翡翠サンデー
『壮大っ!!雄大っ!!なんて広大っ!!海はここまでも広く、そして美しいのですね…!』
「おいジュリア、乗り出し過ぎて落ちるんじゃねぇぞ」
『はい!キャプテンっ』
「ははっ」
船の先っぽで身を乗り出し、海を眺めながら目を輝かせるジュリア
口ずさんでいるのは何の歌だろうか。風の音に合わせて聞こえるそれに、口元がほころぶ
ジュリアを国に送り届けるため、そして指揮官野郎を見つけるため、風のまま船を出した俺たち。こんな船出もたまにはいいだろ、乗り掛かったままも気持ち悪いしな
「しっかしジュリア、アンタは海に落ちたんだろ?ちょっとは怖がらないのか?」
『海を?とんでもない!海は偉大なる母、海は深い愛、海は平等なる存在ですから!』
「あ?」
『島が違う、国が違う、言葉が違う、性別が違う…それでも海はこの世界を一つに繋げているのです!』
「……………」
『この海をタクティシャンも見ているのですね…主よ、羅針となり私をお導きくださいっ…アーメン…』
「…は、はは」
…その、たくてなんとかってのはジュリアにとって何なんだろうな
こんな世間知らずな女が独りで追いかけるほど。そりゃあ親しい仲だったんだろう。現に指揮官野郎を思うジュリアの目は輝いている
…綺麗なもんだな。その目をもっと近くで覗き込んでみたい、そう思−…
『キャプテン!』
「うぉおっ!!?ち、違うぜジュリアっ!!俺は別にっ!!アンタをどうとかそんなっ…!」
『お空を飛んでいるのは何でしょう?こちらに近づいてきます』
「………は?」
あっち!とジュリアが指差した方向を見れば、確かに黒くて丸い何かが飛んでくる
だんだんと大きくなるそれは、ヒューンなんて縁起の悪い音を立て、だんだん…大き…く…!
「っ、伏せろっ!!!」
『え…っ、きゃあっ!!?』
隣のジュリアを守るように引き寄せ甲板に伏せれば、同時に鳴り響くけたたましい轟音っ!!
そして大きな水柱が船のすぐ側で立ち上がり、雨のように海水を降らせながら船を揺すぶった
あれは、間違いなく俺たちを狙った砲撃。未だに何が起こったか分かっていないジュリアを抱き起こし、俺は砲弾が飛んできた方向を睨む
「おいっ…何処のどいつだっ!!!」
「ア、アニキっあの旗印は、まさか…!」
「ぁあ゛っ!!?…っ、ありゃ…!」
そして目前に広がったのは…俺たちの船の進行を阻むように広がる船の群れだった
その一つ一つに掲げられたのは忌々しい家紋。それに舌打ちすればジュリアが不安げに見上げてくる
「毛利…!くそっ、まさか俺らを待ち伏せてたのかっ」
『キャプテン…まさか、戦…ですか…?』
「っ…大丈夫だジュリア、アンタが心配することはねぇ。アンタは俺が、俺らが守ってやるから、な?」
『はい…主よ、我らを、お守りください…!』
「っ…………」
両手をぎゅっと合わせ、必死に祈るジュリア…その肩を抱いてやるが状況は最悪だ
戦のつもりなんか毛頭無かった俺らに対し、相手さんは今にも総攻撃を仕掛けてきそうな様子
野郎共に目配せすれば途端に緊張が走る。さらにそれを助長するように…あの男の冷たい声が、風さえ止ませるように響いた
「貴様にしてはずいぶんと手薄…我に隙を見せるとは、戦の心得を忘れたか長曾我部」
「っ−…毛利…!テメェっ!!待ち伏せなんざずいぶん大掛かりじゃねぇかっ!!」
「ふっ…当然よ、獅子は兎を狩るにも全力。今日こそ貴様を水底へと沈めてくれる」
俺たちの向かい側、正面の船の先端に立つ男は俺を睨みながら…鼻で笑う
この男は瀬戸海を挟んだ安芸を統べる毛利元就
対立が始まりどれほど経ったか…未だに決着のつかない俺と毛利は、自他共に認めるほど正反対の男だった
冷酷、非道、謀神なんて呼ばれるこの男はまさに氷の仮面ってのが合う
味方をも使い捨ての駒としか見ていない…そんな態度も気に入らず長年、因縁だけを重ねてきた
「チッ…それも終いか…!ジュリア、いいか、もしもの時アンタはっ…」
『……………』
「ジュリア?おい、聞けっ怖いかもしれねぇが、アイツは女でも容赦は−…」
『タクティシャン…』
「…………へ?」
『〜〜っ!!!』
次の瞬間、俺の腕からするりと抜け出したジュリアが船の先まで駆ける
そして縁から身を乗り出し、あの綺麗な声を精一杯大きくして叫ぶんだ
『タクティシャンっ…サンデー毛利っ!!!会いたかったっ!!』
「なっ−…!」
「っ……き、さま…」
『サンデーっ!!迎えに来ましたっ…さぁっ!!帰りましょうあの日々へっ!!』
「ジュリア…?」
踊るようにくるりと回り両手を広げるジュリア。その様子に野郎共…そして毛利軍も途端にざわめき出す
俺も慌ててジュリアに駆け寄るがその時、視界に入ったのは…女を凝視しながらみるみるうちに真っ青になる毛利の顔だった
そりゃあもう、真っ白って方が合ってる。いや、待て、それよりだ
「お、おい、アンタが探してた指揮官野郎ってまさか…!」
『彼ですキャプテン!サンデーっ!!アナタに会いたいがため、主に導かれ参上しましたっ!!』
「!?!?!?」
『皆がお待ちしてますっ!!私と共に帰り−…』
「安芸へ引き返せっ!!全軍っ撤退せよっ!!!」
「…………へ?」
『サンデーっ!!!』
毛利の怒号にこの場の皆が固まった、が、しかし。野郎が側の兵を蹴り飛ばせば、我に返った毛利軍がどんどん旋回していく
その様をぽかんと見守る俺たちだが、ただ一人ジュリアは違った
『戻ってくださいサンデーっ!!ああ、お待ちくださいっ!!』
「って、馬鹿っ!!んな乗り出すなっ!!落ちるだろ!」
『キャプテンっ、どうか、サンデーを追ってください!』
「っ…い、いや、あの毛利が素直に撤退するとは思えねぇ、何かの罠か…」
『そんなっ…せっかく、せっかく逢えたのに…!』
「お、おう」
『ああ、主よ、私に試練をお与えになるのですね…ハレルヤっ!!しかし彼にまた会えたのです!私たちの光に…!』
「・・・・・・」
『眩い我らがサンデー…アナタとの再会に敬意と感謝を』
胸元で十字をきり、両手を合わせ目を閉じるジュリア
その横顔は希望と喜びで輝いて見えたが…ここにきてようやく、俺たちはとんでもない事に巻き込まれたんだと気づく
そして振り向いたジュリアは輝いた笑顔で俺たちに告げた
『さぁ!サンデーの無事を伝えに行きましょう…ザビーランドへ!』
20150105.
退き際の潔さ
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