金平糖
「じゃじゃーんっ!!見てください結ちゃん、七夕さんですっ」
『あ、短冊!お店の中に飾ろうか、姫ちゃんっ』
「そうですね!中に飾りましょうっ!!」
『うん、中に』
「中に………」
『……………』
「…雨で残念だったな」
笹を挟んで落ち込む私と姫ちゃん、その頭をよしよしと撫でてくれる雑賀さん越しに見える窓には…ザーザー降りの雨が豪快に打ちつけられていた
今日は七夕。織り姫と彦星の逢瀬、なんて女の子なら誰しも憧れるイベントだ
私と姫ちゃんもそうだったのだけれど、見事に昨日の天気予報が的中してしまった
「昨日見たニュースの天気予報担当が男だったのが悪い!お天気担当と言えば乙女だろうっ!?」
『分かるような理不尽なような意見ですね井伊さん…!去年も雨だったので、今年こそと思ったのに…』
「いいじゃない、焦らしに焦らしてからの逢瀬…妾なら会いに来る彦星からわざと逃げるわ。届くか届かないかの距離でね、ふふっ」
『そ、そんな趣向は遠慮しますっ』
カランカランッ
『あ、いらっしゃいませ!』
「おう!いやぁ、降られちまったぜ。結、タオル貸してくれねぇか?」
「雑巾でもくれてやれ」
「アンタには聞いてねぇよ毛利…!」
『ひぃっ!!?タオルですねすぐ持ってきます!』
雨音よりもはるかに大きな鐘の音、それと共に店に入ってきたのはずぶ濡れな長曾我部さんだった
そして先に来ていた毛利さんといつも通りの挨拶?を交わし、そのままドカドカと進もうとしたところを雑賀さんに阻止される
「おい、ずぶ濡れのまま座るつもりか?」
「おう、悪い悪いっ!!しかしせっかくの七夕が台無しだな…鶴の字、そりゃ短冊か?」
「そうです!せっかく結ちゃんと一緒に書いたのに…」
「え、結さんがお願い事書いてるんですかっ!?」
「うるさい」
「いたいっ!!?」
『あ、も、毛利さん!鹿之介くんの頭を叩かないであげてくださいっ』
コーヒーを飲む毛利さんの前で七夕ケーキを食べていた鹿之介くん
そんな彼が突然立ち上がれば、毛利さんが傍らにあった新聞紙で頭をひっぱたく!スパンッと良い音がしました…じゃなくてっ!!
その様子を眺める姫ちゃんの手元でひらひらと揺れる小さな笹には、彼女が言った通り私たちが書いた短冊が吊されている
「いててっ…だっていたいけな乙女のお願い事ですよっ!?見てみたい!あわよくば叶えて差し上げたいっ!!」
「貴様の面には下心しか見えぬ」
「そうだぞ鹿之介っ!!乙女の儚い願いをいやらしい目で見るなんて…!」
「珍しく毛利先生と直虎の意見が合ってるわね、でもせっかくの七夕だし…ねぇ、短冊余ってないかしら?」
『え、あ、はい!まだまだたくさん残ってますよっ』
「妾は何でも願い事は叶えられるけど、たまには短冊にお願いするのもいいわね」
「あ、じゃあ俺も書くぜ!みんなで書けば問題ねぇだろっ」
「僕も書きますっ!!」
『ふふっ、じゃあ人数分のペンを持ってきますねっ』
「…我は書かぬぞ」
「そう言うな毛利。我らみなで結の店を飾ろうじゃないか、雨に負けじとな」
「………………」
『はい、どうぞっ』
各々がテーブルにつき、短冊に願い事を書いていく。その間に私と姫ちゃんは、小さな笹をカウンターの脇に設置
それを終えた頃、さっそく書き終えた長曾我部さんがやってきた
『早いですね長曾我部さん、どんなお願い事ですか?』
「へへっ、そりゃあもちろん商売繁盛だなっ!!」
『お、お医者さんが繁盛しちゃダメですよっ!?』
「冗談だ、冗談!書いたのはこれだ、忠勝さんに乗れますようにっ」
『え…これがお願いですか?』
「まあな!定期的にメンテナンス…いや、診察してるが動いてるところはあんまり見てねぇんだ。飛べるだろ、あの人?」
『あ、はは…家康くんに聞いてみますね』
「はいはい結さんっ!!僕も書きましたよっ」
『鹿之介くん…』
長曾我部さんを押しのけ見てください!と短冊を差し出してくる鹿之介くん
いや、短冊は見せびらかすものじゃないんだけど…と苦笑しながら受け取れば、それには彼らしい字で願い事が綴られていた
『えっと…晴様に認められて一人前になる、か』
「……普通ですね!」
「ぐはっ!!鶴姫さん、それ一番言われたくないやつ…!いやいやっ!!一人前になるって大変なんですよっ!?」
『鹿之介くん、いつも頑張ってるからきっとなれるよ!これからも頑張ってね』
「結さん…!僕、結さんからその言葉が聞きたかったです!」
「自分で解決できるお願い事じゃつまらないじゃない。結、妾の短冊よ」
『あ、は、はい!』
次に私へ手渡されたのは京極さんが書いた短冊
ひらりひらりと彼女のように揺れるそれには、綺麗な字で突飛な願い事が書かれている
『…男になりたい』
「ダメですマリアさんっ!!それ絶対にダメですっ!!!」
「どうして?今の妾に手に入らない部品はないんだもの。なら次は麗しい男になってみたいわ…ねぇ?」
『ね、ねぇと言われても…やっぱり京極さんは女性がいいですよ』
「そう?乙女ならあそこの子で足りてるじゃない」
『え?』
「直虎、何度書き直せば気が済む。短冊を無駄にするな」
「む、無駄になんてしていない!私なりに悩んで選んで書いているんだ、欲張っては叶うものも叶わないだろっ」
「そうは言うが…さっきから“可愛くなりたい”しか書いてないじゃないか」
「言うなぁあぁあっ!!!言うな孫市っ!!口に出すなっ!!と言うか見るなっ!!」
「見せたいから短冊に書いて吊すのだろう?」
「それはそうだがそういうことじゃなくて…!」
『…さ、さすがは雑賀さんですね。井伊さんはすでに可愛いと思いますけど』
「乙女ねぇ初々しいわ」
『でもやっぱり、これぞ七夕ですよね!いろいろな、みんなのお願い事を持ち寄るんですっ』
「欲の笹ね」
『ひぃっ!?ゆ、夢の笹です!』
「夢の笹…ふふっ、じゃああの先生の夢は何かしら?」
『あ……』
『毛利さん、なんて書きました?』
「我は書かぬと言うたであろ」
『すみません…でも何でもいいから書きませんか?せっかくですし』
「このようなもの書いたことはない」
『晴れますように、とか』
「貴様は我を何だと思っている」
『す、すみません…』
「…ふん、わざわざ書かずともすぐに梅雨はあける。貴様が店先に短冊を飾るならば、町の平和とでも書いておくか」
『密かに選挙活動ですか…』
「当然よ。貴様こそ何と書いた」
『えっと、このお店がずっと賑わいますように、と』
「………普通だな」
『うぅ…!鹿之介くんの言う通り言われたら傷つきますねっ…普通でいいんですよっ』
それが叶った時、嬉しいって思える。だからそんな小さな夢をいっぱい書きたい
そして例えば町の平和とか、今のままがずっと続きますように。そんなお願い事もいいかもしれない
『もともと節目のお祭りなんですし!区切りに次の目標を立てるつもりでっ』
「…それが男女の伝説になるとは、人間の祭り好きも大概よな。所詮は怠惰な男女の末路ではないか」
『ゆ、夢がないです…!』
「はっ、夢で生きられるものか」
そう鼻で笑い飛ばしながらも、毛利さんは短冊を書き上げてくれる…あ、本当に町の平和って書いた
『…抜かりないですね毛利さん。毛利さんが彦星なら怠惰が原因で織り姫と離れ離れにはならないですね』
「ふん、むしろこちらへ通わせてやるわ」
『あ、はは…毛利さんの織り姫さんは大変そうです』
でも毛利さんの所へなら通っちゃいそうです
そう答えたら少し遠くで鹿之介くんの叫びが聞こえた
「結さんがっ!!毛利先生にっ!!逆プロポーズしたっ!!」
「まあっ!!大胆です結ちゃんっ!!」
『ひぃいっ!!ち、ちち違うっ!!違うよ鹿之介くん、姫ちゃんっ!!』
「…やはり短冊は好かぬ」
20150707.
七夕スペシャル
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