春眠 | ナノ
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★SIDE:シャノン

何故、あの声に答えたのかは今でもわからない。
あまりにも不合理な行動。
馬鹿らしいにも程があるというのに、全く自分の行動が理解ができない。それとも、あの声(感情)が煩すぎて引きずられたのだろうか。

―――――でもそれだけじゃないと言う確信がある。
そう、きっと私は彼らのことが――――


目が眩むほどに、幻想的に舞い落ちる桜の花弁。
そのさなかにこちらに歩みを進める、一人の少女をシャノンは見つめた。

こんな時ですら、目の前に立つ衛士を、本当の意味で敵対者だとは見なさずに、馬鹿みたいに無防備な自然体を保って、こちらを見上げる、どうしようもなく愚かで優しい少女を。

柔らかな栗毛に、健康的でのびやかな肢体。年相応に愛らしいが、正直言って見目形は十人並みだと思う。
だが、こちらを真っ直ぐに見上げる、意志の強そうな瞳。それがなによりも彼女の特異さを伝えてくる。

聖杯戦争以前の記憶は闇に消え去り、人を弑するに足る願いもない。挙句、未来も分からない。そんな現状で一体どれだけの人間が、その輝きを持ち続けられるだろうか。
常人であれば、正気を失いかねないほどの苦悩にさいなまれなががらも、凛と立つ姿。
そう、そこにいたのは、どこにでもいるようで、誰の代わりにもなりえない輝きを秘めた――――どうしようもないほどに、眩い一人の人間だった。

だからこそ、それが、シャノンには哀れでならなかった。
だって、記憶の中の彼女/彼はいつだって、苦しんでいた。
どうしようもなく、傷ついていた。

命を奪う痛み、死にたくないなんて願いのために生き残ってしまった慟哭。
零れ落した命。
もう果たしようのない、贖罪。
罪深い自分を悔い、そうせざるをえない我欲の園に慄き、震える体を抱きしめながら…それでも、小さく灯った願いを抱いて、決してあきらめることなく歩み続けた、その姿を知っている。

そして、その儚い願いが、決して報われることがないということも、

―――――そう、だから、愚かだと…分かっていても、私、―――は、BBの狂おしい祈りに、答―――――――――



頭に検閲(ノイズ)が走った
どうやら、プログラムの暴走か、白昼夢のような幻影でも見ていたらしい。後で、デバックしなければ、と目を瞬かせて視界をクリアに簡易アップデートする。

そうして、頭を振って赤い衣のサーヴァントと声を交わす白乃へと向き直り、今の自分が表せる最大限の憐れみと、慈しみを込めて口を開いた。

「ねえ、もう戦うのはやめにしない?」

豊穣な大地の色をした大きな瞳が見開かれてゆく。
彼女にとっても、この問いが想定外のモノだったのだろう。
彼女の―――彼女の瞳が、涙と悲嘆に曇ったのを見たのは、いつのことだっただろうか

「争うのは辞めて、誰も傷つけず、誰にも傷つけられずにここに留まるの」
「……そんなことをできないって、わかっているくせに私に言うの?」
「いいえ、出来ないはずがないわ。だって、前に言ってたじゃない。傷つけたくない……それでも、死にたくはないんだって」

そう、今でも覚えている。
胸にあてた手に力を込めて、震えそうな声を虚勢で覆い隠して返される答え。
凛とした迷いのない……などとは、決して言えない声色。
この囁きに迷い、心を動かされ――――それでもなお、歩みを止めることない色。
それらの声が、己を断罪しながらも、嗚咽交じりに生きていたいと語ったのを、覚えている。

「ここに留まるのなら、何一つ失うことなく、微睡んでいられるわ。あなたには―――あなたたちだからこそ、それが許されるはずよ」

生きるために、誰かを殺したくない
それでも、生きていたい
ただ、生きる意味を、ここにいる意味を知りたいという、あまりにも単純で、強い生命の叫びを私は知っている。

そんな願いのために、命を踏みにじることを嘆いた人がいた。
そんな誰もが最初に諦めた心を、最後まで捨てきれない人たちだった。
だが、そんな彼らの願いは――――その願いだけは叶わないのだ。

あそこは月の檻。我欲の園。
願いと命を秤にかけて、月を目指す聖杯戦争。
それこそが、聖杯戦争のルール。
表に戻れば、そこから逃れることなどできるはずもない。

そう、戻れば、彼らと友人たちとの間に育まれた絆を、己の手で壊しつくさねばならないのだ。それが、レオであれば、それすらも背負って過つことなく王道を行くだろう。それが凛であれば、彼らの命を無駄にしないためにも、その命を輝かせ続けるだろう。彼らの様な人種は、その痛みを背負ってなお、凛然と立ち、万人を魅せ、生きざまで人を導く、大輪の花の様な強さを持っている。

だが、彼女たちは違う。奪われることに怯え、奪うことに涙する、守られてしかるべき野に咲く花だ。そんな彼女たちにとって、この迷宮の先にある未来がどれほどの負担か、あえて語るまでもないだろう。

「表における法は、地上のそれと同じよ。己の望み、欲望、幸福になりたいという願いのために、誰かの命を犠牲にする。あるいは、ひと時の欲のために、欠片の罪悪なく命を消費する。そんな者たちが多く蔓延る戦場。貴女たちのように、踏みにじった花をいちいち悼むほど、心優しいマスターなんていない……いえ、真っ先に消えてしまったわ。でも――――貴女たちは違う。そんな貴女たちにこそ、誰も傷つけることなくそのままでいられる、この世界(月の裏)は相応しいわ」

それは、惑わすものでもあったが、確かに彼らを案じる真摯ものだった。
だが―――

「それでも、その言葉を受け入れることはできないよ」

そんな、母の愛にも似たゆりかごの慈しみを、白乃は痛みを耐えるような声で跳ね除けた。

「何故?生徒会室にいるマスターたちならいざ知らず、貴方たちは他人の傷を自分のように悼み、嘆くことのできる人よ。そのくせ、相手を踏みにじるだけの確たる願いの持たないのでしょう?そんなあなたなら…いえ、あなただからこそ、この微睡は相応しいわ。ああ、彼らのことが気になるなら、私がBBに彼らだけでも戻すように直訴してあげましょうか?なら、あなたも変な罪悪感を抱かずに――――」
「違う」
「………何が、違うというの?」

「私は、レオたちの願いだけでここまで来ているんじゃない。私の―――私たちの願いがその先にあるからここまで来たの。私も生きていたいし、幸せにもなりたい。…それが、そんなことが聖杯戦争では、どれだけ無茶なことかわかっている。貴女が私たちを案じてくれていることもよくわかる。――――でも、ううん。だからこそ諦められない。それが、苦しくても、走り出したのなら、……こんなところで留まることなんてできない。その先に別れしかなくても、私はその先を見たい、進みたい。だから、止まることなんてできない」

怖い、今でも恐れはある。
この先に広がっている不確定の未来が恐ろしい。
定まらない過去が恐ろしい。
語り合った友と…今まで共にいた兄弟とも道を違えるかもしれない未来が恐ろしい。
それでも―――――――――、未来を求める事を止めたくはない。
だって―――その先に広がっているものは、きっといいもののはずなのだから。

そう、少女は迷い揺らぎながらも、幻(ユメ)のような体に宿る、確固たる意志で彼女はそういった。

そんな瞳を、ずっと昔にも見たことがある。
目が眩むほどの、遠い夢を目指す色。
他人を傷つけることを悼む心を持ちながらも、歩みを止めない意志。
それが容易くない道だと知ってもなお、歩みを止めなかった人間だけが持つ、輝きを宿していた。

「それが、無意味な……何も為せずに無駄に終わることだとしても?」
「そんなことは承知の上だよ。意味とか無意味とか考えている余裕なんていつだってなかったんだし。それでも、私は……私たちは諦めなかった。そんなことしか私はできないけど、―――――それでも、私は明日が見たいの」

その瞳が宿す、その願いは単純なものだ。
誰に語り聞かせても、夢見がちだと一蹴されるか、内容がないと流される幼子の語る夢。
けれど、そんな単純なことを貫くことが、どれほど困難なことか、私は知っている。
それほどに幸福でありたいと、あって欲しいという願いは、そういった温かなものを守っていきたいという夢は、遠く果てなく、多くの人が願い叶えられずに散ってゆく祈りだった。

「本当に、馬鹿みたいに強い人なのね。大した能力も持っていないのに―――いいえ、そうじゃないわね。その強さは才能じゃなくて、心の在り方。

――――――ええ、そうね、あなたは……あなたたちはそんな人だった」


そんな目を見ていられずに、シャノンは目蓋を伏せ、そうして疼くような痛みを訴えかける胸に、そっと手を当てた。

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