『はぁぁ…今日は雨かぁぁ』

「どうした真澄?ため息なんかついてると幸せが逃げちまうぞっ」

『幸せ逃げるなんて、官兵衛さんにだけは言われたくなーいっ』

「なっ…!?小生が逃がしてるのは幸せじゃない、運だっ!!幸せと運はまったく違うからなっ!!」

「あーぁ官兵衛さぁん、反抗期の娘にその返事は不正解じゃあないですかねぇ」

「は、反抗期っ!?真澄が反抗期だとっ!!?」

『違う違う反抗期じゃないってば!今日は雨だから…毛利先輩の機嫌がめちゃくちゃ悪い日だよ…はぁぁ』

「あ゛ー…なるほどねぇ」




今日の分のお弁当を詰めながら、今朝何度目かの深いため息。少し霞んだ窓から見える外は…ザーザーと雨が降り注いでいた


我が校の頂点に立ち…裏では一応、婆裟羅者の生徒を束ねる立場である毛利生徒会長

彼はその属性が故か、何よりも太陽を愛していた。普段から朗らかには程遠い人だけど…太陽が隠れる雨の日の荒れ方は尋常じゃない




「あの木偶会長もさぁ、自分が光なんですから?自発的に輝けばいいんじゃないですかねぇ」

『それ、毛利先輩の前で言ったら一発で焼き焦がされるよ…しかも雨だから屋上にも行けないし』

「確か屋上に行けない日は、生徒会室に集まるんだったか?うーん、毛利の坊主にも困ったもんだな」

『長曾我部先輩が乗り込んで来た日にはもう…う゛ぇ、学校行きたくなくなってきた…』

「…仕方ねぇなぁ。そんな真澄に又兵衛様が魔法の言葉をやりましょうかねぇ」

『魔法の言葉?』




又兵衛にしてはメルヘンな事を言うなぁと思っていると、彼はおもむろに自分のスマホを取り出す

そして…




「真田からライン。雨だから、真田の兄貴が車で学校まで送ってくれるってさぁ」




…………………………。




『…………て、……から……』

「ん?すまん真澄、何て言ったんだ?」

『髪をセットし直してくるからお弁当をカバンに詰めといてっ!!!』

「うぉっ!!?な、なんだ真澄の奴、急に大声なんか出して…」

「…白馬の王子様が来るから」

「は?」












『あー、信之さんに会えるなんて久しぶり!大学生になってからは片手で数えられるくらいだし!』

「はいはい、そうですねぇそうですねぇ…ったく、さっきまでの憂鬱はどこ行ったんだか」

『ねぇ又兵衛、前髪変じゃないかな?色付きリップ塗ったの分かる?後ろ髪は?ねぇねぇねぇっ』

「あ゛ーうっぜぇ。信之お兄様は五月蝿い女が嫌いなんじゃあないですかねぇ」

『……………』

「……チッ、」




急にしおらしくなり、玄関で真田の迎えを待つ真澄。さっきまでの不機嫌は何処へ吹っ飛んじまったのか、背筋を伸ばしキラキラした目で雨を見つめていた

…窓ガラスにへばり付き、家の中からそんな真澄を伺う官兵衛さんは不審者にしか見えないけれども





「…あーあ、」





…真田の兄貴は、たぶん、真澄の初恋の男だった


官兵衛さんの家に引き取られ、真澄と暮らし始めて、真田と知り合ってはや10年。その間、恋バナなんて色気のある話はしたことが無い

真澄本人もきっと隠してたつもりだ。真田のお馬鹿さんも気付いてはいないだろう。知ってるのはオレ様と官兵衛さん、あとは…真田の兄貴、本人か




「そりゃあ、これだけ慕ってればねぇ…鈍感拗らせない限りは勘づくはずなんでしょうけど……はぁぁ」

『あ、又兵衛。ため息ついたら幸せ逃げちゃうよ』

「さっきまでため息つきまくってた奴がソレ言いますかねぇ。そぉんな間抜けにニヤつきながら、さぁ」

『だって嬉しいからね!又兵衛は信之さんに会えて嬉しくないの?』

「なぁんとも思いませんけど?………けど、」

『ん?けど?』

「……真澄はさぁ、まだ真田の兄貴が…」

「真澄ーっ!!又兵衛殿ーっ!!」

『あっ…、来たっ!!幸村くーんっ!!信之さーんっ!!』

「……………」






…ああ、馬鹿らしい





−−−−−−−−−−





『信之さんっお久しぶりです!』

「ああ、久しぶりだな。真澄、又兵衛」

『は、はいっ…!元気そうでよかったです!あと、今日はお迎えありがとうございますっ』

「ああ、気にするな」

「……………」

「……………」

「………で?」

「ん?又兵衛、“で”とは何だ?」

「いやいやいや…一応は幼なじみ的な奴に久々に会って、その一言だけとか有り得ないでしょう…」

『お喋りな信之さんは信之さんじゃないからねー』

「真澄っ!!又兵衛殿っ!!雨の中待たせてすまぬっ!!さぁ、早く車の中へっ!!」

「弟は弟で朝っぱらから喧し過ぎやしませんかねぇ」

『静かな幸村君は幸村君じゃないからねー』




私と又兵衛の前に停められた車、その運転席の窓が開き挨拶をしてきた男性。長い銀髪を束ねた大柄の彼こそ、幸村君の兄にして私たちのもう一人の幼なじみ…真田信之さん

一足先に大学生デビューを果たした信之さんも私たちと同じ婆裟羅者。その中でも特に珍しい“震”という能力者だった




「真澄は前に乗るといい、又兵衛は幸村と後ろだ」

「ケッ…ちゃっかり女を助手席に乗せやがって。相変わらず抜け目のない野郎ですねぇ」

「すまぬ又兵衛殿…俺はどうも昔から、助手席に乗ると酔ってしまうゆえ…!」

「いやお前に助手席移れとは言ってませんけどぉ…っ、くそ、はいはい後ろに座りゃあいーんでしょっ」

『又兵衛、なんか機嫌悪いね。又兵衛も雨だと調子悪かったっけ?あ、でも雷ってむしろ相性良いような…』

「すこぶる調子は良いんでぇ、あの木偶会長と一緒にしないでくれませんかねぇ!別にぃ機嫌もぉ悪くありませんしぃぃぃ?」




…と、いつも以上にねちっこい又兵衛に首を傾げつつ、いそいそと助手席に乗り込む

大柄な信之さんに合わせてか、ゆったりと広い車内。煙草も吸わないはずだから、臭いもこもってないし…うん、当たり前だけど女性向けの何かしらも無いね!良かった!




「見渡してどうした真澄?面白い物も無いだろう」

『ひぇっ!?ジロジロ見ちゃってすみません!いや、信之さんらしい車だなぁって…』

「あーぁ、つまんね。大学デビューしたんですしぃ?合コンで引っ掛けた女乗せた痕跡くらいあると思ったんですけどねぇ」

『ご、ごご合コンっ!!?』

「又兵衛、真澄が誤解するような話をするな。行っていない」

「そうだ又兵衛殿っ!!兄上が痕跡を残すヘマなどするわけなかろうっ!!」

「幸村、その言い方も勘違いされるからやめろ。行っていない」

『……………』




あ、なんか久しぶりだ。又兵衛と幸村君の言葉に冷静な返事を返す信之さん…なんだか三人の口元も、少しだけ笑っているように見える


二人の実家、真田家は婆裟羅能力を指導する道場だ。私と又兵衛も幼い頃は官兵衛さんに連れられ道場に通い…彼ら兄弟と出会った

あの心配性な官兵衛さんも真田家には安心して私たちを預けていて、もう一つの家。もう一つの家族みたいな存在




「まったく…いいか真澄、俺は合コンには行っていないからな。誘われても全て断っている」

『えっ、あ、はいっ!!そ、そうなんですねー』

「ケッ、硬派アピールとか今時流行りませんけどねぇ…あー、この辺りで降ろしてください」

「…分かった」




又兵衛の言葉で車を停める信之さん。ここは少しだけ学校から離れた歩道橋の下

雨だから歩行者はみんな傘をさすか合羽を羽織っていて…こちらを見る素振りはない




「…さて、今日はここまでだ。また会おう真澄、又兵衛。幸村もきちんと勉学に励め」

「……………」

『…はい、行ってきます信之さん』

「応っ!!兄上もお気をつけてっ!!」

「ああ、」




そう短く返事を返した信之さんは、あっさりと車を走らせ雨の向こうへと消えてしまった


…信之さんはその能力の珍しさ、という単純な理由から“婆裟羅者の中”では顔の知れた有名人だった

だから極力、“正体を明かしていない”私たちとの接点を減らしている。きっと疎遠になった理由も、大学生デビューしたからだけじゃない


それはあの三成君もそうだ。昼休みの屋上以外、帰り道では裏道を選び隠れるように私たちと過ごす




『…同じ仲間なのにね、変なの』

「仲間ぁ?別に、同じだからって仲良しこよしする必要はないでしょうに」

『でも、たまにさぁ。この能力さえ無ければみんな、人の目なんて気にせず一緒にいられるのかなーっとか…』

「考えるって?はあぁ、ほんと女ってのは不毛な空想が好きですねぇ」

『あーあ、又兵衛みたいな人を夢がないって言うんでーすっ』

「はぁあ?リアリストって言うんですけどぉお?」

「…真澄!又兵衛殿!そろそろ行かねば遅刻するのでは?」

『あ、ごめん幸村君!行こうっ』

「遅刻常習犯に説教食らっちまうとか、今日はついてないですねぇ」

『あははっ、』





そう、無駄なお喋りはこの辺にして、まずは学校へ行こう

そして、教室へ向かう前に生徒会室で今日のスケジュールを毛利先輩と相談。次に、いつも通り石田へお弁当を渡して…




『…いつも通り、か』





…空想でもいい、もしもの話でもいい


もしも、もしもだ。私たちから能力が消えたなら。神の子のなり損ないじゃなく、ただの人間になれたなら


その時は−…








−−−−−−−−



【生徒会室】



『ねぇ又兵衛…もしも能力が消えたなら…雨の日の毛利先輩の機嫌、良くなると思う…?』

「いやいやいや…それこそ…不毛な空想じゃあないですかねぇ」

「あれは能力ではなく、奴の人間性の問題だろうな」

「あ゛、い、石田殿、声がでかっ…!」

「何をコソコソ話している馬鹿共…貴様等をてるてるぼうずにしてやろうか…!」

『ひぇっ…!』







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