雛鳥に飾り羽
アナタが空なら、その空を飛ぶ鳥になりたい
『ぐはっ!!』
「どうしたのお姉ちゃ…あ、弁丸とキヨが昼寝してる」
『大の字な弁丸くんと丸くなってるキヨが可愛すぎてつらい…!ちょ、カメラ!カメラ持ってくる!』
「い、行ってらっしゃい…」
居間で眠る弁丸とキヨを見つけた瞬間、佐吉顔負けの速さで部屋を飛び出したお姉ちゃん。しばらくして、その手に小さなカラクリを持って帰ってきた
それはカメラ…といって目の前の風景を精密な絵に仕上げてしまう機械。ほんと、未来のカラクリってすごいよね
『あー…可愛い、何枚撮ってもベストショットじゃんすごくない?この世に舞い降りた天使すぎじゃない?』
「幸せそうで何よりだけど、佐助と吉継に見つからないようにしてね」
『何人たりとも今の私の手は止められないよ。あっはー、キーホルダーにして肌身離さず連れ歩きたいね』
「きぃほるだぁ?」
『こんな風に小物に付ける飾りだよ』
はい、とお姉ちゃんが見せてきたそれは電話からぶら下がった装飾品。小さくてひらひらしていた。つまり二人をぶら下げたいの?
お姉ちゃんの趣味が分からなくて首を傾げてたら、まだ弥三郎くんには分からないねと言われて…少し悔しかった
『肌身離さずいつでも側に置きたいし、他の人にも見せびらかしたいじゃん。自分の大事なものならね』
「む…お、俺だって分かるよそれ!俺だって、その…」
『あはー、うんうんそうだね。弥三郎くんもいつか、見せびらかして自慢したいものが手に入るよ』
「だから俺だってっ…う゛ぅぅ」
お姉ちゃんが俺をなだめるみたいに笑ったから、それ以上は何も言い返せなくて
確かに誰かを持ち歩きたいとかそんな気持ちは分からない。でも、そんなに子ども扱いしなくてもいいじゃないか
「……………」
最近、俺の頭を優しく撫でるお姉ちゃんの手が恨めしい
「…お姉ちゃんの手が届かないくらい大きくなりたいな」
「散れ」
「いたいっ!!殴らないで松寿っ!!いたいいたいっ!!なんでっ!!?」
「そのデカい図体で何を言う。散るがよい姫若子」
「姫って言うな!まだまだデカくないよ、俺はもっと…大きくなりたいもん」
そう呟いたら隣の松寿が、また分厚い本で殴ってきた
あの後、お姉ちゃんは弁丸たちの昼寝に混ざってしまった。妙に居づらくて書斎に逃げた俺は、そこで松寿に会ってさっきのやり取りを始める
そりゃ松寿も背は低い方だけど…と言いかけてやめた。また殴られる
「…お姉ちゃんは俺がまだ子どもだから、あんなことばっかり言うのかなぁ」
「子どもゆえ、貴様のような図体でも可愛がっているのであろ」
「ま、まだお姉ちゃんより小さいもん!それに俺は、もう子ども扱いされたくないし」
「ほう、意外よな。甘ったれな姫の分際で」
「その甘ったれ、が嫌なんだ」
そりゃ俺は…戦も喧嘩も稽古も大嫌いだ。でもいつかは強い男になって、俺を姫って呼ぶ奴らを見返したい
今は可愛い可愛いって言ってくれるお姉ちゃんにもカッコイイ、て言われてみたいんだ
そう言う俺を松寿はチラリと見ただけで、また視線を手元の本に向ける。松寿だってそうだろ?いや、男なら絶対にそうだ
「カッコイイ男になるならどうするべきかな、やっぱり稽古もサボっちゃだめだよね!」
「………………」
「お姉ちゃんが危ない時とかも、駆けつけられたらいいな…小十郎か吉継なら、小十郎みたいな屈強な感じのっ」
「………………」
「でもお姉ちゃんは−…」
「弥三郎、」
「ん?…って、へ?」
松寿に呼ばれた瞬間、俺はマヌケな声を出して振り向いた。だっていつもは姫って言うのに、さっきは俺を名前で呼んだから
何だろう、何を言われるんだろうとドキドキしてる俺を見る松寿の目はいつもと変わらずで…
「貴様、いつまでナキをお姉ちゃんと呼ぶつもりだ?それでは、いつまで経っても貴様は“弟”よ」
「あ、あの…」
『んー?どうしたの弥三郎くん』
「っ…あ、……お姉ちゃんって、俺のこと、弟みたいって思ってる?」
『うん、もちろん。お姉ちゃんお姉ちゃんって呼んでくれるからなおさら』
「あ、はは…だよね…」
「あっナキちゃん!先にチビたち風呂入れてくるねっ」
『はいはーい、任せたよ宗兵衛くんよろしくね』
「ナキさん、この湯のみ欠けちゃってるんだけど」
『まじか。危ないから除けとこう、ありがとう佐助くん』
「……はぁぁ」
…改めてお姉ちゃんの名前を呼ぼうとしたけど、なかなか口には出せなかった
俺と年の近い宗兵衛や佐助は名前で呼んでるのに。いや、そういえば俺以外みんな名前呼びだ
松寿に指摘された呼び方。確かにお姉ちゃんは俺を弟みたいに思ってて、俺はお姉ちゃんを本当のお姉ちゃんみたいに思ってる…わけじゃないけど、うん、思ってない
「…俺が悪いのかな、これ。よ、よし!俺だってさらっと名前で呼んで…!」
『あ、弥三郎くんっ』
「なに?お姉ちゃんっ……あ゛」
『これ君にあげるよ。今日、キーホルダーの話したでしょ?』
思わずいつも通り返事してしまった俺に、お姉ちゃんが手渡してきたのは…ふわふわした鳥の羽みたいなきぃほるだぁだった
それを手に乗せてじっと見つめる俺の頭をお姉ちゃんがよしよしと撫でる
『机の奥に放置してたんだけど、ふわふわした羽が弥三郎くんの髪みたいでさ』
「俺みたい?」
『うん、ほら弥三郎くんもふわふわーってしてる』
「え、わっ!!」
ぐしゃぐしゃっと俺の髪を両手で掻くお姉ちゃんは、弁丸やキヨを撮ってた時みたいに幸せそうな顔をしていた
それがなんだか複雑で…モヤモヤする。前に宗兵衛はこの気持ちの名前を教えてくれた、これは…
「…お姉ちゃん、」
『んー?』
「お姉ちゃんは、俺のこと、好き?」
俺はね…
『うんもちろんっ、弥三郎くんのこと大好きだよ』
お姉ちゃんが大好きだよ
「…じゃあこれ、もらっていい?」
『それももちろん。君にあげたくて引っ張り出してきたんだから』
「へへっ、ありがと…じゃあこれ、俺からお姉ちゃんにあげるっ」
『………へ?』
「肌身離さずつけててね!」
えいっと押し付けた羽をお姉ちゃんは受け取り、それと俺を見比べて…首を傾げありがと、と呟いた
いらないから返した、と思われたかな?でも違う、お姉ちゃんが俺に似てると言ったそれをお姉ちゃんに持ってて欲しかったから
お姉ちゃんはきぃほるだぁを見せびらかしたいと言った。俺はやっぱりその考えは分からない
でも代わりに、俺は自分に関わる何かをずっと持ってて欲しいと思う
「えへへ、それ、俺みたいだね!俺だと思って大事に持ってて!」
『…弥三郎くん、考え方までまじ姫だね』
「ひ、姫って言わないでよ!」
『あはー、うん、大事にするね。弥三郎くんと思って』
「……うん!」
それを見た時、今の俺を思い出せるように
俺自身は今の俺とは違った俺になれますように
そして…
「…お姉ちゃん」
『ん?』
「……お姉ちゃんっ」
『う、うん?』
いつか貴女の名前を呼ぶ時は、ひとりの男になれますように
20150926.