恋の蕾に水を差す
「やさぶろどのーっ!!!」
「え、え、どうしたの弁丸っ!?そんなに慌てて、何かあった?」
「かついえどのが、しんだ魚の目をしておるっ!!」
「…………へ?」
「いつものことではないか」
「ちょ、それは酷いよ松寿!ねぇ弁丸、柴田のお兄ちゃん今なにしてるの?」
「こよみをにらみ、ブツブツとねんぶつのようにつぶやいて…」
「暦…あ、もしかして」
「あと…2日、…ナキさんのもとにいられるのもあと2日しか…」
「ああ、やっぱり…柴田のお兄ちゃんが帰っちゃう日が近いんだ」
「っ……弥三郎か」
弁丸に連れられやってきた本がいっぱいの部屋。そこでブツブツと何か呟いてる柴田のお兄ちゃんは、うん、確かに魚が死んだ時の目だ
小さな呟きを聞き取れば理由は分かる。もう直ぐ部長さんが帰ってくるんだ、だからお兄ちゃんも…
「所詮は家族ごっこだった…私がいなくてもこの家は変わりない、本来の場所に帰るのだから」
「そ、そんなことないよ!お兄ちゃんだって俺らのっ…」
「ああ、戯れであっても家族と別れるのは寂しいものだな」
「かついえどの…」
「あ、そ、そうだ!」
柴田のお兄ちゃんも俺たちの家族。キヨや梵天丸のお兄ちゃんで、みんながお兄ちゃんを大好きで、そして…
お兄ちゃんは、お姉ちゃんが大好きだ
「柴田のお兄ちゃん!明日はきっとお別れの宴だから、今日はお姉ちゃんとお出かけしてきなよっ」
「え…だ、だが今日、彼女は佐助と買い物に行くと…」
「さ、佐助か…でも任せてよっ!ね、弁丸っ」
「うむ任されたっ!!それがしもお手伝いいたすっ」
「……いい、のか?私が彼女と二人きりで出かけても」
「…もちろんっ!!」
「それでは思い立ったが吉日でござるっ!!」
そう言って胸を叩き部屋を飛び出していった弁丸…佐助を何て説得するつもりなのかな
俺も行ってあげないと、そう思いながら隣のお兄ちゃんを見上げればそわそわと落ち着きがないみたいだった
『じゃあお買い物してくるね!夕飯までには帰るよ』
「…行ってらっしゃい」
「さすけ、さすけ、苦虫さんをかみつぶした顔でござる!」
「弁丸さま、黙っててねー」
「す、すまない…」
いつもより乱暴に弁丸の頭を撫でる佐助と一緒に俺は、玄関で柴田のお兄ちゃんとお姉ちゃんを見送る
仕事が休みな今日、お姉ちゃんはお兄ちゃんを連れて買い物に行くらしい。いや、らしいなんて白々しいけど…弁丸と俺でそう仕向けたんだ
『じゃあ行こうか勝家くん、お昼はどこで食べようかなぁ』
「は、はいっ…あ、少し時間を…弥三郎、」
「え?」
先に家を出るお姉ちゃん、それを追いかけようとしたお兄ちゃんはふと立ち止まり、次に俺の前にやってきた
「…礼を言う、おかげでナキさんと最後の時間を過ごせそうだ」
「さ、最後なんて…お姉ちゃんとは…いつでも会えるよ」
「…そうだな。お前と弁丸には何か土産を買ってこよう」
『勝家くーん?』
「っ…はい、今行きます」
俺と弁丸の肩に手を置いて、お兄ちゃんはさっと家を出て行った
ガシャンと閉まる扉。渋々見送る佐助。大きく手を振る弁丸。そんな中、俺は…
「…やさぶろうどの、大丈夫でござるか?」
「…………うん、」
俺、は−…
「なんだいなんだい弥三郎は意気地なしだねぇ!みすみす勝家にナキちゃんあげてどうすんのさっ」
「お、俺は柴田のお兄ちゃんがお姉ちゃんと二人きりになりたそうだったから!だから…その手伝い…」
「でも今、ナキちゃんが男と二人きりで出かけてるの嫌なんだろう?」
「…そんなんじゃ、ないもん」
「えぇーっ!!?ナキ、かついえと二人だけっ!?俺も行く!ナキはかついえにもやらねぇしっ!!」
「何を言うキヨ、ナキのは私だ」
「えーっと…佐吉、それってどういう意味だい?」
「私がナキのだ」
「う、うん?ははっ、とりあえず弥三郎よりチビの方が素直だねぇ」
「………………」
居間で落ち込む俺を見ながらヤレヤレと頭を掻く宗兵衛
その脇ではお姉ちゃんのお出かけに文句を言って駄々をこねるキヨと…よく分からない話をする佐吉。そうだね、みんなお姉ちゃんが大好きだもん
「前も言ったけどさ、弥三郎のそれは立派な恋だよ!なのになんで他の男のお膳立てしちゃうかなぁっ」
「だから違うってば!その、やっぱり俺もお姉ちゃんと…一緒に行きたかったな、とか…」
「二人きりで?」
「……できれば」
「はぁぁ…それでなんで認めないのかねぇ。年の差かい?身分かい?」
「お姉ちゃんは…俺らのお姉ちゃんだから…そんなんじゃ…」
「ああっ!!こんだけもどかしいのは性に合わねぇやっ!!俺には無理だよっ…」
もどかしい!と頭を掻く宗兵衛を真似て、キヨと佐吉も頭に手を置く…お姉ちゃんがいたら可愛すぎるって転がるんだろうな
…うん、キヨや佐吉…弁丸や梵天丸、竹千代を見るお姉ちゃんはいつもそんな感じ
「…お姉ちゃんの半分、しか俺…生きてないもん。半分、成長してるもん」
お姉ちゃんは小さい子が好きだ。でも昔に出会った初恋のお兄さんが大好きで、俺みたいな泣き虫な子どもなんか…
「なんだよ、じゃあ泣かないように強くなれよ!」
「キヨの言う通りだ。貴様も武家の子だろう、泣き虫でどうする!」
「俺は…強いのなんて、無理だよ。怖いのなんか嫌いだし…誰かに怖い思いさせたくないもん」
「なんだよいくじなしーっ」
「うぅ…!」
「こらこらキヨ、これは意気地なしじゃなくて優しすぎるんだよな。ナキちゃんや周りの連中に遠慮してんだ」
「………………」
「…でもさ、やっぱり好きな子を守るにも少なからず強さは必要だと思うよ」
「それは…そりゃ…」
膝に置いた手で着物の端を弄りながら、でも、だけどと歯切れの悪い俺
それを後目にはいっはいっと元気よくキヨが手を挙げた
「俺は強くなってぜーったいナキを守るんだからな!」
「お、頼もしいなキヨ!お前にならナキちゃんを任せられるかもなっ」
「甘いぞキヨ。ナキが危険にさらされる前に元を絶て。やられる前にやる」
「佐吉は容赦ないなー、まぁでもナキちゃんを大事に思ってこそだよね」
「うぅっ…俺は、俺はでも…」
「はは、悪い悪い!そんな悩まなくてもいいよ弥三郎!そのうち弥三郎もちゃんと分かるからさっ」
「………………」
「ナキちゃんも罪な女の子だねぇ…けど敵も障害も多いほど燃えるってもんだ!」
「敵も障害も完膚なきまでにざんめつする」
「うん、佐吉はまず穏便ってやつを覚えようか」
穏便…そうだよ、争わなくったっていいじゃないか
力任せじゃなくったって、無理に戦なんかしなくたって、俺は、みんなが楽しく暮らせるように…
「お姉ちゃんと…」
一緒にいられたらいいな
20150714.