恋に恋する幼い気持ち
「おはようございます」
『おぉふ…おはよう勝家くん。今日も今日とて朝からお迎えご苦労様だね』
「貴女の顔を見なければ私の1日は始まらない…苦痛しかない日々も貴女という存在さえあれば晴れや−…」
『おっと急がなきゃ遅刻だねっ!!行ってきますっ!!』
「い、いってらっしゃいお姉ちゃん…」
逃げるように家を出たお姉ちゃんと、それを追いかけていく柴田のお兄ちゃん
そんな二人を見送った俺と佐吉、そしてキヨは扉が閉まってもしばらく玄関に立っていた
「………はぁ」
「どうした、弥三郎?」
「ん…は、はは…お姉ちゃんも大変だなって。あの鍋の日以来、仕事の日は毎日お兄ちゃんが迎えに来るからね」
「…しつこい奴」
「で、でもそれだけお姉ちゃんが大好きなんだよっ…うん…はぁ」
「…で、なんでアンタがためいきなんだ?」
「うーん…やっぱりお姉ちゃんは、人気なんだな、て」
俺たちがここに迷い込んでどれだけ経ったんだろう。最近来たキヨはさておき、俺も佐吉も…他のみんなも、お姉ちゃんとの暮らしになれてきた
心細い時もある。鍛錬や勉強を強要されていても…やっぱり自分の家が恋しい
でもお姉ちゃんが一緒にいてくれる時は、そんな気持ちも和らいでくれる。だからかな、もっと…もっと、て
「お姉ちゃんと一緒の時間も大好きで…けど…お姉ちゃんはみんなのお姉ちゃんだもんね」
「む…ナキは皆のナキだ、誰のでもない」
「うん、佐吉の言う通りだから俺が変なんだよなぁ…はぁ」
「…やさぶろが、なやんでる」
「ああ…こんな時はぎょうぶに相談か?」
「げっ!俺、ぎょーぶさんヤダ!いっつもいじめるし!」
「そうか…では、宗兵衛だ。猿や片倉よりもまだ冗談が通じるとぎょうぶが言っていた!」
「ほ、ほんと三人は仲が悪いよね。でも宗兵衛かぁ」
俺と年はあまり変わらないのに、宗兵衛は見た目も中身も大人っぽい
宗兵衛なら俺のもやもやも解決できるのかなって。そう思った俺は二人を連れて悩み相談に行くことにした
『勝家くん、平日の昼間からなんで会社にいるのかな。学校は?』
「今日からテストに入ったので。学校は昼に終わる」
『うん、それはテスト勉強しなさいってことだよね。勉学が学生の仕事だよね』
「何故、授業で教わった内容を、もう一度やり直す必要が…?」
『おっとまさかの天才タイプだったよこの子』
「だが勝家、気を抜くといつ追い抜かれるか解らん。己を磨くことを怠っては…」
「貴方に口出しされる筋合いは爪の先ほどもない…!」
「!?!?!?」
『…ほんと、勝家くんに何したんすか浅井先輩』
綺麗な顔を殺気でいっぱいにしながらも、勝家くんは私の隣にちょこんと座りコンビニのサンドイッチを食べている
私は毎度のごとく佐助くん弁当。会社の昼休みに突入した瞬間、乗り込んできた勝家くんは最近仲良くなった男の子だ
部長の家に居候中な彼になつかれたのはつい先日…どうやらあの鍋パの日、掴んでしまったのは彼の胃袋だけじゃないらしい
「ぶ、部長一族に好かれる体質なのか、ナキは」
『部長のアレは不本意っす。しかしほんと…弱ったなぁ』
奥手に見えてぐいぐいくる勝家くんからは…どう見ても、私への好意が滲み出ている
それが恋慕か、寂しさからくる依存か。どちらにしろ大人として手遅れになる前に諭してあげなくちゃいけない
お弁当を片付けた私は隣の勝家くんの方を向く。さっきからずっと私を見ていた彼は、少しだけ驚いたように目をパチパチさせた…くっ、可愛い
美人で儚くて初々しい彼…そう、彼は若い。現役の高校生なんだ
『勝家くん、そりゃうっかり君の何かしら掴んじゃった私に責任もあるけど…君はもっと青春を謳歌しなきゃ』
「青春…?」
『そうそう私みたいなオバチャンより、同い年くらいの女の子に恋したり。部活の仲間と遊んだり』
「……淡い恋など破れ散った。熱く燃ゆる友など私にない」
『え?いや、あのさ、だからって私には…』
「私などを愛せとおこがましくすがるつもりは毛頭ないが…貴女が満たしてくれると、約束したはず」
『勝家くーん?話を聞いてくれるかなー?』
「……………」
『う゛……!』
その、捨てられた子犬みたいな顔は止めてくれないかな。罪悪感が迫ってくる
いやいや負けるな。ころっと負けて受け入れちゃったら若い男の子の将来を私が潰しかねない
『それに君も会ったでしょ?うちにはいっぱい居候と…子供がいるんだから』
「人妻、未亡人、シングルマザー…いずれであっても私を止めうる理由とはならない。むしろ響きがいい」
『浅井せんぱぁあぁあぁあいっ!!!争えなかったっ!!部長一族の血は争えなかったっ!!!』
「お、おお落ち着け勝家っ!!そのようなところで明智部長をリスペクトするなっ!!」
「貴方が私の恋愛観に干渉するなど万死に値する…!」
「!?!?!?」
『だからまじで何したんすか浅井先輩』
私の手を取り熱弁を始める勝家くん。どうやらこの子の熱が下がるまで、一歩も退いてくれないらしい
…弟みたいで可愛いけど、さすがにけじめはつけてあげないと
「私が諦めるが先か…貴女が諦めるが先か」
『っ…………』
「貴女は淡い想いだけでなく、私に再びホムラを灯したのだ」
私の手を包んでいる彼のそれは、やっぱり男らしく大きかった
「そりゃあ恋だよ、恋っ!!好きな人を独り占めしたい…それが恋の始まりさっ」
「恋?」
「こい?」
「コイ?」
並んで座った俺と佐吉とキヨ。その前で拳を握り熱弁する宗兵衛は、いやぁよかったと何度も頷いている
お姉ちゃんの人気を嫌だな、て感じてしまった。そのもやもやを宗兵衛に相談すると、返ってきたのは“恋”って返事
「うーん…恋じゃないと思う。だって、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだし」
「いやいや思い出せよ弥三郎、ナキちゃんを見て可愛いなーっとか思わないのか?思うだろ?」
「…弥三郎が、ナキに可愛い可愛いって言われているんじゃないのか?」
「甘いなぁ佐吉!意味が違うんだよ、意味がっそれにナキちゃんはお前やキヨにも可愛いって言うだろ?」
「うん、まいにち。じゃあやさぶろは、ナキにコイしてんのか?」
「ち、違うってば!お姉ちゃんに恋なんか…」
「いや間違いないね!可愛いあの子を優しく守りたいだとか、たまに強引に奪ってやりたいと…いってぇっ!!?」
「餓鬼に何を教えておるのだ…」
「ぎょうぶっ!!」
いつの間にか宗兵衛の背後に現れていた吉継が、その頭にごちんっと拳を落とした
駆け寄る佐吉の頭は優しく撫でつつ、呆れたような顔で宗兵衛を見る
「ぬしは二言目には恋だなんだと…佐吉やキヨが真に受けるであろ」
「いってぇ…いやいや、佐吉やキヨだってそろそろ恋が芽生える頃だよ!初恋がナキちゃん!いいじゃないかっ」
「む…こい、ではなく初こいがナキなのか?」
「佐吉よ、宗兵衛の言葉は聞き流すがよい。ぬしは今のまま大人となれ、よいな?」
「分かってないなぁ佐吉みたいな鈍感な奴ほど、惚れちまうとどっぷりなんだよ!きっといい恋するだろうなぁ…ってぇっ!!?」
「…………はぁ」
またポカポカ殴られてる宗兵衛。やっぱり相談先を間違えたのかな
松寿は相談の前に追い返されるし、佐助は真顔で追い返されるし、小十郎はうじうじすんなって怒るだろうし…うーん…
「…あ、そろそろお姉ちゃんが帰ってくる時間だっ」
その後は買い物だから、一緒に行かなきゃ
お姉ちゃんの帰りが待ち遠しいのは、なにも恋してるからじゃない
20150115.