運命の輪番外編 | ナノ

  エスプレッソ


「…………」

『ど…どう、でしょうか…?』

「…………」

『…………』

「…………」




カチャンッ





「飲めぬ、作り直せ」

『す、すみません…!』



たった一口で突き返されたティーカップ。淡々と告げる彼の言葉に、私は慌ててキッチンまで戻る

袖でグシグシと拭いた目元。ああ、またダメだった




『…毛利さんにはやっぱり、無理なのかなぁ』




喫茶店【運命の輪】

そこで働く私と常連客の毛利さん。最近やっとお客さんにコーヒーを出す許可をマスターから貰った私は、もっと腕を磨きたくて毛利さんに試飲をお願いしているんだ

毛利さんは味にうるさい。特にコーヒーに関しては妥協しなかった…いや、彼が妥協したところを見たことはないんだけれど




『はぁ…他の人は、美味しいって言ってくれるのに』




…いや、彼が正直に評価してくれているだけか

他の人がこんなもんかと我慢しているだけかもしれない。だとしたら私はなんて失礼なことを




『うぅ…!で、でも、自分じゃ味も解らないし…マスターは私らしい味にしたらいいって言うし、でも、でも…』

「遅い」

『ひぃっ!!?あ…も、うり、さ…!すみません!』

「コーヒー一杯にいつまで掛かっておるのだ。客を待たせるとは味以前の問題よ」

『す、みませ…すぐにっ…!』

「もうよい、我は用があるゆえこれで帰る。次は飲める物を出すことだな」

『…すみません』




三度も謝るな、と鼻で笑った毛利さんは…さっさとキッチンを出ていった

遠くでカランと店の扉が閉まる音。さっき拭いたはずなのに、またジワジワと涙が浮かんでくる




『っ…もう、無理かな…』




そんな弱音は毎回のこと。毛利さんは的確にチクチクと痛いところをついてくる

だからこそ試飲をお願いしているんだけど…出すたびに私の腕は劣化している気がする




『はぁ…先に、片付けよう』




そして他のお客さんが来る前に、泣いて崩れた化粧を直さなきゃ

そう思って毛利さんが座っていたカウンターまでトボトボ歩いていく、すると―…






『あ……』




そこには空っぽになったティーカップと、丁度コーヒー二杯分のお金が置いてあった

隣には、毛利さんが読んでいた新聞が綺麗に畳まれている




『…………』











『どうして…毛利さんはあんなに優しいんでしょうか』

「ぶふぁあっ!!!?」

『きゃあっ!!?だ、大丈夫ですか長曾我部さん?』

「ゲホッ!!ガハッ、ゲホッ!!?…あ゛ぁ、ば、馬鹿かっ!?んな冗談しれっと言うんじゃねぇ!」




勢いよくお茶を噴き出した長曾我部さんが、むせながら涙目で私を睨む

お昼。軽く昼食を食べに来た長曾我部さんにボソッと呟いてみた一言。毛利さんって優しいですよね




『あんなに不味いと酷評するコーヒーを…何度も試飲してくれるんです。ちゃんとダメなとこも言ってくれて』

「いや、それ優しいとはちょっと違うだろ。いいか結、アイツは優しいとは縁遠い男だぞ」

『でも…』

「アイツは何でも自分の思い通りにしなきゃなんねぇひねくれ者だからな。アンタが付き合わされてるだけだ、勘違いすんなよ」

『…………』

「って、何でアンタが泣きそうになるんだっ!?あ゛ー、そ、そうだな!毛利もコーヒー好きなんだろうな!」

『っ…確かに、いつも飲み物はエスプレッソ…コーヒーですね』

「おう、飽きねぇもんだな。俺なら同じものばっかだと、たまには違うの飲みてぇと思うぜ」

『…………』








カランカランッ





『いらっしゃいま―…あっ』

「…………」

『い、いいいらっしゃいませ、も、毛利さん!』

「…何故、いつにも増して震えておる」

『そ、そそそんなことないですよ!あの、ご注文は…!』

「いちいち言わずとも普段と変わらぬものよ」

『は、はいっ…』

「…………」








『お、お待たせしま、した…!』

「…………」

『こ、ここ、コーヒーに、なり、まっ…!』

「……ああ」

『っ―……!』




カタカタと震えながら運んできたコーヒー。毛利さんの目の前に置き、私は急いでテーブルから離れた

その様子を見て訝しげな顔をしながらも、彼は長い指先をカップへと伸ばす…が、




「…………」

『…………』

「…何を入れた」

『ひぃっ!!?』

「何を入れたかと聞いておる、今しがたの己の行動まで思い出せぬ馬鹿か貴様は」

『す、すみませんっ!!ちょ、ちょっとだけ、モカ…を…』

「………は?」




ブレンド、しました…と小さく呟いた瞬間、毛利さんの表情が恐ろしく歪んでいく

いつも毛利さんが飲んでいるコーヒー。それに違う豆をこっそり、混ぜてみたんだ。ミルクや砂糖を入れたとかそんなんじゃない


それでも彼は気づいてしまう…今日は一口も飲まずに、突き返されたティーカップ




「話にならぬ…まともに淹れることさえできぬ貴様がブレンドなど百年早い」

『す、すみませ…!』

「あの男は貴様に何を教えた、己の技量がいかほどか量れぬ程か」

『…………』

「…………」

『っ…も、毛利さん、いつも…同じ、ものばかりで…』

「………は?」

『不味いのに、同じものばかりで申し訳なくて…飽きちゃわないかとか、でも、他に、変えようがなくて…すみません…』

「…誰の入知恵だ、長曾我部か」

『っ―……!』

「ふん、図星のようだな」




やれやれと、冷静さを取り戻した毛利さんが椅子に深く座る

その前に立つ私はまさに説教される子供のようだった。小さい頃を思い出す、毛利さんが先生みたいで怖いです




「まぁ…我を見た瞬間からあれほど恐れていた貴様が、出過ぎた真似を自らするとは思えぬ」

『ちょ、ちょっと冒険してみろって…』

「ふん、アレはコーヒーが飲めぬ幼稚な舌ゆえ、豆を混ぜてみろなど容易く言えるのだ。それを実行する貴様も馬鹿よな」

『うぅっ…で、でも、…』

「貴様は黙って言われた通りにせよ。いちいち小細工を考えるな」

『………はい、』

「貴様は繰り返さねば成長せぬ。他所にそれずひたすらに励め」

『え……』

「何ぞ?」

『い、いえ!分かりました、作り直してきますっ』

「逐一奥へと隠れるな。カウンターで淹れてみせよ、なかなか上達せぬのは作り方に問題があるやもしれぬ」

『は、はいっ!』












『長曾我部さん、やっぱり毛利さんは優しいですよっ』

「そうだろうな!俺はアンタに妙な入知恵すんなって殴られたけどなっ!!」

『え…だだ大丈夫ですかっ!!?』

「おう…で?どこでそれを再確認したんだ?」

『毛利さんが遠回しだけど言ってくれたんです、ちゃんと成長してるって』




たんこぶを作ってお店にやって来た長曾我部さん。彼に報告するのは、やっぱり毛利さんは優しいってこと

分かりにくくて遠回しでも、私の成長を促しながら根気よく付き合ってくれている。厳しいけど…うん、それでもだ




「…俺からしちゃ、毛利のそういうとこに気づくアンタがスゴいけどな」

『ん?』

「ハハッ、何でもねぇよ。そろそろ毛利が来るんじゃねぇか?」

『そ、そうでした!』




こうしちゃいられないっと急いで準備をする

今日こそは、目の前で飲み干してもらえますように




カランカランッ




『あ―…!』





いらっしゃいませっ






20140314.
元就様聖誕祭

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