Σ-シグマ-2 | ナノ
小さな恋の終わり


私は君の、母親になれましたか










「あ、メール…ああ、官兵衛さん渋滞に巻き込まれたから、走ってこっち来るらしいですよぉ?」

『え、まじか』

「まったく、あの男は高校の頃から変わらないな。どうする、待つか?」

『まぁ、今更後日ってのも悪いし…黒田くん、どこまで来てるんだろ』

「ふむ…ならばばしょをあらためるのはどうでしょう?」

『場所?』




子どもたちが庭での鬼ごっこに飽きた頃、後藤くんに黒田くんからメールが入った

なんでもタクシーを降りて走ってるらしい。無事にたどり着けるのかな


そんな中、集合写真どうしようか…と相談したところ、上杉くんが提案してきたのは場所の移動だ




「せっかくです。われわれのおもいでのばしょなど」

『思い出?』

「…そうでしたね、あなたはわたくしたちをわすれているのでした」

『あ…ごめん』

「えっと…あっ!!じゃあ高校行きません、高校?どうせ卒業以来行ってないでしょ?」

「なるほど、それならナキも風魔と孫市以外のことを思い出すかもしれない」

『あー…確かに。黒歴史が掘り返せるかもね』

「決まりだな。ふふっ、黒田にも連絡を入れてやってくれ」

「へーい」




急遽予定変更。同窓生との写真は、成り行きで我らが母校で撮ることに決まった

行き先変更を黒田くんにも連絡しつつ…チラリと視線を刑部さんに向けると、行け行けと顎で合図してくれる




「止める理由もなかろ。チビらは昼寝の時間よ」

『うーん…じゃあ少し、出てきますね。弥三郎くん、チビたちを寝かすのよろしくね』

「うん!任せといて…お、お姉ちゃん。お友達とゆっくりしてくるといいよ」

『ありがと、夕飯までには戻るから』

「ナキ先輩、官兵衛さんから了解って返信来ましたよー」

『はいはーい、じゃあちょっと行ってきま…』

「ま、待てキヨっ」

『ん?』




どんっ…と腰に軽い衝撃。何かがぶつかった感覚と、勝家くんが慌てて駆け寄ってくる気配

振り向けばずっと下に、キヨのふわっとした頭が見えた




『どうしたのキヨ?』

「す、すまないナキさん、キヨが急に…キヨ、今から彼女は出かける。離れよう」

「…いやだ。どこか、行くんだろ」

『えーっと…ちゃんと戻るよキヨ?だから勝家くんたちとお留守番しててね』

「いやだっ!!!」

『うーん…』




駆けつけた片倉くんたちと共に顔を見合わせても、何があったんだと首を傾げるばかり

あの勝家くんの言葉も聞き入れてくれないなんて…弁丸くんや竹千代くんも、不安そうに見守ってる




「………………」

『あ…風魔くん、』

「っ、な、何だよっ!!アンタがナキを連れてくのかっ!?」

『ちょ、こらキヨ!違うよ、私はどこにも行かないからね』

「ウソだっ!!!」

『キヨ…』

「キヨ!ナキを困らせるな!」

「う゛ぅぅ…!」




見かねた佐吉くんがキヨを引き剥がそうとするけど、ますます私の腰に掻きついて離れない

こんなキヨは初めてじゃない、けど、いつもと違う。今までは幼いなりに抱えた“不安”で衝動的に動いてた


…けど今のキヨには確信がある




「…小石、日を改めるか?」

『いやいやいや、せっかく来てもらったんだもん。それは悪いよ』

「っ、なんだよっ!!俺より、そいつらとっ…!」

『え、そうは言ってないでしょ?どうしたのキヨ?』

「〜〜っ、もういいっ!!」

『っ、あ、キヨっ!!?』

「キヨっ!!?」




次の瞬間、腰にあったキヨの重みが消える

そして伸ばされた勝家くんや風魔くんの手をすり抜け、キヨは部屋を飛び出して行った。少し遠くで玄関のドアが開き、閉じる音がする


呆気にとられたみんなは、私を含め動けなかった…動かなかった。ハッと我に返った私は、その事の重大さを知る





『キヨっ…、…キヨっ!!!』

「っ、ナキさんっ!!!」

「おい待てナキっ!!勝家っ!!?」

「くっ…我らもキヨを探すぞっ!!大谷、ナキは我らに任せお前は子どもらを頼むっ」

「…すまぬ雑賀、任せた」

「さすけ…ナキどのは…」

「弁丸さまたちはこっちおいで、大丈夫だから、ね?」

「わ、私がどなったから、キヨは…!」

「大丈夫だよ佐吉!きっとお姉ちゃんがキヨを連れて帰ってくるよ…きっと」
























『キヨっ…キヨーっ!!?って、え、うわっ!!?』

「うおっ!!?いってて、すまん…って、ナキっ!!?」

『っぅ…あ、黒田くん…ぁ、き、キヨ見なかったっ!!?私がっ、私っ…!』

「お、落ち着けっ!!とりあえず落ち着けっ!!」




キヨを追いかけて家を飛び出し、しばらく走った頃。曲がり角に差し掛かった私は、勢いよく誰かとぶつかりぶっ飛んでしまった

倒れた私を抱き起こしたのは、堂々社長出勤の黒田くんで…状況の理解できてない彼にすがりつく


キヨがいなくなった。家を飛び出した。私は、それを…!





「キヨって、お前さんの息子か?それがいなくなったって…!」

『そう、だからっ…!』

「だからって闇雲に探しても見つからんだろっ!!まずは落ち着け、な?」

『ち、違うっ…』

「な、何が違うんだ」

『っ、キヨが私から離れた時、追えたはずなのに…私、躊躇したっ』






それは先日のキヨ……いや、左近くんの言葉



アンタはぜーったい俺を追いかけるなよ−…





「…よく分からんが、だからってそう自分を責める話でもないだろ?小生も探すから、そいつの特徴を…」

『あの時、真っ先に、走り出さなきゃいけなかった…』

「は?」

『左近くんの助言の意味は分からない…でもっ…』




私はっ−…







『あの子の母親だからっ!!!』






私が真っ先に、駆けつけないといけないんだ





『っ−…………』

「ナキっ!!?」

「ナキさんっ!!!」

「うおっ!!?えっと、お前さんは確か、柴田…」

「っ、貴方は黒田氏…ナキさんは私が追う、貴方は別の道からキヨを探してくれっ」

「だからキヨってどんなっ…て、待てっ!!話を聞けっ!!」





















『っ!!!!』

「あ…!」

『いた、キヨっ!!』




人を掻き分けたどり着いた先に、あの子の姿を見つけた

私に気づいた瞬間、泣きそうな顔で逃げていく。待って、話そう、今度はちゃんと君の話を聞くから




「っ、ナキさんっ!!」

『か、勝家くんっ、キヨがいたっ!!あっちっ!!』

「ああ…キヨ!」

「く、くんなっ!!」

「あ……!」

『キヨっ!!』




勝家くんも駆けつけると焦ったのか、キヨはガードレールの下をくぐり抜け道路に飛び出してしまう

そう、飛び出した。その瞬間背筋がぞっと、頭がかっと熱くなる


信号は赤。子どもたちには再三言い聞かせてきた、青信号になるまで渡っちゃいけないって


だって…





『ダメっ!!キヨ、戻ってっ!!!』

「え−…」

『キヨっ!!!』





キヨが飛び出していったその先に、同じく向かう大きなトラック。それがキヨ目掛け迫っていた

通行人の悲鳴、怒鳴り声、ブレーキ音が響く中、私は−…





『キヨっ!!!』






けどナキ、アンタはぜーったい俺を追いかけるなよ

俺に何があってもだ




それが今だ




背後で勝家くんも道路に飛び出した気配がする。けどそれより先に、キヨに向かって走る私

振り向いたキヨは確かに私を見て、私に手を伸ばし、そして、




「ナキっ…!」






その先、のことはよく分からない

必死に抱き締めたキヨを腕の中に、私はクラクションとブレーキの音に包まれた

視界は真っ暗、強い衝撃、ああ、やってしまった。やらかしてしまった


後悔はないつもりだ。ただ、ただ私には心残りがある



あの子は、どうなるのだろう

私は、私は−…




それを口にする前に、私の意識は途切れてしまったのだけれど





20151231.


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