様。もちろん敵役、悪役ポジション。史実ではフランク王国メロヴィング朝の始祖クローヴィス1世に相当するとかしないとか。騎士王物語ではあっけなく敗北するが、史実ではフランス方が残ったことを考えると、いろいろと歴史の勉強がはかどる。

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