天球儀 | ナノ

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メフィストフェレスと別れ、眠気を誘うように永遠と続く廊下を進んでいると、倉庫から気配を殺しておそるおそる現れる人影X。

「あ、おはよう、ミリアム」
「ひゃっ!---なんだ、もう、驚かさないでよ…おはようマスター。それはそうと、クーフーリンはもう行った?」
「あ、おはよう、ミリアム。うん、あっちに行ったよ。あと、ミリアムのこと探してた」
「そう、そうよね…ありがとう。私はそうね、一人で旅に出たとでも伝えて頂戴」

聞くやいなや、青ざめた顔で素早く踵を返して逃避行動に出る少女。


そう、彼女はマスター適正は高く、魔術師としても有能だった―――だが、才能があるからと言って、マスターに向いているかと言ったら、そうではない。それを立夏は思い知らされた。



ミリアムが因果の縁を手繰り、はじめて召喚して出てきた英霊。それは、あの冬木で出会ったドルイドの杖を持つキャスターだった。
はじめての戦場で戸惑ってばかりだった立夏とマシュを導き、自分に戦いの覚悟を教えてくれた信頼すべき、そして頼りになるサーヴァント。その背中と言葉に、どれほど励まされたことだろう。

そんな彼が自分ではなく、他でもない彼女に導かれてやってきたという事実に、少しさみしいものを覚えなかったと言ったら嘘になる。

しかしまあ、そんな感傷は―――、一瞬で吹き飛ぶこととなった。


彼はミリアムに召喚されたことを酷く喜んだ。彼女は彼好みの特別気がキツい女ではないが、その言動には一本筋が通っており、肝が据わっている。なにより、彼女がルーンと槍の使い手であったからだ。

サーヴァント化したミリアムは本人いわく杖―――にしては、メイスじみていて、先端部に刃物らしきものが付いている、を持っていた。彼女の戦い方は単純だ。それを杖として掲げ、メイスとして振り回し、時には槍として刺す。ただそれだけの戦法だ。

そこに待ったをかけたのが、魔術師クーフーリンだったのだ。

『お前の戦い方はなっちゃいない。そんな立派な槍を持っていてそりゃねぇだろ。―――よし、俺がマスターを鍛えてやるよ!』

その日からだ。
ミリアムの受難は始まったのは。

朝から晩までトレーニングの日々。
ケルト式の体力つくりから、魔術の研鑽まで。
魔術師が見れば垂涎物のそれは、精神性が現代人かつ一般的なそれに近いミリアムにとっては地獄めぐりに等しいものがあった。サーヴァントとしての霊基を有しているミリアムだからこそ耐えているものの、これが一般的な人間なら、過労死していただろうと確信すらできるほど。

しかも、だ。幸か不幸か、ミリアムにはそれなりの才能(ポテンシャル)があったらしい。
クーフーリンの期待に答えて、ミリアムはめきめきと実力を伸ばした。

一度は自重するようにいうべきか悩んだのだが、ダヴィンチちゃんいわく、ミリアムは怠け者だから、ちょうどいいんじゃない?だそうだ。

クーフーリンは充実していたに違いない。
彼は死者であり、もう変化もなければ成長もない。
だが、自分の技を伝えることができる人がいるのだ。
それは、不変の存在になった彼にとって、何より報酬だっただろう。

「ちなみに、もう一つ聞いておきたいんだけど、どっちだった?」
「……ランサー、かな」
「…………そう」

ミリアムにとって、極めて残念なことは、彼女の手によってさらにクーフーリンの側面である槍兵が召喚されたことだろうか。

彼が来たことでミリアムのレベリング(逆じゃないかと思う)計画は最高潮にまで達した。
もし、ここに噂に聞く影の国の女王が来た暁には、彼女は過労死するのではないかと思うほど。


そんな時だ。彼女が現れたのは。

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