春眠 | ナノ
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◆SIDE:白野

恐怖の告白から、主観時間にして、数時間が経過した。
ひと時の休息に微睡む生徒会室に流れる空気は、ようやくSGを見極めることができたためか、非常に和やかだ。
が、そんな弛緩した空気とは反対に、俺の心にはエターナルなブリザードが吹雪いていた。まあ、そんなことを気にするはずもない鬼畜生徒会長らからすれば、この結果で万々歳だろう。うん、もう少し俺のことも労わってくれてもいいと思います。


しかし、あれほど情熱的な告白を受けたのは、この月の裏に来て2度目だ。
その2回が2回とも、熱烈な殺意込みだということが、哀しくてならない。
リップと言い、シャノンといい、どうしてあそこまで最初と最後の印象が180度異なっているのだろうか。
本当に女心は複雑怪奇である。
ああ、何時になったら、俺は可愛くてボイ……体の一部がふくよかな女の子から純粋な愛の言葉を受けることができるのだろう……

椅子に妙に疲れた体を預けて、ぐったりと仰け反る。
天を仰いでも、古めかしい校舎を模したテクスチャの天井は、何一つとして、俺を慰めてくれそうになかった。せいぜいが窓の外に舞い散る、桜の花くらいだ。それすらも、BBの手が加わっていそうだが。ああ、BBの高笑いが聞こえそう。


「いやあ、なかなかにて手こずりましたが、一先ず一つ目のSGご苦労様です。この調子で、乙女の心をガンガン暴いちゃってくださいね」

明るく笑いながら、声をかけてくるレオは、他人事だと思っているからか知らないがいつもと変わらない朗らかさである。全くもって許しがたい。覚えていろよ、と言いたいところだが、彼の背後の白騎士が恐ろしいので、神妙に口を噤んでおく。


「それにしても、彼女とは長い付き合いですが、あのような一面があったとは驚きです。本当に…人の心は複雑怪奇ですね」

俺は、レオがAIにそんな感情を覚えたことが、不思議に思う、ってあれ?
同じことを疑問に思ったのか、白乃も首を傾げて口を開く。

「あれ?レオはシャノンと知り合い?」
「ええ、僕の何人かいるうちの婚約者候補の一人ですね。―――彼女の家をこちら側に取り込みたい政治的配慮からですが」

そうか―――婚約……え?
思いがけない返答に、飛んでいた魂(意識)が一瞬で引き戻される。
婚約者?候補とはいえ、レオの年齢で?おまけにあんな美人を?……ああ、これが格差社会ってやつか
む、白乃も凛もラニも、なぜそんな目で俺を見るんだ

「疑問に思うとこ、そこじゃないでしょ」
「―――もう少し、常識的な思考を要求します」
「そうよ、バカ白野。――レオ、つまり彼女はAIじゃないっていうの?」
「何を言って…ああ、そう言うことですね。ミス・トオサカたちは御存じありませんでしたね。ええ、そうです。彼女…シャノン・リヴィエールは、AIが担っていた役割をムーンセルから得た厳然たる地上の人間です」

そうして、レオは言葉を切って、不思議そうに首をかしげた。

「ええ、ですので、彼女とムーンセルで会った時は、驚きました。それが、マスターでないのであれば尚のことです」
「……意味が分かりません。マスターでもないのにセラフに滞在して彼女は何がしたかったのでしょうか」

無表情にも零された疑問は、理解できないものを見た、困惑の色を含んでいた。
そう、マスターではないのであれば、地上に戻る術もないと同義。即ち死。
何も得ることなく、何も為すことなく消え去るだけの結果が見えているというのに、シャノンは月に来た。そこまでして、何をしたかったのか、論理的な思考を尊ぶラニには、理解ができなかったのだろう。


「それは僕もはぐらかされてしまいまして。ですがどうやら、知識欲からこの月にやってきたという様な事を言ってましたね。いずれにせよ、敵対者として現れなくて安心しましたよ。彼女のマスター適正は、才能・応用力ともに僕らと比べても遜色ないものですからね。敵マスターとして現れれば、相当の強敵だったでしょう」

そう、一度言葉を切って、育ちの良さが滲み出るような手つきでカップを持ち上げ紅茶を一口口に含む。
などと、語っているもののレオの口調に厳しいものはない。おそらく、そうであっても自分であれば十分に倒せるという自負があるのだろう。

「彼女は教会に滞在中ののミス・アオザキと同様に、ムーンセルとマスターたちの手助けをするという契約に基づいて、霊子虚構世界での永続権を得たそうです。ですが、マスターではない彼女はムーンセルから離脱する術がない。ですので僕が聖杯戦争に勝利した暁には、彼女を地上に戻して、恩を売ろうかと考えていたのですが」
「レオが恩を売りたいくらいに凄い人なの、あの人?」
「ええ、彼女個人、というよりは、彼女が属するリヴィエール家に、ですが」

白乃の疑問をさらっと返す、生徒会長様。
政略結婚に、バックに控える名家。
なかなかにブルジョアな香りがします。

「ふうん、そっか。それにしても、リヴィエール家ね……あの大源が枯渇し始めた途端に、早々と魔術協会から西欧財閥に寝返ったっていうあの」
「ええ、彼の家の助けがあったからこそ、西欧財閥はここまで劇的に支配圏を広げられたなれたのですから、蔑にできるはずもありません。なにしろ、リヴィエール家の先見の目は、今なお目を見張るものがあるほどですからね。一体どのような情報ツールを用いているのか不思議ですよ」
「つまり、その未だ底が知れないリヴィエール家に媚を売っておこうってわけね」
「いえ、関心を持っている、とアピールしているだけですよ」

どっちでも一緒に思えるのだが、厳密には違うらしい。

「全然違うじゃない。こいつはリヴィエール家から支援を受けるんじゃなくて、こっちがパトロンになってやってるっていいたいそうよ。どうやったって格上はこちらだって言いたいそうよ」
「ええ、僕らの間に超えられない壁があるのは事実ですから」
「はいはい、わかりました。で、肝心のシャノンはどこでマスターの補佐をしていたのよ」
「図書館の管理、聖杯戦争における情報収集の補佐、だったと思いますが。表の聖杯戦争では情報が命綱です。図書館を利用するすべてのマスターとは話していると思ったのですが……もしかして、彼女自身にあったこともないのですか、ミス・トオサカ」
「―――いいえ、記憶にないわね」


などと、目の前で軽くかわされる会話には、自分が知らない地上での常識が多く含まれている。自分の知識が満たされるそんな会話を聞くのは楽しい。
だが、そんなことよりも、凛とレオがこんな風に気安く話している姿を見るのが、嬉しく感じる。互いに嫌いあっていないことが言葉の端からにじみ出る会話。記憶を取り戻した今だからこそわかる。そんな景色が、―――ひどく眩しい。

このなんでもないようなひと時が、奇跡の上に成り立っていることを、知ってしまったからだろう。
もっと続けばいいという声がする。心の中でこの瞬間が永遠になればいいのに、というささやきがある。だがそれは、心から望みながら、決して叶うことがないという望みだ。そうこのまま表に戻れば、また俺たちは殺しあう中になるのだろう。――――――だが、だからと言ってこの景色が無意味であるはずがないのだ。ならば、このなんでもない奇跡のような当たり前の時を、今は堪能しよう。

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